15 見参、ヴァチモン流

ヴィオは自分の背の倍はある大鎌を振りかぶり、虎人にとびかかった。一跳びで虎人に肉薄する。はやい。

 大鎌の刃を虎人の大剣がその鼻先で受け止め、高い金属音とともに火花が散った、瞬間、その火花の中でヴィオはくるりと柄を返して、鎌の刃で脚を下から刈りとりにかかる。虎人は大きく後ろへ跳んで距離をとった。が、ヴィオは許さない。柄が伸び、先端が刃から鋭い穂先に変じた槍で追撃。ぎりぎり避けた虎人の肩から切られた毛が散った。ヴィオのやつ、最強と言い切るだけあって、強ええ……。背が小さいせいで的が絞りにくいのか、虎人はやりにくそうだ。

 だが、虎人はさらなる槍の二段、三段の追い突きを鋭くトンボを切って避けきると、その回転の中で腰から、まるで水を抜くように、もう一つ、するっと剣を抜き、ヴィオの穂先を受け流した。


「ふむ、変幻自在の魔道具に、腕もたつ。なかなかやるな」

 わずかに目を見張っている。

「おぬし、どこの流派だ?まるきり独学ともみえぬが……」

 忙しなく剣を動かしながらも、両刀での受け流しに転じられ攻めあぐねるヴィオに対して、虎人には余裕がある。

「帝都アズノリアの主流派の色はないな。東国モリス、洛星将か?」

「む、むおおっ。あたしはフェンリルでし!」

 あいつ、会話苦手だな……。

「なるほど。聖獣フェンリルにも大鎌使いがいるときくが、市井にあったときに流派を伝えていたのか……」

「ええっと、シセイでしか……?」

 ちょっと!戦闘中、うちの子に難しいお話、しないでもらえます?明らかに攻撃力落ちてるんですけど……。なにか考えちゃって、切り立てられてる。

 あわてて俺は支援にまわる。

「流派はヴァチモン流!うちのオリジナルだ!」

「おお!かっこいいっす!マスター」

 カッペイが称賛してくれる。ゴロ君も親指を立てた。だろ?下唇かめば大概なんでもかっこよくなるんだぜ。俺の必殺技だ、覚えとけ!

 虎人が一度剣を引いて、いった。

「なんと、バチモンとな?見せてもらおう。いざ」

 ちがいます。バじゃなくて、ヴァ。ちゃんと口唇かんで!


 さて、ヴァチモン流、内容は……、これから考える!

「カッペイ、ゴロ、ぼたん、行くぞ!ヴィオに負けるな!」

 カッペイ、通信頼む!カッペイが自分の合わせた掌から白パンツを出した。みんなの分、五枚。それをみなに配って自分も頭にかぶろうとする。

「ダメ!それはダメ、絶対!う、腕輪、腕輪にするんだ、こういうの!」

 俺は右腕に魔法封じとかで嵌められていた腕輪を指さした。パンツがシンプルな腕輪に変わった。

 あっぶねえ……。記念すべきヴァチモン流デビュー戦があやうく禁断の黒歴史の一ページに加わるところだった。


──ぼたん、おまえは回復役だ、下がれ。

と、ぼたんを下がらせようとするが、ぼたんは俺の後ろにぴたりとくっつき、服の裾を握ってくる。うん、心強い。こいつ、なんだかんだで強いしな。

 ゴロくんは、斧を構え、額に深い縦皺を刻んで、細い糸目を相手に向けている。緊張からか手が震えている。

──ゴロくん、取りあえずさっきの刃物の群れ、出して!

 ハッとしたように一瞬俺をみて頷くと、ゴロくんの体から無数のボールが転がり出る。それが宙に浮いて変じ、無数の鋭い刃を相手に向けた。

「ふむ、魔法師か。ならば、おまえから、ゆくか」

 まずい。ゴロ君はそれほど近接戦が得意でないようにみえる。武器をもつ手がたどたどしい。やはりあのアホ娘に期待するしかない。


「ヴィオ、やらないのか?なら、俺らが狩っちまうぞ!」

 単細胞のバチ・フェンリル娘、俺の煽りの言葉に慌てて、ものもいわず猛攻をかける。カンカンという剣戟の音がひっきりなしに響き渡る。ヴィオの武器は棒になったり、突然刃を生やしたり、槍になったりと自由自在だ。刃が虎人の体を切りつけ、白い虎の毛が舞い散る。いいぞ、入ってる!

