青磁の過去
夜になり、青磁はマンションの自室へと戻った。
「おかえりなさい」
出迎えてくれたルーチェの手を、青磁はかたく握った。
「ルーチェ……ありがとう。お前のおかげだ。どれだけ感謝しても足りない。友里を俺の元に帰してくれて、ありがとう」
「いいのよ。上手くいってよかったわ」
「友里は本当なら、一生目覚めないはずだった。ルーチェ、お前の運命が読めないのと同じように、魔法が影響することも、俺は読むことができないんだな」
「彼女とは、ゆっくり話せた?」
「病院が大騒ぎで、検査やらなにやらに引っ張っていかれてしまったよ。でも……久し振りに話すことができて、少しの時間でも、充分幸せだった」
青磁は今まで見たことがないような幸せそうな笑顔で笑った。
「それは……よかったわ」
「でも、よかったのか? ルーチェ」
「何が?」
「お前が故郷に還るために貯めていた魔素なんだろう? 使ってしまって、よかったのか?」
「……ほとんど使っちゃったから、また貯めなきゃいけないわね。でも、いいの。故郷とこちらでは、時間の流れが違うから。私が還る時は、時空転移させられた直後に還ることになる。向こうに被害はないわ。私がこちらの世界で過ごす時間が、少しばかり長くなるだけ」
「それでも、早く故郷に帰りたかっただろうに……」
ルーチェは切なそうに目を細めた。
「……そうね。還りたいわ。……でも、恋人と永遠に別れるあなたを、見ていられなかったから」
「ルーチェ……。ありがとう」
青磁は、自分を後回しにしてまで、自分のために魔素を使ってくれたルーチェに、深く感謝した。
そして、今まで友里以外には話さなかった自分の過去を、話すことにした。
ルーチェには、聞いて欲しくなったのだ。
「俺と友里のこと……、聞いてくれるか?」
「ええ、聞きたいわ。聞かせて」
ソファに隣り合い座って、青磁は話し始める。
「俺と友里は、孤児院で出会ったんだ」
「孤児院で?」
「俺の両親は、一家心中を図って死んだ。俺一人が生き残り、俺は孤児院に入れられたんだ」
初めて聞く青磁の過去に、ルーチェは驚いた。
「幼いころから、俺には、人のデータが見えた。生年月日、生まれた時間、出生地……。それを知った両親が、俺に占星術の本を与えてくれたんだ。一体どんな才能があったのか、占星術を知った俺は、五歳の頃には、人の過去から未来まで、全てを見通せるようになった」
自分の過去を悔やむように、青磁は言葉を切る。
「幼い俺は単純だったから、人の運命が見えるのが単純に楽しかった。それで、見えたものを何でも、両親に喋ってしまった。何から何まで、全部だ。それがどんな状況か、わかるか?」
ルーチェは首を横に振る。
「過去が全てあからさまにされ、未来は何から何まで予言される。良いことも、悪いことも全部だ。プライバシーなんてないし、避けようがない運命を知りながら毎日を生きていかなければいけない。――そんな毎日が一年も続き、俺の両親はノイローゼになった。そして、俺を連れて一家心中を図った。
孤児院に入った俺は、心を閉ざしていた。なんせ、俺のせいで自分の両親は自殺したんだ。俺に占いの力さえなければ、両親は死ぬことはなかった。そこまで両親を追い詰めた占いのことが大嫌いになったよ。それ以来、俺は占いのことを口にするのを一切やめたんだ。そして、誰とも話すことがなくなった」
ルーチェは黙って青磁の話を聞いている。
「そんな風に心を閉ざしていた俺に、話しかけてくれたのが友里だった。友里は、赤ん坊のときに孤児院に捨てられていたんだ。そして孤児院で育った。孤児院のことは一番良く知っていたから、俺にいろいろな事を教えてくれた。俺の名前を聞いたとき、「すごくいい名前ね」って言ってくれた。セージっていうハーブは、いろんな薬効に富む薬草なんだってさ。それに、料理にも使える。万能の植物なんだそうだ。俺もそんな風に、人々の役に立つ存在だって、そんな風に言ってくれた。
