第9話 一蓮托生! 互いに欠かせぬパートナー

【依頼案件あり。午後6時。桃源堂とうげんどうにて待つ】


 2時間ほどの仮眠を終えてベッドの上で眠い目をこすりながら、雷奈らいなはケータイの画面に表示された受信メールの文面に目を通した。

 メールの差出人はいつも下請けの仕事を回してくれる馴染なじみの仲介人である。


「連日だとさすがに体がしんどいわね。今夜ももう仕事が一件入ってるし。でも忙しいのはいいことか」


 そう言って起き上がると雷奈らいなはさっさと着替えを済ませて朝の支度にとりかかった。 

 今頃、響詩郎きょうしろうも同じメールを受け取っているはずである。

 彼も目を覚ましたようで、階下からは同じように朝の身支度を整える物音が聞こえてくる。

 雷奈らいなは先ほどの幼虫の一件を思い返した。

 裸を見られてしまったために恥ずかしさから思わず響詩郎きょうしろうを蹴りつけてしまったが、彼にまるで非のないことは分かっている。


「はぁ。ちゃんと謝らないとなぁ。しかも今日はよりによって霊底れいていだし。霊力分与の日。はぁ。憂鬱ゆううつ


 雷奈らいなは気が重いといった面持ちでため息をつくと、自分の胸に手を当てた。

 初めて響詩郎きょうしろうに出会った日と同じく、この日は雷奈らいなにとって霊底れいていと呼ばれる日であり、彼女の霊力バイオリズムである10日周期の中で最も霊力が弱い日だった。

 ちなみにもっとも霊力が強い日を霊頂れいちょうと呼ぶ。

 そのバイオリズム自体は雷奈らいなが幼少の頃から変わらぬ周期であり、霊力が弱くなるからといってどうということもなかった。

 つい40日ほど前に悪路王あくろおう鬼巫女おにみことなるまでは。


 雷奈らいな悪路王あくろおうから鬼巫女おにみこに選ばれた日は霊底れいていであり、その日、雷奈らいなは死ぬほどの痛い目にあった。

 悪路王あくろおうの魔力が強すぎて、霊底れいていの日の雷奈らいなでは背負いきれず、激しい心臓発作に襲われて緊急的な霊的治療を必要としたのだった。

 何とか一命は取り留めた雷奈らいなだったが、霊底れいていのたびにそのような目に遭うのでは命がいくつあっても足りないと考え、鬼留おにどめ神社の現当主である雷奈らいなの祖母が旧知の仲であるチョウ香桃シャンタオに相談を持ちかけた。

 そしてその香桃シャンタオから紹介されたのが響詩郎きょうしろうだったのだ。


 響詩郎きょうしろう雷奈らいなとは対照的で、その身に無尽蔵むじんぞうとも呼べるほどの霊力を有していた。

 まるで尽きることのない温泉や原油が地の底から噴き出してくるかのごとくあふれ出る響詩郎きょうしろうの霊力を、霊底れいていの日に雷奈らいなに注入することで危機を切り抜ける。

 それが相談を受けたチョウ香桃シャンタオの提案だった。

 それ以来、雷奈らいなは彼の霊力を摂取することで身の危険に陥ることなく霊底れいていの日をやり過ごすことができるようになった。


響詩郎きょうしろうには助けられたわね」 


 紛れもなく響詩郎きょうしろうの存在は雷奈らいなの人生に革新的な変化をもたらしていた。

 だからこそ彼女はもともと在籍していた高校から響詩郎きょうしろうと同じ高校に編入を果たし、こうして住まいをも同じくするほどの徹底ぶりを見せていたのだ。

 今や雷奈らいなにとって響詩郎きょうしろうは彼女が生きる上で必要不可欠なパートナーとも言えた。


 雷奈らいなが階下へと降りていくと、一階はまだ紫水しすいに仕掛けられたと思しきアロマの香りが漂っていた。


「おはよう」


 雷奈らいながそう声をかけるとリビングの食卓に腰を落ち着けながら響詩郎きょうしろうは無言でジロッと彼女を睨みつけた。


「……」


 ムスッとした表情の彼から雷奈らいなは居心地悪そうに視線をらす。


「まだ怒ってるの?」

「当たり前だ! 同じことやられたら、おまえだって怒るだろうが」


 めずらしく不満を表明する響詩郎きょうしろう雷奈らいなは首をすくめた。


「悪かったわよ。妖虫はらってくれたのに……蹴ったりして、ごめんね」


 さすがに謝罪の言葉を口にした雷奈らいなに、響詩郎きょうしろうもわずかに剣幕を緩める。


「……少しは悪いと思ってんのか?」

「ええ。もちろん。だからお詫びに今日の朝ごはんは……」


 朝食は二人が一日交代の当番制で作っていた。

 今日は響詩郎きょうしろうの当番日だ。


「スクランブルエッグでいいわよ。簡単でしょ?」

「くっ! 私が作るから……って言葉を期待した俺が馬鹿だった」


 響詩郎きょうしろうはあきらめ顔で厨房ちゅうぼうに立つ。

 そんな彼に雷奈らいなは少しばかり言いにくそうに声をかけた。


響詩郎きょうしろう。あの……今日って」

「分かってるよ。今日は霊底れいていだろ。飯食ったら学校行く前に済ませよう。夜になってから慌てなくて済むしな」


 先ほどまでむくれていた響詩郎きょうしろうだったが、気分を切り替えてくれたようで、すでにその口調は落ち着いていた。

 まだ響詩郎きょうしろうと出会ってからそれほど日の経たない雷奈らいなだったが、彼のこの後に引きずらない性格を割りと気に入っていた。


「う、うん。お願いね」

  

 すでに今日という日の重要性を心得てくれている響詩郎きょうしろう安堵あんどを覚える反面、これから行われる儀式に思いを馳せて雷奈らいなは思わず緊張に身を強張らせた。


(あまり痛くないといいなぁ。初めての時は死ぬほど痛かったし)


 キッチンで朝食の準備に取り掛かっている響詩郎きょうしろうの姿をチラリと見やり、雷奈らいなはそんなことを思うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る