──ゴロくん、支援だ!

 俺の念話にこたえて、ゴロくんの刃ものの群れも攻撃に加わる。だが、二人の刃物のやりとりを縫って、虎人だけ攻撃するのは至難の業だ。

「むおっ!痛いでし!ゴロ、あとで覚えてるでしよっ!」

「すまん」

 あらら、味方に刺さっちゃった。

──ゴロ、足元、足元狙え!奴の足を置く場所に刺され!ヴィオが踏みかけたら柔らかくして。

──!

 弾むような了解の気配が伝わってくる。だが……。


 すごい……。俺は息を呑んだ。虎人は目まぐるしく左右に脚を入れ替え、ほとんど足元をみることもなく、ゴロの仕掛ける刃先を踏みもせず追いすがる刃も瞬時に避ける。新手が加わったことで動きの敏捷性と正確性が増している。悔しいが、まったく腕がちがう。レベルがちがうのだ。

──ヴィオ、あれ使え!尻尾でギロチンだ!

 念話で呼びかけるが、ヴィオは素知らぬ顔だ。おかしい。内心首をかしげていると、カッペイがそばで叫ぶ。

「あねご!腕輪!俺の一部、もってくださいっす!」

 念話が切れているのだ。カッペイのつくった腕輪は地面に落ちて、すでに踏みにじられていた。

「あたしの獲物でし!手だしするな、でし!」

 くそお、なんて協調性に欠けるやつ……。仕方ない。

「おい、ヴィオ、あれだ!ギロチンしちまえっ!」

 叫ぶと、いい考えだと思ったらしく、尻尾がぐるぐる回り始めた。


 うおっ!と虎人が叫び、盛大に毛が散った。まさか、尻尾が刃物だと思わなかったのだろう。

「しっ・ぽ・ギ・ロ・チ・-・ン!」

 いや、叫ばないで、奇襲で!奇襲でお願いします!ほらあ、だから避けられちゃうんですってば。

「面妖な。貴様、獣人ではないのか?」

「フェンリルでし!」

「ありえん、ありえんぞ」

 うん、俺もそう思います。やっぱり、フェンリルって尻尾が飛んでったりしないですよねー。ま、でも、うちのは飛びますから。しかも、それだけじゃすまないから。


 ギロチンが虎人の腕に刺さりかけた。が、そのまま弾かれる。腕にはめた篭手で弾いたのだ。でも、虎人がクッ、っていった。クッは苦戦のクッ。

 しかし、宙を飛ぶ尻尾ギロチンがそのまま旋回して戻り虎人を襲うと同時に、虎人のもつ細いほうの剣がこちらへ飛んできた。ハッ、ゴロくんが鋭い息を吐き、斧でぎりぎり防ぐ。キーンと、弾かれた剣は上に跳ねて飛んで行った。あっぶねー。

 つづいて、ガランと音を立てて虎人が急にもう一つの大剣を落とした。え?と思う間もなく、虎人がバク転を打つ。地面に降り立った時には、虎人でなく虎が、四つん這いで低く唸りながら俺たちを睨んでいた。目が爛々と光っている。

 老虎──。


「よもや幼獣相手にこの形態をとるとは思わなんだぞ」

 白い毛の巨大な虎が右に左に向きをかえながら、太い尻尾をゆらゆらと揺らし、俺たちとの距離を測る。再び急襲したヴィオのギロチンはその体に刺さりもせず、固い音を立てて弾かれる。

「刃など、この鍛錬した身体に通じぬ」

 虎が唸るようにいった。かなりの身体強化されているようだ。ヴィオが振るった鎌の刃を避けもせず、積極的に噛みにいき、がっちり銜えた。そのまま大きな首を振ると、踏ん張り切れず、ヴィオは振り回された。

 俺はカッペイに念話でいう。

──カッペイ、かまわん!あいつに腕輪、無理やりにでも引っ付けろ!