占いの力を初めて打ち明けたのも、友里にだった。友里は、すごいすごいって心から褒めてくれたよ。未来が分かるという俺の力を、無邪気に楽しんでくれた。そんな友里の態度に、俺の心は徐々に癒され、惹かれるようになっていったんだ。
俺が十五、友里が十七歳のときに、俺たちは付き合うようになった。俺は友里にはどんな占いも話していた。でも、あの日だけは……」
青磁は後悔するようにぎゅっと手を握り締める。
「俺には、友里の未来が見えていた。交通事故にあって、植物状態になる未来だ。俺はそれを知っていたんだ。だが、認めたくなかった。そんな未来が現実にくるなんて、思いたくなかった。だから、友里に嘘をついた。友里はいつまでも元気だと。元気に年をとって、俺と結婚するんだと。そんな風に嘘をついた。そして――占いどおりの日に、友里は事故にあった」
青磁は両手に顔を埋める。
「どれだけ後悔したかわからない。俺が占いの結果を正直に告げていれば――、友里は今日事故にあうから気をつけてくれと、いや、いっそのこと、外に出ずに部屋に閉じこもっていてくれと、そんな風に告げていれば、友里は用心して事故にあわずにすんだんじゃないかって。俺が悪い占いから目を逸らして、見ない振りをしていたせいで友里はあんなことになったんじゃないかって。だから、もう二度と占いの結果に嘘をつかないと決めたんだ。どんな悪い結果でも、どんな不幸な未来でも、俺は包み隠さず告げる。正直に話す。それが相手のためだと思ったんだ」
「それであなたは、あんなふうに率直にお客さんに占いを告げていたのね……」
一見残酷で冷淡に見えた青磁の占いの仕方。だが、その裏にはそんな思いがあったとは。
ルーチェは、青磁の心の傷を理解した。そして、それを癒してくれた友里との固い絆も。その友里を失い、青磁がどれだけ自分を責めたかも、どれだけ傷ついたかも……。そしてそのことが、もう自分のように後悔する人を生まないよう、ぶっきらぼうに見えるほど正直に占いを告げる、今の青磁を生んだのだと理解した。
「そうして俺は、友里の治療費を稼ぐため、占いで生計を立てるようになった。手っ取り早く稼ぐには、それが一番だったから。そうして今まで、占いを続けてきたんだ。占いが外れたことなんか一度もなかった。悲しみ、絶望する客を何度も見てきた。客に恨まれることもあった。今までの人生全てで、俺は、運命には逆らえないと、抵抗しても無駄だと諦めてきたんだ」
青磁は顔をあげ、ルーチェを見る。
「だけど、お前は違った。いつだって自分で未来をつかもうと努力していた。何の関係のない客に対しても、一生懸命に。その姿を見て、そして笑顔になる客を見て、俺も救われたよ。運命に抗うことは無駄ではないのかもしれないって」
青磁はルーチェの頭に手を置いた。
「俺もこれからは、客のために何ができるかを考える。見えた運命を放置するだけじゃなく、少しでもいいものに変えられるように努力する。未来自体は変わらなくても、そこに至る道のりは変えられるように。――お前が、俺を変えてくれたんだ」
ルーチェは、青磁を抱きしめた。
「ルーチェ……?」
「ええ。きっと、あなたならできるわ」
ルーチェは青磁のことを思った。
凄まじいまでの天賦の才を授かったばかりに、苦しみ、苦労を重ねてきた人。不器用で、たくさん傷つきながらも、変わっていこうと、もう一度立ち上がることを決意した人。
そんな青磁を、ルーチェは――愛おしく思った。
青磁のために、できる限りのことを、自分もやりたいと思った。
この人を救いたいと思った。
「ありがとう、ルーチェ……」
青磁も、自分を導いてくれる、光のような存在であるルーチェに、憧憬の念を抱いた。
二人は運命に立ち向かうことを、決意しあった。
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