第14話 新たな冒険者
冒険者ギルド。
いつも通りバカ騒ぎが行われているその中を、ユイはいつも通りに歩いていた。
その姿を目で追うものがいるものは、いつも後を絶たない。
だが、今回に限ってその視線の量は普段の比ではなかった。
原因は、彼女が連れている1人の怪しい人間にあった。
黒い外套を羽織り、顔を包帯でぐるぐる巻きにした人物。男か女かを判断することすら難しく、その体格から辛うじて男かもしれないという程度だった。
「どうもガトーさん。今日もお疲れ様です」
「おお、ユイちゃんか! 心配したぜ、大事ない……か…………」
自分のことのように心配しながら、ユイに駆け寄ったガトーは、その背後にいた人物を怪しむように睨んだ。
「ガトーさん、どうかしましたか?」
「いや、ユイちゃん、悪いことは言わねえぞ。この手の輩は」
「ガトーさん」
ガトーが何かを言おうとすると、ユイの有無を言わさぬ圧力が襲ってきた。
口を出すなと言外に言われているのを、ガトーは理解した。
「…………分かったよ。それで、今日はどんな要件だ?」
「ええ。今回は、軽い討伐クエストの受注と、それから彼の冒険者登録を」
そう言いながら、ユイは後ろにいた不審者を前に出した。
フラつきながら前に出るその人物の目は、暗く揺らめいている。
堅気のものとは思えないその様子に、ガトーは一瞬だけ身を引いた。
正直、断りたいという気持ちがないわけではないが、そのための理由も無いので裏から書類を持って差し出した。
「ほらよ。とりあえず、それに名前を書いてくれや。偽名でも構わねえ。ただし、それだと死んだ時に色々と面倒だからやめてくれ」
そうガトーがいうと、不審者は少し考えたような素振りをしたあと、小さく頷いた。
意外と素直なようだ。
だが、ペンを取るとすぐに静止する。
チョイチョイと手招きしてユイを呼ぶと、何やら小さな声で話し始める。
するとユイはこめかみを抑え、一つ深い溜息をついた。
「ガトーさん、この人、字が書けないみたいなので代筆してもいいですか?」
「あ、ああ。構わねえよ。しっかし、字が書けないってのも珍しいな……」
王国内では、子供は教育を受けることが半強制的なものとなっており、よっぽどの貧乏人か、罪人でもない限りはそれに該当する。
ますます怪しさを増している不審者の代筆をしているユイ。
その姿には特に嫌がっている様子もなく、進んで手をかしている様に見える。
「書き終わりました」
「あいよ……えっと、名前は…………」
書類を確認しているガトーを見つめる不審者、もとい邪龍の使徒、竜崎剣斗は、一連の流れを見て、どうしてこうなったのかを思い出していた。
数時間前。
「とり……ひき……?」
剣斗は、警戒態勢を解かないまま鸚鵡のように返した。
この女は何を言っているのだろう。
騙そうとしているのか、それとも本心なのか。
どちらにせよ、剣斗に彼女を信じる要素はない。
今すぐ逃げ出せば、裁きの森まではきっと臭いで辿れる。そこまで行けばなんとかなる。
でも、そのあとは?
一体、そのあとはどうすればいいのだろう。
森でずっと暮らすのか。それとも勇者達に復讐をするのか。
何も決まっていない。
「これからどうするか、貴方は決まってないでしょう?」
女戦士が剣斗の心を見透かしたかのように問いを投げかけた。
「だったら、私が貴方に仕事を教えてあげる。少し危険だけど、貴方なら問題ないわ」
そして、再び手を差し伸べる。
「だから、私の左腕になって」
この手をどうしていいか、今の剣斗には正常な判断がつかない。
だから、動転していた思考で、この手を取ってしまったとしても、きっと誰もその選択を責めないだろう。
だが、剣斗はその手を払いのけた。
「信用できるか……あんたにはメリットがない。俺の面倒を見る必要も、もっと言えば俺を助ける理由もなかったはずだ」
「…………利用価値があると思ったから」
「例えば? それらを全部筋道立ててしっかり説明しろよ」
歯を食いしばり、睨みつける。
精一杯の抵抗だ。
その姿を見つめた女戦士は、息を一つ吐き、まっすぐ剣斗の目を見つめ直した。
「私には、どうしても果たさなければならない目的がある」
その目から、剣斗は逃げれなかった。
見透かされている気分はしない。
ただ、この視線から逃れては、ほんの少し残っていた誇りすらもなくしてしまうと、そう感じ取ったのだ。
「それは……いったい……」
「……言えないけれど、私にとっては何よりも譲れないことよ」
「……………………」
偽ることのないその姿が、剣斗にはどこか好ましく感じた。
真意も目的も、全て隠して思い通り動かそうとする王家のものたちよりは、よっぽどマシだろう。
「…………俺は、あんたを信じることはできない」
だが、と剣斗は続けた。
「取引なら、考えてやる」
その言葉を聞いて、女戦士はニヤリと笑い、手を再び差し出した。
「改めまして、冒険者のユイよ。そう言えば、まだあなたの名前を聞いたなかったわね」
問いは軽快で、先ほどまでの暗さを微塵も感じさせない明るさだった。
少々呆れ混じりの溜息をついた剣斗は、パシン、とその手を払い、自分の手で立ち上がった。
「俺の名前は……」
「リュウケンね、変わった名前だな」
ガトーが書類に書かれた名前を復唱し、そのまま受理した。
竜崎剣斗の名前では、すぐにても天城やイザベルのような王室側に見つかってしまう。
ならば名を変えよう。
いつかくる、反撃の時まで。
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