「受験の合否」

 その日訪れた客は、男子高校生だった。

「佐々木高志といいます。俺、今、高校三年生で、受験生なんです。もうすぐ、受験で……それで、俺が志望校に受かることができるかどうか、占ってもらえませんか」

 青磁の占いの結果は――。

「……残念ですが、志望校に合格することはできないようです」

「そう、ですか……」

 高志はがっくりと肩を落とした。


「やっぱり、俺にはレベルが高過ぎるのかな……。模試の判定、Cだったし。もうワンランク、落としたほうがいいのかもしれない……」

 落ち込む高志に、青磁は言った。

「まだ、諦めるのは早いでしょう。受験まで、まだ時間はある。君がよければ、俺が勉強を教えます。最後まで、努力するつもりはありますか?」

 青磁の言葉に、高志は驚いた。


「月宮さん、勉強できるんですか?」

「……おい、どういう意味だ、それは」

 意外そうな高志の言葉に、青磁は思わず素の口調で突っ込みを入れた。

「ご……ごめんなさい! だって、占いができるから、テストの問題とか、全部のぞき見れそうじゃないですか。それで、勉強しなくても、いい成績とれそうだなって……」

 弁解するように言う高志に、青磁はため息をついた。


「……俺は人の運命が見えるだけで、そんな器用なことはできません。例えば、自分がテストで何点取るかは分かっても、テスト問題を見ることはできない。俺は、奨学金で高校に通っていましたからね。優秀な成績をとらなければ、奨学金をもらうことはできなかった。死に物狂いで勉強しましたよ。俺を高校に入れてくれた、孤児院の先生のためにも。だから、それなりに勉強はできるつもりです。……俺に、勉強を教わるつもりはありますか?」

 高志は頷いた。

「あ、ありがとうございます! 是非、お願いしたいです!」


「わかりました。それじゃあ明日から、俺の仕事が終わるころに、ここにきてください。勉強を見てあげます。ああ、もちろん、これは俺が好きでやっていることですから、代金は占いの分だけで結構です。勉強を教えるのは、俺のボランティアです」

「そんな……いいんですか?」

「ええ。俺がやりたいだけですから。ただし、その分、ざっくばらんな口調でやらせてもらう。正直、敬語は苦手でね。家庭教師の間は、この喋り方で通させてもらうから、宜しく頼む」

「あはは、もちろんいいですよ。月宮さんにはそっちの方が似合ってます」

「俺はどんなイメージなんだ……?」


 それから、毎日夜に、高志は通ってくるようになった。

 勉強は、みるみるはかどった。なぜなら、青磁は高志の運命を見ることができる。高志がどこをわからないと思って質問してくるのか、あらかじめ分かるのだ。そのためそこを集中的に予習できたし、ピンポイントで弱点を上手く指導することができた。

 家庭教師をして一ヶ月もたつころには、高志は模試でA判定をとることができた。


「月宮さん! 見てください。俺、A判定がとれたんです!」

 高志は喜び勇んで、飛び込んできた。青磁はくしゃりと、高志の髪をかき混ぜてやる。

「良かったな。お前が努力した結果だ」

「これなら俺、合格できるかもしれない……!」

「まだ、油断は禁物だぞ。受験までは、手を抜かずに指導するからな」

「はい! 宜しくお願いします!」

 

 そして受験当日。

 高志は試験会場へ向かって歩いていた。

 時間は余裕をもって出ている。遅刻する心配はない。

 住宅街の中を歩いていたとき。


 ふと、一軒の民家が目に入った。

 庭で、四歳くらいの小さな男の子がボールで遊んでいる。

 高志は、なぜか嫌な予感がして、その子から目が離せなかった。

 その予感は的中した。

 なにかの弾みで、ボールが大きく転がり、庭を飛び出てしまったのだ。

 庭の前には、道路がある。ボールは道路まで転がり出た。

 男の子は、ボールを追って道路に飛び出す。


 そこへ、車が走ってきた。

「危ない!」

 高志は気がついたら、その男の子の元へ走り寄っていた。

 無我夢中で駆け寄り、男の子を突き飛ばす。

 そして――衝撃が高志を襲った。


「……ん……」

 高志は、目を覚ました。

「高志! 気がついたのね!」

「母さん? ここは……」

 高志は起き上がろうとする。すると、全身に痛みが走った。

 腕にも足にもギブスがはめられていて、動くことができない。


「目が覚めて良かった……。あなた、車にはねられて、病院に運ばれたのよ」

「車に……? ! そうだ! あの男の子は!?」

「あなた……男の子を助けて、はねられたんですってね。見ていた人が、教えてくれたわ。大丈夫、男の子は無事よ。怪我もないわ。全く、無茶をするんだから……」

 母親は涙を流しながら苦笑した。

「無事だったのか……。そうか、よかった」

 高志は安堵のため息をつく。


 そして思い出した。

「そうだ! 試験は? 俺、試験を受けに行く途中で……」

 母親は表情を曇らせた。

「……残念だけど、もう、試験は終わってしまったわ……」

「……そうか……」

 高志は脱力する。

 試験を受けることはできなかった。もちろん、欠席で不合格になるだろう。

 だが、妙に晴れ晴れとした思いが高志を支配していた。


 母親が帰った後、青磁が見舞いに来た。

「月宮さん!」

「よお。車に飛び込んだんだって? ……無茶をしたな」

「月宮さん、ごめんなさい。あんなに勉強を見てもらったのに、俺、試験を受けることができませんでした」

「いいんだ。俺に謝る必要なんてない。それより、お前が無事でよかった」

「やっぱり、月宮さんの占いどおりになっちゃいましたね」

「……そうだな。だが、あまり落ち込んでいなさそうだな?」

「ええ。実はそうなんです」

 高志はにっこりと笑う。


「だって、俺は男の子を救うことができたんです。俺が助けなければ、あの子はどうなっていたか分からない。とっさに、受験よりもその子を取ることができた自分を誇りに思います。試験は、また来年受ければいい。それよりも、あの子の命の方が大切です。俺は、後悔していません」

 その晴れやかな顔に、青磁も笑った。

「そうか……」

「月宮さんに指導してもらったし。大丈夫。来年はきっと受かって見せますよ」

「ああ、そうだな。大学なんてものは、そこに受かることより、そこで何を学ぶかの方が大切だ。お前は受験に合格するよりも、もっと大切なものを得た。それは誇っていい」

「ありがとうございます」

 高志は誇らしげに笑った。


 帰り道。

「……今回は、私は何もできなかったわ」

 ルーチェが言う。

「仕方ないだろ。こっちの世界の勉強なんて、お前には分からないんだ」

「それは、そうだけど……」

 青磁は、普段強気なくせに、このときばかりは高志の力になれなかったとしょげるルーチェが微笑ましかった。

(こいつはいつも、誰かのために本気になれるんだな)

 そんなルーチェを眩しいと思ったし、なんとか励ましてやりたいと思った。

「お前はいつも客のために頑張ってくれたんだ。たまにはおれが役に立ってもいい」


 まただ。

 ルーチェは思う。

 青磁は、ルーチェが役に立たなくても何も言わない。

 こっちの世界に来てすぐのとき、何もかもが分からず、何もできないルーチェを見ても、青磁は淡々といろいろなことを教えてくれた。

 故郷ではそんなことはなかった。

 勇者として、人々を救うことを、モンスターを倒すことを、当然のように期待された。

 その期待に応えようといつも気を張っていた。

 だが青磁は、勇者ではなく、普通の女の子としてルーチェを見てくれる。

 そのままの自分を認めてくれる青磁に、ルーチェは次第に好意を抱いていた。

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