7 おうちとこの世界について

最終的に俺は家に入った。

……窓からな。


入ってみて、なかなか快適な空間なのに驚いた。

まず、部屋の匂いがいい。なにか芳香というのか、いい匂いがする。壁は石だが、部屋は板敷だった。入ると板敷に安物的な毛皮が敷いてあったので、俺は慌てて靴を脱いだ。

囲炉裏が木の床の真ん中に四角く切ってあって、隅には土間がある。俺はその二段ほど降りた土間に靴をおいた。

土間には竈があり、隅にはきれいな真っ白の薪が積まれている。白樺のように白いが、樹皮だけでなく中まで白く、ファンタジー感に溢れている。少し残った葉が金色のようにみえる。

あとでもっとよく見よう……。


部屋中央の囲炉裏に近づくと、その木を燃やしたせいなのか、真っ白な灰が縁まで詰まっていて、それが芳香を放っている。四角く切った囲炉裏には自在鉤が吊るされていて、その鎖をたどって見上げると、太い梁が二本、部屋を横切っていた。

天井は三角屋根を形成しているのだろう、小屋の真ん中に向かって斜めにせり上がり、かなり高い位置で合わさっている。

上のほうにも窓がいくつも切ってあって、そこから光が筋になって幾本も差し込んできていて明るい。窓に入った桟のせいで、差し込んだ光でできた明るみには十字の形に日陰ができていた。ちょっといびつな昔風だが、窓にはすべてガラスがちゃんと嵌っていた。

椅子だの机だの、家具の類は一切ない。布団もないが窓側に、さっきちょっと踏んでしまったどこか本物っぽくない灰色の毛皮が広々と長方形に敷いてあって、横になれそうだった。


これは人間の建てた家に違いない。だから、土間からもともと外に通ずる玄関があったはずだ。そういう作りだ。が、土間の壁はいかにも後から作ったような色の変わった石壁になって、扉がない。

「ドアどうしたんだ」

聞くと、

「つぶしたんすよ。危険すから。窓だって、あまり開けたくねえけど、暗くなっちまうから開けてるんすよ」

カッペイが答えた。

要は開口部は敵が入ってくるから安全じゃない、というのだ。

敵って、なんでしょうか?怖いんですけど。


玄関はないのに、なぜか部屋の奥の壁に大きな穴が開いていて、なにかの動物の毛皮を吊るして塞いであった。

「あっちはなんだ?」

聞くと、みな、若干自慢げな顔をする。


「これっす」

いいながら、カッペイが毛皮を横にずらした。

そこには、洞窟が広がっていた。小屋の中よりはるかに大きい暗い空間がひろがって、奥へと続いている。外から見たとき小屋が崖にめり込んでいたが、崖の中に続いていたのだ。

家の中から直に洞窟探検に出かけられるとは……。


「どうっすか?」

……って、普通にやだよ。家の中に真っ暗な穴が開いてるなんて。洞窟探検には、できればおうちの外から出かけたい。落ち着かないことこの上ない。

「うーん。なんか、落ち着かないかなあ。ほら、家から直接外に出る穴があると寒々しいっていうか……」

「寒い、でしか?」

「うーん、まあ、夏だし、寒かないんだけどな。でもこう、土に直接つながるのが……。そう、こういう絨毯的なものが」

と部屋に敷いてある安物毛皮を指さして説明する。

「敷いてあると、なんか快適な感じがするだろ?そういうことなんだよ」

洞窟は暗くてよく見えないが、普通に赤茶っぽい岩と土のようなもので出来ている。なんか、岩を掘って出てきた何ものかと思いがけず、こんにちは、しそうで気持ち悪い。

俺の言葉に、ヴィオが自分の胸をどんと叩いた。

「まかせるでし」


いうと、両手のひらを合わせる。そこに丸い鼻くそ色のものが現れ、そのボールがどんどん大きくなった。急激に大きくなったそれをヴィオはえい、と洞窟に向かって投げた。ばさっというような音がした。

 俺は目を見張った。洞窟の床が毛皮敷きに変わった。なんかふさふさと毛が生えている。おおっ、すごい!

 ……すごいが、コレジャナイ感はんぱない。


「これで、あったかいでし!」

いかにも、あー、いい仕事した風に、ヴィオがばさーと白銀の髪を振って後ろに流した。

「うん、そうだな」

俺の口調のしぶしぶ感が不満だったのか、鼻息荒くヴィオはいった。

「スライムは基本ぷるぷるしているんでし。だから、鋭い角をつくるのは苦手なんでし。でも、あたしはすごく鋭い尖りをつくることもできるし、こんな毛皮もお手の物なんでし。エッジの効いた女なんでし」

いや、そんなスライムあるあるみたいなこと、ドヤ顔でいわれてもな……。

もやもや感は残るが、まあ、きっと、たぶん、すごいんだろう。


ヴィオはゴロ君に催促するように手を出し、心得たようにゴロがカバンからジョウロを出して、手渡した。それを俺に突き出してくる。

「は?」

「ねぎらってもいいんでし」

頭を突き出してきたので、俺はうけとったジョウロでその皿に水をかけてやった。

「やっぱりマスターのお水は格別でし!」

そうなの?

