6 結局何ものなのか

俺が数々の衝撃と湧き上がる不安に黙り込んでいると、カッペイがとりなすように言い出した。

「この五号……ええと、ぼたんは戦闘力はぜんぜんっすけど、見てのとおり、焦げ茶までつくれるんす。すげえ治癒能力が高いんす」

「そんな……、恥ずかしいですう。マスターの光魔法に比べたら、ボクなんか、全然ですう」

いや、意味わかんないんだけど……。

「俺、普通の人間だし、魔法なんて使えないぞ」

とりあえず、いってみると、急にみんな、え?という顔をした。な、なんでだ……。しばしの気まずい沈黙のあと、カッペイがおずおずと聞いてきた。

「でも、そのう……、マスター。だって、じゃあ、そのすげえ高貴な黒はどうやって出してるんす?」

「……高貴って、この服の色か?」

Tシャツとジャージだぞ。高貴な黒?このTシャツなんて投げ売りワゴンセールで三百円だった奴だぞ。色をどうやって出しているかといわれても、買ったときからこの色でした、としかいえない。どうやって黒くなってるかなんて、当たり前だが知るもんかよ。

「服……」

呆然と、ゴロくんがつぶやいた。

「じゃ、じゃ、もしかして、マスター、それ、体じゃないんすか?自分で作ってない……すか?」

ショックのあまりか、カッペイの声がかすれている。今一つ意味がよくわからないが、

「作ってない。売ってた黒い服、着てるだけだぞ」

正直に答えると、みな、ドン引きした。それはもう、ずざざざざ、という感じで一斉に下がる大ドン引きだった。逆にずずいと出てきたのは偽フェンリル娘だけだ。

「じゃ、なんにもできない人間でしかあっ!?マスターを騙るなんて太い奴でし!」

俺を指さして、わめいた。

さっきから、遠慮してるだろうが!全力でっ!人の話をきけえっ!!

「何ものでし?!」


「こっちのセリフだ!おまえらはなんなんだよっ!」

「フェンリル……とその仲間たち」

ほほう、確かに愉快な仲間だなっ。こめかみに青筋が浮かぶのがわかる。ぐわしっと、俺は詐称フェンリル娘の頭を右手でつかんだ。うん、この耳のモフモフ、ループした毛糸でできてるな。本物の毛皮どころか、ぬいぐるみにしても安もんだ。

「えーん、頭が変形するでし。放してくださいでし」

偽フェンリルが尻尾をバタバタさせている。

「だけど、確かに力は強い。俺たちがその力をもらっているのは確か」

冷静にバイカル改めゴロが指摘した。

「ハッ!ということは、何もできないふりをしてるんでし!」

「いや、なんのためにだよ?」

突っ込むと、うーんうーんと白銀の頭を抱えて悩んでいる。こいつはもう放っておこう。

「ともかくさ、俺はマスター?とかじゃないし、お前らのこともわからん。名前はつけてみたけど、呼びやすいからでさ」

そう、俺とバチモンは無関係、ここははっきりさせておかねば。

俺は施設暮らしのおかげで、契約だの連帯保証だのの怖さはもう、仲間の入所理由だったりするもんで、嫌というほど知っているのだ。連帯保証人どころか、マスターなんて、一家離散どころか、何が待ち受けたもんかわかったもんじゃない。しかも、このバチモンのマスターだぞ……。

俺の頑固な否定に、カッペイがため息交じりにいった。

「はあ、ともかく、話を整理した方がいいっすね。俺らのスライム村王国に来てください。そこで話しましょう」

村なのか王国なのか、どっちだよ……。もう突っ込み疲れたよ。だが、ともかくやっと、こいつらの正体がわかった。

「おまえら、スライムなんだな?」

「マスター、天才でしか?」

……。


「なら、ゴロ君は、空間魔法とやらが使えて、それでこんなに食べ物ももっているわけだな」

道すがら俺がさらに空腹を訴えると、ゴロがリュックからさらにさっきのジューシーなリンゴ的果物を追加で出してくれた。スライムといってもいろんなことができて、ずいぶん優秀である。

どうしてスライムがこんなことができるのか。きくと、なんでも、数年前までこいつらも普通のスライムで、単に透明で丸くてぷるぷるしていただけだったらしいが、このヴィオと称している偽フェンリルが初めに突然進化したのだという。

それも、異世界にいる俺の召喚魔法のせいだとか……。俺は召喚魔法なんて使った覚えはみじんもないが……、……いやまあ、中二の頃はエアペット相手に毎日毎晩使ってましたが、でも、あの妄想全開の魔法の呪文がほんとに効くとか思わないじゃんよーっ。しかもこんな異世界のスライムを斜め上に超絶進化させるとか……。一体どうなっているんだ。


俺たちは湖の縁をぐるりと回って、小道ができているところから森に入り込んだ。上り坂がうねうねと木の間を縫って続いている。

歩きながら偽フェンリル少女、自称白銀のヴィオレッタ(笑)が最初の俺との出会いを語った。

「あたしはそのとき、ピンチだったでし。へんな洞窟に落ち込んでしまったんでし。あたしは日光がないと弱るタイプでしから、そこで歩きキノコの群れが向こうから来たときになったときにはもう覚悟したでし」

