第13話 逃亡と提案
ユイは、気絶した魔狼族の戦士を連れて、ギルド近くにある自分の部屋へと連れて来た。
戦士には、死んだ騎士団の青年が来ていたものが着せられており、罪人とは分からないように偽装が施されていた。
巡回任務の報告を聞きに来た王国の人間には、ほぼ全滅のことを伝え、死体を持ち帰りたいと言って立ち去った。
賄賂も渡しておいたのでおそらくは大丈夫だろう。
問題なのは、この男をどうするかという点だ。
「なんで連れて来てしまったんでしょう…………」
頭が痛くなった。
時々、ユイは自分の行動が分からなくなる。この戦士を救うことなど、自分にはなんのメリットもない。
寧ろ王国から追われるハメになる可能性の方がはるかに高い。
だというのに、彼女は連れて来た。
あの籠手を使った後はいつもこうだ。
頭の中に、自分のものとは別の意識が入り込んでくると同時に、それらが混ざり合って自分では起こさないような行動に移ってしまう。
これだからあれを使うのは嫌なのだ。
「うっ………んん…………」
頭を抑えて悩んでいると、魔狼族の戦士が目を覚ました。
その目は虚ろで、意識はまだハッキリとしていないようだ。
ユイは、近くの棚にあった水をコップに入れて持っていく。
「大丈夫ですか? 私が誰か分かり……ませんよね」
当たり前だ。
先ほど殺しあった仲とはいえ、名乗りすらもお互いあげていないのだから。
「こ、こは……? 俺は、一体…………」
寝ぼけているのか、ユイのことをうまく認識できていないようだ。
できていたら、こんな風に呑気に話しかけたりはしない。
ユイが差し出したコップを受け取り、水を一口飲む。
頭を振り、意識をハッキリとさせた魔狼族の戦士は目を見開き、ベットの上から部屋の隅まで跳ね飛んだ。
まるで、警戒心丸出しの犬のようである。
「そんなに怯えなくても……とって食ったりはしませんから」
「黙れ。あんな物騒なもん打ち込んだ奴の言うことなんて信じれるか」
グルルル、と唸る戦士に、ユイは両手を上げて危険がないことをアピールする。
それでも、彼の警戒態勢は解けなかった。
一つため息をついて、用意してあったサンドイッチを一口かじる。
もう一つのサンドイッチが置いてある皿を彼の前に置き、部屋を一度後にした。
こうでもしないと、恐らく彼はこちらへの警戒態勢を解かないだろう。
これで解くかも怪しいところだが、ご飯くらいはしっかりと食べてほしい。
せっかく助けたのに餓死などされてはたまったものではない。
ユイは、彼を落ち着かせる間に、外の空気を吸うために、階段を降りていった。
その時、何かが割れる音が部屋から聞こえた。
「…………ッ、まさか⁉︎」
急いで軋む階段を駆け上がり、ドアを勢いよく開けた。
そこには彼の姿はなく、窓ガラスが部屋に飛び散っていた。
間違いない。
あの魔狼族の戦士は逃げだしやがったのだ。
「あの……! 犬もどきめ‼︎」
割れてしまった窓ガラスの修理代。
捜索時間によるプライベートタイムの減少。
その他諸々の面倒ごとを罵声と共に吐き出しながら、ユイは割れた窓から飛び降りていった。
ちゃっかり、サンドイッチを食べていったことも、ユイの怒りを買ったのかもしれない。
剣斗は、ただただ走っていた。
自分には味方などいない。
いたとしても森にいた魔狼族の戦士達くらいだ。
人垣を掻き分けながら、ただひたすらに走り続けた。
どこに行けばいいのかなど分からない。
ただ走り続けることしか、今の剣斗には考えられなかった。
はずなのに…………
「待ちなさいこのアホンダラァァァ‼︎ 」
「なんで追いかけてくんのかなぁ⁉︎ 」
口調が先ほどとは遥かに違っていゆ赤髪の女戦士が鬼のような形相で追いかけてくる。
それに剣斗は本能的な恐怖を覚え、ひたすらに逃げ回った。
魔狼族を喰い散らかしたことで手に入れた、常人では追いつけない速度を持った剣斗の健脚に難なく……とまでは行かないがらも追いついてくる女戦士は、彼にとっては化け物にしか見えなかった。
「クソッタレが! 」
悪態をつきながら、剣斗は路地裏へと逃げ込み、姿をくらました。
狭い道の中で、ゴミ箱や空の木箱などにつまづきながらも、それを蹴飛ばして走り抜けていく。
チラリと後ろを確認すれば、女戦士は追いかけてきておらず、警戒しながらも、ホッと息をついた。
そう思っていた時だ。
頭上から、駆け上がるような音が聞こえてくる。
恐怖を覚えながら視線を上に向けると、建物の間を掛け飛ぶ紅い影があった。
「逃げるなって…………」
その影が剣斗の真上で移動をやめ、線ではなく点となった。
「言ってるでしょうが‼︎」
回転しながら落下してくる蹴りを紙一重で避け、転がりながら道に出ようと走り出す。
その脚が女戦士によって蹴り払われ、剣斗は拘束された。
「なんで話も聞かずに逃げてるんですか‼︎」
「うるせえ‼︎ あんたもどうせ俺を嵌めようとしてんだろうが‼︎」
抑えられていながらも、剣斗は吠える。
このままでは殺される。
殺されなくとも何か良からぬことに使われるに決まっているのだ。
信じればヤラレることを、剣斗は身をもって理解している。
その姿を見てどう思ったのか。
剣斗を哀れむような目を向け、拘束していた手をゆっくりと解いた。
突然の解放に、剣斗は疑問を抱きながら、背中を見せずに女戦士と向き合った。
彼女はゆっくりと口を開き、手を差し出してこういった。
「取引をしましょう。誇りある、魔狼族の戦士」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます