「いじめの行方」

 ある日の客は、女子中学生だった。

 暗く、鬱々とした表情をしている。

 かろうじて聞き取れるようなか細い声で、少女は語りだした。


「学校で……いじめを受けているんです」

「いじめを?」

「中学に入ったころから始まりました。最初は、陰口を言われる、仲間はずれにされる、机や教科書を汚される、靴を隠される……そんな、小さなことから始まりました。でも、だんだんエスカレートしてきて……」

「……」


「最近では、頭から水をかけられたり、集団で暴力をふるわれたり。とうとう、お金まで取られるようになって……。それも何万という単位でです。学校に行くのが怖くてしかたないんです。どうしても、登校する勇気がなくて、今では、二ヶ月ほど学校を休んでいます」

 少女はおずおずと青磁をみる。

「早く、いじめが終わってほしい。今はそれだけを願ってるんです。月宮さんには、それを占って欲しい。いじめがなくなるかどうかを、占って欲しいんです……」

「わかりました」

 青磁が占いを始める。そして口を開いた。


「……いじめは続きますね。少なくとも、あと一年はなくなりません」

「あと、一年も……」

 少女は絶望的な表情をした。

 中学生にとって、一年間はどれほど長いことだろう。

「……」

 少女は更に暗い顔になってうつむき、黙り込んでしまった。

 重苦しい沈黙が落ちる。


 見かねて、ルーチェが何か言おうとしたとき。

 青磁が、ためらいがちに口を開いた。

「……いじめ防止対策推進法、というのを知っていますか」

「……いじめ……?」

 少女が首を傾げる。


「2013年に施行された法律です。その法律では、重大事態と定義される事柄が起きた場合は、速やかに調査を行い、措置を講ずることが定められています。重大事態とは、生命、心身又は財産に重大な被害が生じたとき。それに、相当の期間学校を欠席することを余儀なくされているとき。あなたは、このどちらにもあてはまる」

 青磁は少女を見つめた。


「あなたは、いじめを受けていることを学校に訴えるべきです。学校が対処してくれなかったら教育委員会に、それでもだめなら警察に。あなたがどれだけの精神的、身体的苦痛を感じているか。それをしかるべき人たちに訴えるべきです。このまま泣き寝入りしてはならない。対処してくれるところに頼るべきです」

 始めて客に踏み込むようなことを言った青磁を、ルーチェは驚いたような顔で見る。


「でも……いじめにあっているなんて、恥ずかしくて……。言えない……」

 うつむき、言う少女。

「何が恥ずかしいものですが。あなたはなにも悪くない。いいですか、あなたが受けているのはすでに傷害、恐喝。犯罪行為です。あなたは犯罪の被害にあっているんだ。とても一人の中学生に抱え込めるものではない。助けを求めてください。誰でもいいから、助けを求めてください。聞いてもらえるまで、助けを求めてください。いじめはすぐには止まないかもしれない。それでも、止めるための努力をしてください。それがいつか、あなたを救うことになります」


「本当に……? 本当に、助けてくれる人がいるんですか……?」

「ええ。法律があなたの味方です。今まで、よく我慢しました。でも、もう一人で耐える必要は無いんです。訴えてください。すぐにでも。あなたのために」

「法律が……味方……」

 少女は涙をこぼした。


「私……今まで、戦う気力もなくて、逃げてばかりいました……。逃げていれば、いつかいじめはなくなるんじゃないかって……。でも、一人ぼっちで逃げなくても良かったんですね。逃げ込める場所が、あったんですね。私のために、いじめに向き合ってくれるところが、あったんですね……」

 少女の目に、希望の光が宿る。


「……私、訴えてみます。自分が今までされたこと全部。恥ずかしがらずに、ちゃんと訴えてみます。それであの人たちが何をしたのか、ちゃんと明らかにしてもらいます」

 少女は、かすかに笑った。

「時間がかかってもいい。それで、少しでもいじめが収まるのなら。少しでも、状況が改善されるのなら。私、頑張ってみます」

 青磁に向かって、頭を下げる。


「月宮さん。アドバイスしてくださって……ありがとうございました」

 少女からの感謝に、青磁は戸惑う。

「いや……俺は別に……。勝手なことを言っただけです」

「そんなこと。月宮さんのおかげで、気が楽になりました。私は一人じゃないんだって。これから、いじめに立ち向かいます。……どうか、応援していてください」

 少女はもう一度頭を下げ、帰って行った。


 少女が帰って行った扉を、じっと見つめる青磁。

 そんな青磁の肩に、ルーチェが手を置いた。

「セージ。あなたが、あんなことを言うなんて。驚いたわ。今までは、占いの結果は変わらない、だから何をしても無駄だって、そればっかりだったのに」

「俺は……」

「あなたの言葉で依頼人は元気になった。運命に、立ち向かう決意をしたのよ。これはすごいことよ。あなた、えらいわ。依頼人のために、よくやったわね」

「俺は、彼女のために、何かできたのかな」

「当たり前じゃない」

「そうか……」

 青磁は、嬉しかった。

 望まぬ運命に消沈する客を、自分の言葉で元気にすることができた。少しでも、運命に抗えたような気がした。


「お前のおかげだよ」

「私の?」

 青磁はルーチェの青い瞳を覗き込む。

「お前はいつも、一生懸命運命に抗おうとするだろ。結果は同じでも、その過程で人々が救われるのを見た。笑顔になるのを見た。それをずっと見ていて、運命にはただ縛られるだけじゃないのかもしれないって、思えたんだ。お前のおかげで、俺は運命が見えるという自分の能力に、立ち向かう気になれた。お前みたいに、なりたいと思ったんだ」

 ルーチェは狼狽した。青磁から、そんなことを言われるのは、初めてだったからだ。


「私がやりたくてやってるだけよ。それに……迷惑がられているのかと思っていたわ」

「最初はな、そうだった。でもそのうち……お前を尊敬するようになったよ。運命は変わらなくても、気持ちや行動次第で、人はそれに抗うことができる。そう教えてくれたのは、お前だ」

「セージ……」

「これからは俺も、運命に抗うため、努力したい。客をできるだけ笑顔にしたい。たとえどんな運命が待っていたとしても。それが、今の俺の気持ちだ」


 ルーチェは嬉しかった。

 今まではどこか厭世的で、全てを諦めているように投げやりだった青磁が、前を向いて歩き始めた気がした。

 ルーチェは青磁の手を握る。

「運命が見えるというあなたの能力は、本当はとても素晴らしいものなのよ。あなたが、運命に立ち向かう決意をしてくれて、嬉しいわ。私も望まぬ未来のために戦う。あなたと一緒に、立ち向かわせて」

「ああ――お前の力が必要だ。俺に、力を貸してくれ」

 そうして二人は、深く頷き合った。

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