異世界からの迎え

 翌日。

 二人は、異世界からの迎えを待った。

 そして――。

 部屋の床に、複雑な模様の魔方陣が浮かび上がる。

 そこから純白の光があふれ出した。

 部屋が真っ白に染まる。

 そして、光が晴れた後には。


「ルーナ……」

 十五歳ほどの、ローブを着た女の子の姿があった。

「ルーチェ! よかった、心配しましたよー!」

 少女はルーチェに駆け寄り、抱きしめる。

「ルーナ。ありがとう、迎えに来てくれて。あなた一人?」

「いえ、もうすぐカヴァリエーレも来ます」


 その言葉通り、魔方陣からもう一人の人物が現れた。

 二メートル近い巨体を、全身甲冑で包んでいる。腰に剣を下げ、いかにも騎士といった様子だ。

 ルーチェを見て、安堵のため息をついた。

「ルーチェ! よかったぜ、見つかって。いなくなっちまったときはどうなることかと思った」

「ごめんなさい、心配かけて。私は元気よ」


「しかし、びっくりするくらい魔素がない世界ですね~。ルーチェ、こんな世界で、よく念話を使うことができましたね? 魔素を貯めるまで、ずいぶんかかったのでは?」

「私がこっちの世界で暮らしていたのは、一年くらいかしらね」

「一年!? お前の中では、そんなに時間が経ってたっていうのかよ!?」

「そうよ。だから、私の体感としては、あなたたちに会うのはずいぶん久し振り。懐かしいわ」

「一年は長いですけど、でもこの魔素の量を考えると、それでも早いほうですねー。何か特別な手段でもあったんですか?」

「それはね、この人のおかげ」

 ルーチェは青磁を指す。


 そこで始めて、ルーナとカヴァリエーレは、青磁の存在に気付いたようだった。

「この方は……?」

「ツキミヤ・セージというの。運命を見通せる占いの能力を持っていて、彼のおかげで魔素を集めることができたわ」

「はあ~占いの名手ですか。それは興味深いですね……」 

 ルーナが青磁をじろじろと眺め回す。

 その無邪気な遠慮のなさにやや気圧されながら、青磁は言った。

「月宮だ。はじめまして」


「ツキミヤな! 俺はカヴァリエーレだ。ルーチェが世話になったみたいで助かった。礼を言う」

 カヴァリエーレが、そのがっしりとした手で青磁の手を握る。その目には、明らかな感謝の光があった。

「私からもお礼を言います。ルーチェを私達のもとに還してくれて、ありがとうございました」

 ルーナも頭を下げる。

 二人とも、ルーチェが戻ったことに心から喜び、立役者となった青磁に深く感謝しているようだった。

 彼らの気の置けない会話、そして再会を喜ぶその様子に、青磁はルーチェと彼らの絆を感じた。ルーチェには、向こうでの生活があったことを実感する。


(こんなに大事な仲間がいたんだな……)

 改めて、向こうの世界でのルーチェの存在の大きさを感じる。

 ルーチェも、心を許した笑みを見せていた。

(……これなら、向こうに還しても大丈夫だ)

 新ためて、覚悟を決める。

 ルーチェと目が合った。

 談笑していたルーチェは、その瞬間、切なげに表情を翳らせた。


「それじゃあ、ルーチェ。還りましょうか」

「だな! 王子もカピターノも、お前の帰りを待ってるぜ」

「……ええ、還りましょう」

 ルーチェは魔方陣の中に足を踏み入れる。

 青磁は、引き止めたくなる自分を必死に制した。

 ルーチェも、青磁を見つめている。


「……ルーチェ。魔王討伐が、無事に終わるように祈っているよ」

 青磁の言葉に、ルーチェは深く頷いた。

「ありがとう。セージ、あなたの人生に、幸いがありますように」

 ルーナの呪文の詠唱が始まった。魔方陣が再び白く光り始める。


 これが、最後だ。本当に最後だ。

 ルーチェはいなくなる。

 青磁は目からあふれるものを止められなかった。

 ルーチェの顔もくしゃくしゃに歪む。その目には、光るものがあった。


 光が部屋を覆いつくす直前、ルーチェが叫んだ。

「セージ!!」

 青磁も手を伸ばし、声を上げる。

「ルーチェ!!」

 カッ! と光が視界を覆いつくし、思わず目を閉じる。

 ……そして、再び目を開けたときには――。


 何もなかった。

 魔方陣も、異世界の客も、そしてこの一年、ずっと青磁のそばにいた金の髪も青い瞳も――どこにもいなくなっていた。

 そこにはただ、無機質な部屋が広がっていた。

 青磁はよろめく。

 ベッドに倒れこんだ。


 昨晩、別れを惜しみ、何度もルーチェを抱いた、その場所。

 そこにはまだ、ルーチェの残り香があった。それはルーチェが確かに存在したことの証だった。

「……っ! う……!」

 青磁の目から涙がこぼれる。

 あとからあとからあふれるその雫は止まることはなく、青磁はシーツを握り締め、いつまでも泣き続けていた。

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