「婚約指輪の受け取り」

 ある日のこと、青磁は友里を見舞いに来ていた。

 友里は目覚めたが、五年も寝たきりだったため、筋肉が衰え、日常生活を送ることができない。そこで、まだ入院生活を続けながら、身体能力を取り戻すためのリハビリを続けていた。

 ようやく松葉杖をつきながら歩くことができるようになったため、青磁と友里は病院の庭を散歩していた。


「調子はどうだ?」

 青磁が尋ねると、友里はそっと微笑む。

「毎日、退屈でたまらないわ。心はもうすっかり元気なのに、身体がついてきてくれないのだもの。テレビばかり見ているの。おかげでワイドショーに詳しくなってしまったわ」

「元気そうでよかったよ。リハビリは、つらくないか?」

「苦しいときもあるけれど……青磁もお見舞いに来てくれるし、病院の人も親切にしてくれるから、頑張れるわ」

 友里は青磁を見上げた。


「ねえ、青磁。また、占いの話を聞かせてくれない? 私、あなたの占いが聞きたいわ」

「そうだな……。あそこにいるお爺さん、手術が無事成功したみたいだ。もうすぐ退院できるよ」

「まあ、そうなの! よかったわね!」

 友里は目を輝かせて笑う。

「それから、あそこの窓の奥に看護師さん……、同じ病院のお医者さんと恋愛をしているみたいだ。一緒に仕事ができて、幸せそうだよ」

「まあ、私もお世話にしてもらったことがある人だわ。そうだったのね。知らなかった」

 友里は微笑ましそうに見つめる。


「それと、今話題になっている、アメリカの大統領選挙だけど……」

「え? なになに?」

 わくわくした顔で、友里は青磁を見上げる。

「予想に反して、なんとトランプ氏が勝つみたいだ」

「ええ!? あの人が? ほとんどの人が予想していないんじゃないかしら……。きっとみんな、びっくりするわね」

 花がほころぶように友里は笑う。

「青磁は何でもわかるのね。本当にすごいわ。ねえ、もっと聞かせて。私、あなたの占いを聞くのが本当に楽しいの」


 それから青磁はいろんな占いを聞かせた。

 友里は目を輝かせて聞き、すごいといい、占いの結果を無心に信じる。

 昔のままだった。


「ねえ、私のリハビリはどう? あとどれくらい続くのかしら?」

「そうだね……。あと半年もすれば、退院できるよ」

「あと半年なのね。良かった。それまで頑張るわ」

 青磁の占いを疑うことなく、素直に受け入れる友里。

 どんな占いが出ても、それを肯定する友里。


 そんな友里に懐かしさを覚えながら、少しだけ青磁はざわめきを覚える。

 友里は青磁を全肯定してくれる。そんな友里といるのは心地いいが、本当にこれでいいのか? 俺はここに甘えていていいのか? そんな風に思う。

 なぜか、ルーチェの顔が思い浮かぶ。

 大人しく控えめで、運命を全て受け入れる友里。 

 太陽のように光り輝き、運命に立ち向かうルーチェ。

 そんな彼女を知り、自分も運命に抗おうと決意した青磁は、自分の占いを賞賛し、無心に信じ、占いを頼りにする友里に、少しだけ違和感を覚えた。


 ある日の客は、こんな相談をした。

「僕には、三年間付き合っている彼女がいるんです。今度プロポーズしようと思っていて、婚約指輪を買ったんですけど……、それを、受け取ってもらえるかどうか、占ってもらえませんか」

