第四章 追跡! 響詩郎 救出 大作戦!

第1話 初遭遇! ヒミカと響詩郎

「ようこそ」

 

 その声がするやいなや目隠しを外され、響詩郎きょうしろうまぶしさに目をしばたかせた。

 横転したバスハウスの中で結界に絡め取られた響詩郎きょうしろうは、首筋にチクリとした痛みを感じると同時に気を失った。

 意識を失っていたのが数十分間のことだったのか数時間のことだったのかは分からないが、目隠しの布を外されると、彼の目にまず最初に飛び込んできたのは大きなはめ殺しの窓だった。

 その窓の向こうには黒い夜の海原が見える。


 響詩郎きょうしろうは緩やかな上下の揺れや浮遊感を感じてすぐに気がついたが、そこは船の上だった。

 揺れは比較的静かであるため、まだ外洋には出ていないことは分かったが、それ以外は何も分からなかった。

 視界が慣れてくると響詩郎きょうしろうは自分がいる場所が十畳ほどの部屋であることを知った。

 部屋の中にはふたつのベッドが1メートルほどの間隔をおいて置かれており、その片方に響詩郎きょうしろうは後ろ手にロープで縛られたまま座らされている。

 そしてもう片方のベッドの端に1人の女性が腰をかけていた。

 最初に声をかけてきたのはその女性だった。


 響詩郎きょうしろうは顔を上げ、自分のはす向かいに座っている女性をしげしげと見た。

 長くつやのある銀色の髪を持ち、肌も色白でスレンダーな体つきをした美しい女性だが、響詩郎きょうしろうには一目でその女性が妖魔であることと、その種族が妖狐であることが分かった。

 頭髪からのぞく白い耳と、何よりもその独特の優雅で淫靡いんびな雰囲気が響詩郎きょうしろうのよく知る妖弧、チョウ香桃シャンタオに似ていたためだ。

 あの日、密航に使われた船で弥生やよいが嗅ぎつけたニオイの主が目の前にいる。

 響詩郎きょうしろうは事件の首謀者をすがめ見た。


「俺を誘拐ゆうかいしても身代金なんて期待できないぞ。銀ギツネのお姉さん」

「薬王院ヒミカだ。あいにくだが貴様をここに連れてきたのは別の理由がある」


 そう言うとヒミカは切れ長の目を細めた。

 偽名だとしても相手があっさりと自分の名を名乗ったことに響詩郎きょうしろうは危機感を募らせた。


(やっぱり俺を生きては帰さないつもりだな。けど何でこんな回りくどい真似まねを……)


 内心の疑念が顔に出ないよう注意しながら、響詩郎きょうしろうは肩をすくめて軽口を叩く。


「まあ、どんな理由であれ、あんたみたいな美人に呼ばれるのは悪くないね。ただ、このロープは外してくれないか? そういう趣味は無いんで」


 そう言うと響詩郎きょうしろうは後ろ手にロープで縛られている手を動かした。

 両手両足はロープでかなり堅固に縛られ、立ち上がるのも困難な状態となっている。

 だが、響詩郎きょうしろうあせった様子を微塵みじんも見せずに不敵な目でヒミカを見据えた。


「あんた心配性だな。俺にはあんたを殴り倒してここを脱出するなんて芸当は逆立ちしても出来ないぜ? こんなにガチガチに手足を縛らなくても大丈夫だって」


 だがヒミカは響詩郎きょうしろうの挑発も意に介さぬ様子で鼻を鳴らした。


「フン。断る。私は抵抗できない相手をこうして見下してやるのが事のほか好きでな」

「……いい趣味してるぜ。で、俺を殺さずにこんなところまで連れてきたのはどうゆう御用向きなんだ?」

「貴様の相棒。あの鬼使いの巫女みこ。ずいぶんとやるようだな。サバドとフリッガーが敗れるとは思わなかった」


 そう言うヒミカの声は話の内容とは対照的に楽しげだった。

 響詩郎きょうしろうは警戒心もわらわにいぶかしげな視線をヒミカに送る。


「部下がやられた割にはずいぶんと楽観的だな」

「なに。奴らに力が無かった。それだけのことだ」


 涼しげな顔でそう言うヒミカから視線を外さず、響詩郎きょうしろうは低く落ち着いた声をぶつけた。


「で、この楽しいお喋りの果てに俺をさらった理由を聞かせてくれるのか?」

「それを知っても貴様にはどうすることも出来ん」


 端的なヒミカの言葉にこれ以上なく嫌な感じを受けた響詩郎きょうしろうはむっつりと黙り込んだ。

 彼女の言う通り、今はどうすることも出来ない。


「助けが来るなどと期待しないほうがいい。ここはまだ東京湾内だが、この船は絶海の孤島のようなものだ。意味が分かるか?」


 ヒミカの問いに響詩郎きょうしろうは少しの間黙っていたが、結界士の少女の顔を思い出して口を開いた。


「船ごと結界に隠しているのか?」


 響詩郎きょうしろうの言葉にヒミカは満足げにうなづいた。


「そうとも。そんな芸当をなんなくこなせる優秀な結界士を私は味方につけている」


 響詩郎きょうしろうは内心でため息をついた。


(どうりで弥生やよいの嗅覚に引っかからなかったわけだ)


 それだけの力を持つ結界士であれば、妖魔のニオイも完全にシャットアウト出来る。


「少しの間、ここにいろ。じきに自分が何をすることになるのか分かる。貴様に残された時間はあとわずか。それまではその小賢こざかしい頭で大いに思い悩むがいい」


 そう言うとヒミカは部屋に響詩郎きょうしろうを残して出て行った。

 入れ替わりに入ってきたのはカラスの妖魔・ヨンスだった。

 響詩郎きょうしろう寡黙かもく陰鬱いんうつなヨンスに向かって恨めしげにつぶやいた。


「人生の最後をあんたみたいな暗い奴と過ごすことになるとは思わなかったぜ」


 ヨンスは当然のように響詩郎きょうしろうをまったく無視し、黙然とその場にたたずんでいた。

 響詩郎きょうしろうに残された時間はあと4時間を切った。

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