第7話 冷徹なる監視者 紫水


 バスハウスから数ブロック先にあるビルの最上階から紫水しすいは監視を続けていた。

 すでに廃ビルと化しているそこには彼女ただひとり。

 バスハウスを見下ろすことができるこの場所に紫水しすいが陣取ってから一週間が経過していた。

 そのビルからバスハウスまでは直線にして数百メートルの距離があるが、妖魔の力が発揮される夜の間は彼女の超遠視能力『千里眼』でバスハウスの中の詳細までを見渡すことが出来た。

 千里眼の力が使えない昼の間は、無人のバスハウスに潜入した際に各所に仕掛けた盗聴器や超小型監視カメラが役に立っている。


「いい感じに盛り上がっているようだな」


 先日自分が仕掛けた罠が次々と発動し、ひと騒動を巻き起こしたことに満足げな様子で紫水しすいうなづいた。


「それにしても響詩郎きょうしろうという男。朴念仁ぼくねんじんにもほどがある。裸の娘が目の前にいるというのに何故押し倒さない。草食系というやつか」


 そう言って紫水しすいは首をひねった。


「だが、この虎の巻によれば『裸見られハプニング』を経ると互いの意識ポイントが上昇し、恋愛関係に発展しやすくなるようだ。ひとまず作戦は成功だな」


 そう言って彼女は脇に置かれた机の上を見やった。

 そこには閉じられたままのノートパソコンが置かれていて、その上には何やらゲームのパッケージのような小箱が乗せられている。

 彼女が虎の巻と呼ぶそれは『成人向け』という記載がされた恋愛シミュレーションゲームだった。 

 紫水しすいは再び窓の外に視線を移し、そこからは見えない遠い故郷である魔界を思い浮かべる。


「姫さま。そのお気持ちに背く行為。お許し下さい。ですが、しょせん人間は人間同士でつがえばいいのです。これも一族の正しき繁栄のため。ひいては姫さまのためなのです」


 決然とそう言った紫水しすいはゲームのパッケージを脇にどけ、ノートパソコンを開いてゲームを起動した。


「よし。次の展開は……ほほう。これはなかなか破廉恥はれんちだな」


 その表情は至って真剣だった。

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