第三話

 ふかふかで、あったかい。

 僕の意識が覚醒して、初めての感想はそれだった。

 この前と同じように、ゆっくりと目を開ける。

「め、目を覚ましました!!」

 聞いたことのない女の人の声がして、誰かが部屋から出ていく音がした。

 視界には、薄汚れた天井。ゆっくりと首をねじってみるけれど、人の姿はない。先ほどの女の人が、出て行った人なのだろう。窓の外には、美しい緑の稜線が見えた。

 今回は、全身が痺れているということはない。それでも、体は鉛みたいに重く、軋むような痛みがあって、僕はゆっくりと動かざるを得なかった。

 あれだけの衝突で生き返ったのなら、このくらいの体の痛みは仕方がないのかもしれない。むしろ、こうやって動けている方がおかしいくらいか。

 何分かかかって、僕はやっと上体を起こすことができた。

 僕は、僕が置かれた状況をまず確認する。

 僕が寝ていたのは、木造の部屋。

 ベッドと、簡素な机と椅子。その上に小さな花瓶があって、百合の花が入れられていた。ほかには、小さなタンスと窓。窓の向こう側には、真っ青な空と、緑色の稜線。その奥には、雪を冠した山脈が見えている。

 さっきも思ったけれど、一体ここはどこなのだろうか。

 少なくとも、僕がいた日本ではない気がする。

 あの国には、ここまできれいな稜線が見えるところも、あんなに雄大な山脈もない。

 忙しない足音とともに、誰かがやってきた。

 起こしていた状態を戻す暇もなく、ドアノブが回る金属の音とともに、木の扉が開いた。

「ほら!!」

「ほ、ほんとだ……」

 現れたのは、二人の少女だった。

 一人は活発そうなショートカットの女の子。

 もう一人は、大人しそうな長髪の女の子。

 彼女たちの風貌はあの女神には敵わないとはいえ、十分に整っていていたけれど、それ以上に僕が気になったのは彼女たちのその服装だった。

 二人は、揃ってよくゲームに出てくる剣士のような恰好をしていて、腰には剣までいている。銃の時代に剣なんて使い物になるはずもない。疑問には思っていたけれど、ここはたぶん日本ではないのだろう。あの女神は、生き返るといったときの沈黙も、きっとこういうことだったのだ。

「あ、あの……」

「わ、しゃべった!!」

「それは、喋るでしょうよ。人なんだから」

 ショートの子のほうも失礼だけど、長髪のほうも大概だな。

「あなた、二日前にこの町のはずれにある森の入り口で倒れていたわ。それを、この物好きが拾ってきたのだけれど。あなた、一体誰??」

 誰?

 誰と言われたら、俺は木朽雪丸だ。としか答えられないけれど、どうも、そういう話ではないように思われる。ここは、僕がいた日本ではない。となると、彼女たちがいい人であるという保証もない。あんな少女が剣を持っている世界なのだから。

「せっかく拾ってあげたんだから、名前くらい教えてくれてもいんじゃない!!」

「押し黙っていないで、何か教えてください」

「教えろ教えろって言うけど、君たちは誰なの?

 どうやら僕は森で行き倒れていたみたいで、それを拾ってきてくれたことには感謝するけど、僕はまだ君たちのことも、この見慣れない世界についても、何も知らないんだ」

「何も、知らない??」

 僕の言葉に、少女たちは顔を見合わせる。

「何も知らないってどういうこと?」

「知らないものは知らないんだ。申し訳ないけど、僕は、菊池雪丸っていう、自分の名前しかわからない」

「キクチユキマル?」

「変な名前ね」

 変な名前……まあ、確かに変な名前だ。自分の名前に「丸」なんて言葉が付いているのは、自分でも両親に時代錯誤かと言いたくなる。けれど、どうも彼女たちの「変な名前」はそれとはニュアンスが違うようだった。

「私は、ジュリアーナ。ここはオレブの屋敷で、屋敷の姫様の従者をしているの。あいにく、今はいらっしゃらないけど」

「同じく、姫の従者パメラです。姫様に手を出したら殺します」

「こ、殺すって……」

 年端もいかぬ少女が、初対面の男に向かって言う言葉ではないと思うんだけど……けど、この世界では普通のことなんだろうか?

「そうなって当然です。姫様は、純粋なお方。あなたのようなどこの馬の骨とも知れない者が、触れても良い相手ではないのです」

 一目見て、物静かで冷静そうなパメラの瞳は、姫様という単語が出てきた瞬間に燃え上がるような峻烈さを帯びていた。そのあまりの迫力に、僕は何も言えない。いろんな意味で。

 その迫力もさることながらではあるんだけど、姫の従者なのに、剣士の恰好をしているというのも、少し引っかかることではある。従者が武装しなくてはいけないような状況に、彼女たちは立たされているのだろうか。

「まあ、いいです。もうしばらく眠っておいていただきましょう。もう少しすれば、姫様も帰ってこられるし」

「え、眠るって、どういうことだよ??」

「そのままの意味ですよ」

 髪の長い方の少女……確かパメラ。が、そういったとたん、僕を眩暈が襲った。

「行きましょう、ジュリー。この男に構っている暇はありません」

 彼女がそんなことを言ったのが、短髪の子がおどけた声で返事をするのが聞こえ、次いでドアが軋み声をあげて閉まるころには、僕は意識を手放していた。

 



 

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雪丸伝 天飴 @mkssh0123

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