 青磁の占いの結果を息を呑んで待つ青年。

 結果は。


「……残念ですが、受け取ってもらえませんね」

「! そ、そんな!」

 ショックを受ける青年。だが、続けた青磁の言葉は、意外なものだった。

「そもそも、渡すことができません。その指輪は、どうやら盗まれてしまうようです」

「ええっ!?」

 再び、青年は衝撃を受ける。


「ぬ、盗まれるって……、どうして……」

「明日、あなたの家に空き巣が入ります。そして、その指輪は盗まれます」

「そんな……。大切な指輪なのに……」

 青ざめる青年。

「明日はくれぐれも戸締りだけには気をつけて、防犯には注意してください」

「は……はい。分かりました」

 青年が帰り、青磁は考えこむ。


「盗まれるだなんて……。どうやって対策を取ったら……」

「あら、簡単じゃない」

「え?」

 ルーチェはさらりと言う。

「盗まれるのなら、取り返せばいいのよ」


 翌日。ルーチェと青磁は、青年の家に来ていた。

 こっそり張り込みをするのだ。

 ルーチェは気配を殺すことに長けているため、見つからないような場所に青磁を誘導した。

 空き巣がやってくるのをひたすら待つ二人。

 やがて。


「来たわ」

 一人の男が、家に忍び寄る。

 家の裏に回ると、窓のガラスを切り始めた。ぱかりとガラスを取り外し、そこから手を入れて鍵を外す。

 まんまと男は侵入した。

 ルーチェは、男が出てくるのを待つ。

 しばらくして、男が出てきた。

 足早に、走り去っていく男。

 その男の前に、疾風のごとく走り寄ったルーチェが立ちふさがる。


 ぎょっとする男。

「今、その家から盗んだものを帰しなさい」

 凛とした声で、空き巣に言う。

 空き巣は少女一人と見て甘く見たのか、無理矢理横を走りぬけようとした。

 だが、それを見過ごすルーチェではない。

 すかさず腕をつかみ、一瞬のうちに背負い投げをした。


「ぐはっ!」

 アスファルトに背中から容赦なく叩きつけられる空き巣。

 ルーチェがつかみ上げ、手刀を入れると、空き巣は意識を失った。

 流れるような鮮やかな手並みに、青磁は言葉もない。

 ルーチェは大の男である空き巣の身体をものともせずに、ひょい、と持ち上げた。

 そして、肩にかつぐ。

「さあ、セージ。それじゃあ、警察とやらに案内してくれる?」

 青磁たちはそのまま空き巣を近くの交番に連行した。


「月宮さん、ありがとうございました!」

 警察から盗まれた婚約指輪を返してもらった客は、笑顔で礼を言った。

「まさか空き巣を捕まえてくださるなんて……警察の方も驚いてましたよ。お手柄ですね!」

「いや、今回は俺は何もしていません。この、ルーチェが捕まえてくれて……」

「何を言っているの。あなたが空き巣の入る日を占ってくれなかったら、捕まえることはできなかったわ。あなたのおかげよ」

「でも実際に捕らえたのはお前だ」

 言い合う二人を見て、客は笑った。


「はは。二人とも、仲がいいんですね」

「え?」

「え?」

 客の言葉に、二人は思わず言葉を失う。

「指輪も帰ってきたことだし、それじゃあ僕は、彼女のところに行こうかな。プロポーズをしに」

「盗まれた指輪は戻ってきました。もう一度結果を占いましょうか?」

 青磁が声をかけると、客は首を振った。


「いえ、もう大丈夫です。最初から、占いなんかに頼ろうと思ったのが間違いだったんです。どんな結果が出るかは、僕が自分の手で掴み取るものだ。そうでなくちゃあ、結婚なんてしてもらえないでしょう。――すみません、月宮さんの前でこんなことを」

 青磁は微笑んだ。

「いえ、それが一番だと思いますよ。占いなんかに頼らないほうがいい。未来は自分で創り上げていくものです」

「いい結果がでるように、応援していてください。それじゃあ!」

 客は帰っていった。


「あの人、指輪が戻って喜んでいたわね。よかった。結果は、自分の手で掴み取るもの――か。いい言葉ね。あの人が、幸せになれるといいわ」

 ルーチェが嬉しそうに微笑む。

 いつでも、心から客のためを思い、行動し、客の笑顔に喜ぶルーチェ。

 そんなルーチェの笑顔を、青磁は可愛いと思った。

(最初は、熱血でうっとうしい奴と思っていたのにな……)

 いつの間にか、ルーチェの輝きが、暗く閉じていた自分の人生を照らしてくれるようになった。その輝きを、道しるべとして追うようになっていった。

 自分の心の中を、ルーチェが占める割合が、少しずつ大きくなるのを感じていた。


 ルーチェは客の言葉を思い出していた。「二人とも、仲がいいんですね」、その言葉に、嬉しいと感じる自分がいることに動揺した。

(何を考えているの……。セージには、ユリさんがいるのに)

 だがいつのまにか青磁のことを意識している自分がいた。

(最初は、ただの冷たい人だと思っていたのに……)

 青磁の傷を知り、ぶっきらぼうな態度の理由を知ることで、青磁の心を理解した。そして変わっていく青磁を見ているのは嬉しかったし、素敵だと思った。

(セージには、恋人がいる……。そして何より、私は故郷に帰るんだから)

 故郷には、自分を待っている多くの人がいる。いつかはこの世界を去らなければならない。

 それなら、この世界に未練を残さないほうがいい。

 そう考えて、青磁への思いにふたをした。

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