──で、でも……。

──あとで、俺も一緒に謝ってやるから!

 説得する。カッペイの腕輪がむずむず動き、ぴゅいっと飛んで、ヴィオのふくらはぎ辺りに引っ付く。

「あ、くっつくんでないでし」

 振り回されながら、文句いってくるが、気にせず、

──ヴィオ、フェンリルになれ!なって、前足伸ばせ!そんで奴の頭、食っちまえ!

 次々指示してる俺、マスターっぽくね?


──マスターにしては、いい考えでし!

 てめえ、いいから、やれ!黙ってな。馬鹿みたいに叫ぶんじゃないぞ。……という願いもむなしく、武器から手を放して、

「ヘンシーンッ」

 思い切り叫んで、フェンリル型になる。皿付きの……。こいつはお皿、もってきたのか。ったく、マスターの危機だってのに……。

 突然ヴィオが武器から手を放したので、虎は少しよろけて、後ずさりしたが、すぐに白銀の巨大狼に対峙する。

 一見、猛虎対飢狼の闘いにみえる闘いがはじまる。……少なくとも猛獣対スライムには絶対に見えない。二頭の獣の咆哮が木々の葉を揺らす。

──みんな、支援するぞ。なんでもいい、奴を足止めするんだ!

 強靭な奴の体に刃物の類は効かない。なら、狙いはひとつだ。息を止めてやる!


 背後から黒いボールが飛んだ。ぼたんだった。ぼたんの投げた黒いボールが数個跳ねると、虎の体の近くでひも状になり、脚を地面に縫い付けにかかる。あんっ。ぼたんが吐息をもらし、一瞬で虎の爪に切り裂かれた。しかし、妙に息を荒くする変態ぼたんは負けない。次々ボールを投げる。それがべたべたひっついては、ひも状に変じ虎の体の自由を奪おうとする。

……変態、最強最悪だな……。


 ゴロくんも真似をする。カッペイも。べたつく液体を投げ、虎の脚を止めする。そこへ白銀のフェンリルの脚が伸びて、四肢に巻き付いた。八の字固め的なにかで……。

「お、おのれ。油断……。おぬしら、なにもの……」

 タタッとぼたんは恐れげもなく、バタバタする虎に駆け寄る。

──よし、行けっ!鼻と口塞いじまえっ!

 ぼたんは自分の長くちょっと広がったスカートを虎のでかい顔にかぶせ、そのまま抱くように組み付く。男のスカートで顔を包まれる虎……。哀れな……。ぼたんはそのまま、どろりと液状化。

 う、うぐっ…、というような音を出した虎は猛烈に暴れまわる。ゴロくんもカッペイも次々組み付く。虎の爪で服や体を切られ、地面に虎の巨体ごと叩きつけられ、呻きを上げているが離さない。が、やがて、耐えきったぼたんが体を離すと、どさり、虎はうつぶせに地面にのびた。


 や、やった……。やったぜーっ!

いや、ここはクールに極めるべきとき……。俺は腰に片手を当て、顔の前で人差し指を立ててそれを振りながら虎を見下ろして、いった。

「こいつらをただの獣人と思い込んだ時点で、あんたの敗北は確定してたのさ、悪いな。フッ」

 スポーツ刈りのため、息で吹き上げる前髪がなくて残念、と思いつつ、改めてみてみると、目をつぶった虎の胸は呼吸で大きく動いている。だから気絶しただけで、死んではいない。みんなもぼろぼろだ。この大物にとどめを刺すなんて、無理そうだ。

 いや、……むしろ、殺したくなんかない。なにしろ惚れ惚れするほど美しい老虎なのだ。


……と思っているのは俺だけのようで、

「これ、いい尻尾でし。ちょうどこういう襟巻き欲しかったでし」

「あ、あねご、俺っちも!二人分は余裕でとれるっすよ!」

 虎を囲んでバチモンたちが不穏な相談……。

 おまえら、やめろお!せっかく眠ってくださっているのに、尻尾ちょん切ったら起きちゃうだろうが!

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