みんなもうらやましそうな顔をしているので、俺は順々に頭の皿に水をかけてやった。水はすばやくお皿に吸収されていき、スライムたちがなんとなくぴちぴちして、俺はげんなりした。


カッペイがさらに洞窟のアピールしてくる。

「こっから中通って水のあるとこまでいけるっすよ。それに出口もたくさんあるっす」

あまり感心できなかったが、ゴロがいった。

「温泉も、あるす」

「ほんとっ?!」

食いつくと、ゴロは無表情ながらそこはかとなく嬉しそう、カッペイは悔しそうな顔をした。

俺ってば、慕われてるな。高校一年の夏、こんなにも微妙なモテ期がくるとは……、泣きそうだ……。


「行きたいけど、真っ暗だな。懐中電灯……はなさそうだな。ロウソクとか松明とか灯りになるもんはないのか?」

聞くと、みんな、変な顔をした。

「光ればいいでし」

は?

みんなが光った。ケモミミ人間のまま、発光体になった。まぶしい。


「あのう、マスター、色が変えられないってことは、もしかして発光も……」

おずおずと光るぼたんが言ってくる。

「もしかしなくてもできるか!!んなこと!!」

怒鳴ると、ヴィオレッタがふっとため息をついていった。

「マスター、なんにもできないでし」

「やかましい!人間は光るようにできてねえんだよ!!」

「本当に、ふつうの人間みたいでし」

「ふつうの人間なんだよ、そういってるだろうがあっ!」

「あ、でも、ボク、頭が光っている人間はみたことがありますう。頭だけならできますでしょうかぁ」

ち、ちょっとやめて。不吉なこというの……。

「俺はできない!」

きっぱりと、宣言した。髭もちっとしか生えてきてない段階で剥げてたまるか!

「無能でし」

こいつ、そろそろ殴っていいかな。

「人間はできないの!頭光ってる人も反射してるだけ!」

……ったく。禿だって光源になるわけでは断じてないんだぞ。

言い聞かせると、知らなかったらしく、皆はいやに感心したような顔をした。

光で洞窟が奥まで照らされているのをみると、床も壁もたぶん天井も、すべてふさふさの毛で覆われていて、裏起毛の洞窟になっていた。


「マスター、魔力がすごいんすから、なんでも出来るんじゃないっすかねえ?」

カッペイが首を捻っている。できても人外と同じことはしたくないぞ。

「でも、ダダ漏れ状態。まったく制御できてない……」

ゴロくん、言葉すくなに辛辣。

「制御ってどうやるんだ?」

聞くが、スライムたちはそのへんは自然にできるということで、どうしてできないのかわからない、といわれてしまった。

使えねえ……。

なんか、理論とか難しいことをいうのは人間とか、魔族の、しかも高級魔族とかなんだそうだ。フェンリルなどの神獣や聖獣も魔法は直感でやっている、という。


「ふうん、高級魔族とか怖そうだな」

いうと、皆頷いた。頷かないのはアホだけだ。

「あたしは最強でし!」

「はいはい。で、ほかには?魔王とかもいるのか?」

「魔王は魔族の王。魔族の中の一番強いやつ、なるんです」

ゴロがとつとつと説明してくれる。

「人族と違って、魔族、魔物いろんなの、いる」

「魔物の中でも強いのが魔族って呼ばれるんす」


「おまえら、スライムって、魔物だよな」

「いや、俺らは進化したから、もう魔物じゃないっす」

カッペイがきっぱりいうと、他のもうんうん、と頷いている。

どうせ詐称に近い自称じゃないのか?

「強くなったから、魔族なのか?」

「いや、方向が違うんす。俺らは、聖獣目指してるっすから」

カッペイが自慢げにいう。

いや、目指してたって魔物は魔物だろ……。人型みたいになっているから一歩譲って魔族だとしても、百歩譲っても聖獣とかじゃないだろ。


「ま、俺らみたいに魔物から聖獣になれるのはたぶん多くないっすけどね」

「神獣とか聖獣って、どんなのがいるんだ?」

「上位になると、フェンリルとかドラゴンとかフェニックスとか……っすかね。ただの獣は進化しないすけど、獣人は進化してそういうのになったりするんす。魔獣から魔族になるのもいるんすけど」

おお、ちゃんと本物がいるんだ。テンション上がるな。

「魔族の頂点、魔王。獣人の頂点、神獣」

と、ゴロくんが補足。

なるほどなあ。

「俺ら魔物は獣と魔族の中間みたいな感じで、獣人になって神獣方向に進化するか、魔族の仲間に入るか、という感じなんす」

うーむ、しかし、こいつらを見ていると明らかに神獣だの、聖獣になれていると思えない。化けもの成分が強すぎるぞ……。

あ、わかった。ほかの魔物はともかく、スライムは進化してバチモンスターになるんだ、きっと!


「あたしはフェンリルでしっ!上がりなのでし!」

双六かよ……。

「俺ら、まだまだ修行不足っすけど、頑張って獣人族の姿にはなれるようになったんす」

なんで獣人族なんだ?と問うと、マスターがもふもふ好きだから、とのお言葉をいただいた。


いや、確かにモフモフ毛皮の耳と尻尾の獣っ子、大好物ですけどねえ……。

無反応でいたら、

「ここ、感動するとこでし」

バシッと尻尾で尻を叩かれた。


マスターに対する態度がだいぶ、ぞんざいになってきたな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る