キノコにやられるなんてだせえ、と思ったのだが、スライムなど数々のゲーム通りだとすれば、決して強くないはずだ。

「へえ、日光がねえ……。水は?」

「お水はどんなスライムも好きでし。マスター、スライム好きなのになんにも知らないんでし」

俺がスライム好き?初めて知ったぜ。

「ほとんど核しか残らないくらい食べられてしまったんでしが、なんとか、もっと小さい隙間に潜り込めたでし。そうしたら、声がしたんでし」

「なんて?」

「小さきものよ、汝、我が力を糧として……」

「ス、ストーップ。うん。その詳しいとこはいいから」

間違いない。俺が禁断のノートに書いてた奴。黒歴史が声高らかに再生されるのを防ぐべく慌てて止めると、ハッとしたようにスライムたちが目を見張り、うなずき合った。

「ごめんなさいでし。詠唱だけで発動する強力魔法なんでしね。うかつだったでし」

「え、いや、なんか、すいません」

そういうなんかすごそうな理由じゃないんですよ。魔法なんて、ほんと使えないですってば……。

「それで、マスターの声を聞いて、あたしは返事したでし。その当時は声も出せなかったでしから、こう……、触手の一部を持ち上げて……」

いきなり、少女の姿が消えた。代わりに、巨大な透明のぷるぷるした若干UFO的フォルムの、中央の盛り上がったアメーバみたいのが出現して、びろんと、手というか、……ヒラメでいうと縁側の部分を持ち上げ、それをぶんぶん手みたいに振った。

あははは、本当だ。スライムだ。スライムだったんだ……。生まれて初めて出会ったよ、スライムに。しかし、でかい……。ふつうに肉まん程度の大きさだったら、まだかわいかったのに。

しかも、なぜその色なのか……。

そいつの色は緑だった。

ミドリ。好きな色だ。俺の苗字の緑谷にも入っている色だ。俺は自分の緑谷空良という名前が気に入っている。緑の谷、なんて素敵だろ。緑は癒しの色だ。うん、わかってる。顔に合ってないってな。

だが、このスライム、透明がかった緑の心なしかぷるぷるした塊に、さわやかさはまったくない。緑は緑でも、新緑とか若葉色とか、そんなじゃない。なんかズズ黒い深緑。日陰に生えたドクダミみたいな色だが、もっと汚い感じ…。

なんというか……、なんていったらいいか、……そう、……鼻くそ色だった。

スライムはスライムでもメタル系ならまだ許せたのに。なんで鼻くそなんだ。


「よし、おまえの名前は鼻く……」

「白銀のヴィオレッタでし!!」

「黙れ、鼻くそスライム!なにがフェンリルだ。スライムそのものじゃねえか!」

怒鳴ると、鼻くそは一瞬で少女型に戻り、なぜか腰に片手を当てながら、チッチッと人差し指を顔の前で振った。腹立つな、こいつ……。

「マスターがスライム好きなのはわかってるんでし」

「いや、そんなことはないぞ。悪いが……」

いうと、他の奴らが悲しそうにする。そうだ、こいつら全員スライムなんだ。うげげ。

「好きでなかったら、マスターがスライムのあたしのことを召喚するはずないでし!マスターに手を振って返事したら、マスターの姿が頭に浮かんできて、すごい力が漲ったんでし。それでも、全然力が足りなかったんで、召喚に応じられないままに力をもらい続けて進化してしまったんでし。フェンリルに」

「いや、その設定もういいから……」

「マスターのために、スライムのままでいたかったんでしが、今は、フェンリルになってしまったんでし。元スライムなだけでし。今もフェンリルからスライムに化けただけなんでし!」

「俺のためとか、恩着せがましいこというな。フェンリルがそんなややこしいことするか!!」

うぬぬ、と二人でにらみ合う。

「俺はもちろん、スライムより、フェンリルとか、ドラゴンとか、そういうののほうが断然いいぞ」

「なーっ!スライムのどこがいけないでしか?スライムならアナタ色に染まることだって、できるでしよ!」

いや、ふつーに気持ち悪いから。おいっ、気持ち悪いから色、変えんなっ。

げげえ。俺はのけぞった。

偽フェンリル少女が全身、頭の上の耳の先からつま先まで、洋服ごと全身、さーっと色を変えたのだ。ぷるぷるした透明感ある鼻くそ色。

「やめろ!鼻くそ」

「ヴィオレッタでしーっ」

少女は上半身だけ紫になった。キモイ。

「わかったから、戻れ。ヴィオ」

しぶしぶ呼ぶと、すまし顔でヴィオは普通の色分けの犬耳少女に戻った。


そんなこんなで大騒ぎしながら皆で森を抜けると、崖に突き当たり、その下に石造りの大きめの小屋があった。頑丈そうではあるが、土砂崩れでもあったらちょうど埋まりそうな位置だ。山にある避難小屋のようにもみえる。かなり高さのある建物で、茶色の三角屋根で煙突がついている。

小屋の前から振り返ると、下の方の木々の間に大きく湖面が広がってきらきら光っているのがみえた。湖面の向こうにも森が広がって、その先の遠くに山の連なりもみえる。どうも、人の住んでいそうな気配、建物とか村とか人工物ははみえなかった。

「じゃ、中に入るっす」

ああ、と俺は横手へ回った。……ない。裏へ回ろうとしたが回れなかった。小屋は若干崖にめりこんでいたのだ。仕方なく戻って、反対側へ回ったが、やはりない。あるべきものがない。ちょっと待て。ドアがないぞ!壁と屋根だけだ。いや、窓はあるが。

ゴロが石壁から一つ石材を抜き出して、穴を作った。……いやな予感。直径五センチくらいの四角い穴……。

「マスタ、お先です」

とゴロがすっと右手を挙げ、そのまま穴にその手をあてて、ぐにょーんと柔らかくなって穴に吸い込まれていった。

だからあ!なんでそういきなり液状化すんの?!

皆次々家に入っていく。穴から。体を変形させて。

「マスターも早く入るでし」

「入れるかあ!!」

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