6 池袋

 池袋駅周辺も、これまた随分と賑わう通りがいくつもあって、歩行者天国も設けられている。

「イケブクロー」

 人でごった返す熱気の中、日陰を選びながら私たちは、歩いていく。

「げーむせんたーがいっぱいあるねー」

 どうやら池袋もオタク的な空気が流れている場所らしく、アニメキャラクターのイラストもちらほらと視界に入ってくる。

「ねえー、げーむせんたー入ろうよー」

「ん、いいよ」

 どこにでもあるような(とは言え私の町のそれよりもはるかに豪華でお金のかかった)ゲームセンターもまた、カミサマにとっては新鮮な場所であったらしく、目を輝かせながらフロアを回った。

「一回だけ! 一回だけ!」

 とあるクレーンゲームのぬいぐるみ(なにかのアニメのマスコットキャラクターらしい?)が欲しいとカミサマがねだるので、どうせならと500円玉一枚を投入して6プレイ。

「3回ずつ代わりばんこでやろっか」

「やったー! ヒヨリふとっぱらー! 現代の貴族ー!」

「うるさいよ。どっちからやる?」

「ヒヨリからー!」

「あら、意外と主張しない」

「やり方よくわかんないから……」

「……よーし」


「…………」

 沈んだ表情で、ディスプレイ越しのぬいぐるみの山を見つめるカミサマ。

「駄目だったね……」

「うん……」

 ……そんな顔をしないでよ。心が痛いから。

 そう思いながら、気づいたら私は財布を開いていて……。


「やったー! ヒヨリすごーい!」

 追加200円で、なんとかゲット。ぬいぐるみを抱きかかえてご満悦のカミサマ。費やした700円も、これで報われる……。

「ありがと! ヒヨリ!」

 カミサマは、幸せそうに、笑う。



 そんな風にふらふらぶらぶらと歩きながら、辿り着いたのは池袋サンシャインシティ。展望台、水族館、プラネタリウム、テーマパーク、劇場に博物館にレストランに専門店街とホテルまでくっついたなんだかものすごい複合大型施設。きっと丸一日平気で潰せちゃうようなこの場所が、今日の目的地。

 地下1階から地上3階までの専門店街は本当に雑多な店が軒を連ねていて、ちょっと覗くだけでも楽しかったりする。ぬいぐるみを両手で抱えたカミサマは忙しなく、物珍しげにそれらを眺めていく。

 私たちそれぞれと同じくらいの年齢の少年少女もまた、笑顔ですれ違っていく。楽しさで満ちている場所。そんな場所で、ふと孤独を感じたり、でも次の瞬間、カミサマとの時間に、自分の町にはないような煌びやかさに、没入したりして。


「水族館ー!」

 専門店街のフードコートで昼食を取ってから、やってきたのはサンシャインシティ内にある水族館。展望台と水族館のチケットをセット購入して、なるべくお金は節約して。

 順路に沿って、室内外の水族館を楽しんだ後は、吹き抜けの広場で行われていた駆け出しアイドルのライブなんかを観たりしながら時間を調整して、そうして最後、空が赤くなり始めた頃に、私たちは展望台に向かう。


「おー……」

 壮観。小さくなった東京の街並み。池袋でも飛び抜けて高いこのビルから眺める景色は、沈む夕陽が真っ赤に染め上げていて、これまで見てきた展望台からの風景とはまた違った風情を呼び起こす。雲がゆっくりと流れていく。地平線はぼんやりと霞んで、世界の境界を曖昧にしていく。

 カミサマはガラス窓に貼りついて、下を眺めたり遠くを見つめたり。――こうして彼女は、見極めているのだろうか。この世界は存続する価値があるのかどうかを。

 ……なんて、とてもそんな風には見えないけれど。

「あれ、ヒヨリ、これってもう一階上があるの?」

「んー……?」

 ロの字型の展望ルームを周回する途中、カミサマが指し示した扉。気になったので検索をかけてみる。

「あー……屋上スカイデッキは現在閉鎖中だって」

「なんでーどうしてー?」

「んーと……」

 検索の過程で有名なフリー百科事典に辿り着いて、スクロールして、――手が止まる。

「――飛び降り自殺、だってさ」

「……そっか」

 その言葉にカミサマはふっと、一瞬真顔になって、再び外の景色に視線を戻す。

「ここから飛んだら気持ちいいだろうね~」

「ちょっと、そういう発言は場所を考えて……」

 ……けれど、確かに。

 ここから飛んだらきっと、気持ちがいいだろう。地面に到達して飛び散ってしまうその瞬間まで、は。

 重力に身を任せて、全てを置き去りにして――全ての重圧から、解放されて。

 死の直前には多幸感を得るホルモンが分泌されて、幸福な感覚のままで死ねたりもするらしい。落下している最中に気絶したりするって話も耳にしたことがあるけれど、本当のところはどうなんだろう。それはきっと、自殺を経験した人にしか分からないんだろうけれど、死んでしまった人には質問もできない。


 ――そう。

 この声も、届かない。


 自殺。


 茜色が世界に染みていく。もうすぐに、宵闇が訪れる。瞬間に、灼きつくあか


『世界が終わらないのならば、自分が終わってしまえばいい』


「……そんなの、いいわけ、ないのに」


「……? ヒヨリ?」


 私の声は、もう、届かない。

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