占いと魔素

 青磁の仕事場は、家から歩いて十五分の所にある。

 青磁は人の運命が見えるため、基本的に人混みが好きではない。満員電車に乗るのをさけるために、徒歩で通勤可能な場所に部屋を借りたのだ。


 ドアを開けて入ると、そこは応接室のような場所だった。

 ソファがあり、テーブルがある。あとはレジがあるくらいで、殺風景な部屋だ。

「なんだか……簡素な部屋ね。想像だと、もっと……」

「怪しげなものがいっぱいおいてあると思ったか?」

「ええ。占い師っていうのは、そういう雰囲気作りをすることで、自分の力を信じ込ませるものでしょう? なんていうか、商売っ気がないのね」

「雰囲気作りなんてしなくても、俺の占いは外れることがないんでな。客はいくらでもくる」

「すごい自信ね……」

「自信じゃなくて、事実なんだ」


 そうこうしているうちに、最初の客が現れる。

 入ってきたのは、五十代ほどの女性だった。

「いらっしゃいませ」

「こんにちは。高名な月宮さんに占っていただけるなんて嬉しいわ。……あら? そちらの女性は?」

 客はルーチェを見て不思議そうな顔をする。

「ああ、こいつは俺の弟子です。勉強のために、俺の占いを見学させてます。どうか同席させてやってください」

 もちろん口からでまかせだ。


「あら、月宮さんに教えていただけるなんて、うらやましいわね。私は構わないわ。宜しくお願いします」

「どうぞ、おかけください」

 女性を部屋の奥のソファに腰かけさせる。

 青磁はその向かいではなく、斜め九十度の位置にあるソファに座った。ルーチェは不思議に思いながらも、青磁にならって隣に座る。

 これは、カウンセリングの手法であった。真正面に座ると圧迫感の原因になるが、斜めに座るとそれが軽減され、話しやすくなるというものだ。


「それで、あなたのご相談とは……」

「ええ、あの、首飾りが見つかるかどうかを占って欲しいんです」

「首飾り?」

「主人から、結婚二十五周年――銀婚式の記念にもらった、大切な首飾りなんです。私の誕生石が入った、大きくて、とても綺麗なもの……。すごく大切にしていたのに、ある日突然無くなっちゃって……。主人にも申し訳ないし、私もとても愛着をもっていたから、なくしてしまったのが申し訳なくて、悲しくて……。なんとか、取り戻したいんです。首飾りが私の元に戻ってくるかどうか、占っていただけませんか?」


「わかりました。お安い御用です。――それでは、まずはあなたの生年月日と出生地を教えていただけますか?」

 これは、形式的な質問だった。青磁には、聞くまでもなく、客を見た瞬間からそのデータが見えていた。だが、その能力を明らかにすることは、気味悪がられるリスクがあるため、そのことは隠していた。

 客はそれに答える。青磁はなにやら円の中に図形を書き込み始めた。


「これはあなたが生まれたときの、出生地から見た、太陽系における星の配置を図表にしたものです。これをホロスコープといいます。これを見ると、太陽が金牛宮に位置しているので、あなたは保守的で意志が強く、忍耐力があり、穏やかな性質ですね。ホロスコープを読み取っていくと、あなたはご主人と職場で出会いました。アプローチをしたのはご主人の方からですね。二十二歳のときに結婚し、三人の子供をもうけました。今では子供達も自立し、趣味の刺繍を楽しんでいます」


「まあ……!」

 女性は目を丸くし、驚きの声を上げた。

「全くその通りよ。当たっているわ。一体どうして……」

「俺の占いは外れないんですよ。さて、肝心の首飾りですが……」

 女性が息を呑む。


「……見つかりますね」

「本当!?」

「ええ、家の中にありますよ。どうやら、寝室にあるようですが」

「寝室に!? でもチェストの中は良く探したけれど……」

「暗くて、狭いところですね。何かの隙間……。どうやら、地震が関係しているようですが」

「地震……? ああっ!」

 女性はなにかを思い出したように顔を上げた。


「そういえば、いつか大きな地震が起きたことがあったわ。私はいつも寝るときに首飾りを外して、ベッドサイドのチェストの上に置いていたんだけど、地震が起きて逃げ出した後、そういえば首飾りを見なくなったような……」

「おそらくそのときに、揺れで首飾りが落ちたのでしょうね。それで壁との隙間に入って、外からは見えなくなったのでしょう。お帰りになって探せば見つかりますよ」

 女性は青磁の手を握った。

「きっとそうだわ! 帰って探してみるわ! 本当にありがとう!」

 女性は満面の笑顔で喜んだ。


「あっ!」

 そのとき、急にルーチェが叫んだ。

「あ?」

 何事かと、青磁と女性がルーチェの方を見る。

「あ……いえ、何でもありません。ごめんなさい」

 ルーチェは胸元のペンダントを押さえ、慌てて謝った。

 青磁は女性から見えないようにルーチェを睨むと、女性に向き直り、謝罪した。

「……うちの助手が失礼致しました」

「あら、いえ、いいのよ。それより本当にありがとう。これ、お代。お支払いするわ」

「毎度ありがとうございます。またいつでもお越しください」


 女性が帰った後、青磁はルーチェにくってかかる。

「お前! なんだよさっきのは」

「魔素が出たのよ!」

「……あ?」

 ルーチェは興奮していた。

「あなたが占いを終えて、お客さんがお礼を言ったとき、ごく微量の魔素が放出されたの!慌ててこのペンダントに貯蔵したわ。この世界でも、魔素を集めることができるかもしれない!」


「魔素が出たって……なんでだよ」

「私にも分からないわよ。ただ……占いってまじない的なものでしょう?それによる人の心の動きが、魔力の素につながるのかもしれない」

「理由になってねえぞ」

「だから分からないって言ったじゃない。とにかく、魔素が放出されたのは事実なんだから、それでいいわ。あなたについてきてよかった。この調子で、魔素を集めさせてもらうわ!」

 ルーチェは元の世界へ帰る希望が見えてきて、高揚している。

「はあ……まあ、俺には別に関係ないからいいけどよ。好きにしろ。ただし、さっきみたいな挙動不審はやめてくれよ」

「わかったわよ。さっきは驚いただけ。もうしないわ」

 

 二人目の客が来た。中学生くらいの女の子だ。

「あの……。私……、その……」

「ええ、なんでしょう」

「えっと……」

 だが座ってからもじもじと、一向に依頼内容を話そうとしない。

 表向きはにこやかにしていた青磁だが、内心はいらいらしていた。


 しばらくの沈黙の後、中学生はようやく話し始めた。

「占ってほしいんです……その……。わ、私が、好きな人と、両思いになれるかどうか……」

「恋愛ですね。わかりました」

 前回と同じように、生年月日と出生地を聞き、ホロスコープを作る。

 それを読み、青磁はきっぱりと言った。

「残念ですが、無理ですね」

「えっ……?」

「あなたが好きな男性には、他に想う人がいます。あなたと付き合うことはないでしょう」


「ちょっと、そんな言い方……」

 あまりな言いように、ルーチェがたしなめるが、青磁は一睨みして黙らせた。

 中学生は呆然としていたが、その瞳にみるみる涙が溜まり始めた。

「う……わああんっ!」

 大粒の涙をこぼし、女子中学生は部屋から駆け出して行った。

「あっ! おい! 代金!」

「気にするのはそこじゃないでしょ!」

 ルーチェが青磁の頭に手刀を入れる。無論本気ではない。ルーチェが本気で殴ると青磁の頭蓋骨は陥没している。


「いってえな。何すんだよ」

「あんな身もふたもない言い方したら、傷つくに決まってるじゃない。可哀想に。どうしてもっと優しく言ってあげないのよ」

「それで結果が変わるかよ」

 頭をさすりながら、青磁は言う。

「どう言ったって、占いの結果は変わらないんだ。それならはっきり伝えるのが本人のためだ。俺はどんな結果でも、嘘はつかないと決めている」

 思いのほか強い青磁の言葉に、ルーチェはそれ以上反論できなかった。


「率直過ぎるのも困りものだわ……。ところで、問題なことがあるの」

「なんだよ?」

「さっきの占いのときは、魔素が生じなかったわ」

「あ? そうなの?」

「そうなの? じゃないわよ。困ったことになったわ。どうやら、占いの結果にお客さんが満足したときじゃないと、魔素は放出されないみたいね」

「客が満足、ねえ……」

「だから、悪い結果が出たときは、今みたいな対応じゃ魔素は集められないわ」

「んなこと言われても、俺は俺のやり方を帰る気はねえぞ。それに悪い結果が出たならそれは変えられねーんだ。どうしようもねえだろ」

「どうしても……?」

「ああ」

 青磁は取り付くしまもない。

 ルーチェは説得を諦めた。


「……わかった。じゃあ、あなたはそのままでいいわ。その代わり」

 ルーチェは拳を固め、決意する。

「私がお客さんに満足してもらえるように手助けをする」

「はあ?」

「お客さんが納得できるように、私が占いに立ち向かってみせるわ」

「んなことしても、結果は同じだっつーの……」

「それでも」

 澄み切った大空のような青い瞳で、ルーチェは青磁を見つめる。

「結果は同じでも、過程を変えれば、考え方や気の持ちようを変えれば、運命に抗うことはできるはずだわ。たとえ先の運命が決まっていたとしても、自分は変わることができる。私はそう信じている」

 青磁は鼻で笑った。

「……無駄なあがきだと思うがな。やりたいなら、勝手にしろ」

「ええ、やるわ。たとえ運命が決まっていたとしても、未来は自分の手で掴み取るものよ」

 ルーチェは決意を示すように、頷いてみせた。

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