5 ヘンシーン

「おまえらさ、なんで俺がマスターだと思ってるわけ?」

「そこを間違えるス……、フェンリルはいないでし」

「マスターが力をくれてるから、俺らマスターを召喚できたんすよ。現に今だって、マスター、俺らに力をくれてる」

いや、そんな覚えはみじんもない。みじんもないが、何かやったものなら返してもらいたい。思っていると、フェンリル(偽)が首を振った。

「いや、二号、マスターは力をくれてるわけではないんでし。有り余ってる力がダダ漏れしてるだけでし」

「や、分かってっけどよう、あねご。デリカシーねえよ。マスターにそんな寝しょんべん垂れみてえな言い方……」

おお、なんだかわからんうちにディスられていたらしい。このキツネもどきは気配りのできる子のようだ。しかし、こいつが二号とすると、このあねごと呼ばれたフェンリル(偽)が一号なのか?それとも別にいるのか……。

「ほ、褒めてるんでし。もう近くにいるだけで力が満タンになってきたでし。マスターがダダ漏れしててよかったでし」

おまえ、もうしゃべるな……。


「でもさ、俺がマスターっていうんなら、そのう……、正体?を教えておいてくれてもいいんじゃね?」

いや、ちっと怖いけどな。すると、

「マスター、せっかく化けているのに、そういうの、知りたがるのはマナー違反す」

いや、化けてるって言ってるよね。やっぱり化けてるんだよね、なにかが。なんなの?なんでそんなに隠すわけ?怖いんだけど。

「んでは、そろそろ、変身するでし」

すくっとフェンリル(偽)は立ち上がって、ぶるりと身を震わせた。

こらこら、化けの皮の上乗せすんな。

しかし、俺の制止もむなしくはりきって、

「へんしーんっ!」

化けフェンリルは叫ぶと、一旦身を屈めて勢いをつけて、宙に飛んだ。くるっとまわると姿が消え、代わりにでかい銀の玉が現れた。乗って体幹鍛えるなんとかボールみたいなやつだ。その玉が落ちてきてポヨーンと一度跳ねると、空中で女の子に変わり、その子が両手を上に伸ばし、ポーズを決めてすたっと着地した。

うす紫のちょっと目じりの上がり気味のつぶらな瞳がこちらを見た。耳がついてその真ん中に皿がついている。犬耳は、いや自称によればフェンリルの耳なのか、ふさふさしているが、どことなく普通の毛ではない。なんかぬいぐるみ的なバチモン感が漂う。耳と同じ白銀の直毛は色はともかく、普通に髪の毛っぽい。前髪がちょっと跳ねて、後ろはたっぷりと量が多く長くて、ほとんど膝下まで垂れている。

短い黄色いマントをつけて、濃いグレーのレオタードというのか、スクール水着みたいだが半そでなのを着こんてベルトを締めて、短靴を履いていた。そうだな、こういうの、子供の頃、遊園地とかでみた。戦隊組んで悪と闘ってたなあ……。

背は俺の腹くらいまでしかなく、年は十歳くらいにみえる。子供らしく、ちょっと丸みのある体つきで頭がでかめ。後ろにふさふさした白銀の尻尾が生えていて、左右に揺れている。鼻筋が通っていて色白の、きれいでかわいい子だ。それだけに、なんて残念……、いや不毛なんだ……。頭の上の皿、もういらないだろ、とれよ……。


「さ、みんなもいつもの姿になるでし」

無駄にかわいいフェンリル(偽)少女が促すと、獣たちが次々に一回空中で、それぞれキツネは金色、子熊は灰色のボールになってから人間ぽくなった。人型になっても、それぞれ耳と尻尾はついているので、普通にファンタジー世界の獣人という感じで、すてきだ。もう一度いうが、皿さえ、なければ、な。


おっさんギツネは少年の姿だった。眉がきりりと凛々しく、大きめの口をへの字に結んでいる。黄色の目で、大きい三角のキツネ耳が生えた頭は金茶っぽい髪の毛を短くカットし、先をツンツン立てている。背後に黄色くて先っぽだけ白い巨大な尻尾が見え隠れしているが、非常につややかである。その服装は、なぜか上はランニングシャツ、下はステテコにラクダ色の腹巻きして、草履履きである。さらに唐草模様の緑の風呂敷を細長く巻いたものを斜めにかけ、白い紐で首からお守りを下げている。うん、日本文化の影響を受けていることはわかった。でも、何がどうしてそういう選択をしてしまったのか?


灰色子熊はずんぐりむっくりの太短い感じの男の子になった。バイキングのようにみえる。斧を担ぎ、西洋風の銀の鎖帷子を下に着こみ、その上にチョッキのように袖なしの、膝が隠れるほど裾の長い長衣を着て皮帯を締めている。長衣は草で染めたような薄茶色で複雑な模様な縁飾りが襟にも裾にもついている。腕はがっちり太く、両手に鈍く銀に光る手甲をつけている。脚にも同じ金属製の脛当てをしている。そういう格好なのになぜか布の肩掛けかばんを斜めに下げている。

顔は四角く、目が細くて横線を引いたようにしかみえない。眉毛がつながっていて、困ったように太い縦じわが刻まれているが、穏やかな印象を受ける。灰色の髪は無造作にひっつめて後ろで紐で結んでいて、肩のところにちょろりと垂れている。全体として非常に渋めの趣味で決まっているが、カバンとクマさんの丸い耳、頭の上の皿に違和感がある。


で、この危険はなさそうだが、どこからか勝手にいろいろ取ってきました、みたいなバチモン臭漂う集団を俺はどうするべきなのだろうか。いきなり変なコスプレ会場に来てしまったみたいだ。


バチモン・フェンリル少女が元気にいった。

「じゃ、マスター。まず、名前を決めてほしいでし」

「え、いやだけど」

速攻で本音が出てしまった。だって、名前つけるとか、なんか契約っぽくてろくなことなさそうじゃん。

「マスターに名前をもらうのが決まりなんでし」

「俺ら、マスターに名前もらうからと思って、今まで番号で我慢してたんすよ」

キツネ少年もいう。

「番号?」

「俺は二号って呼ばれてるっす。あねごが一号、こいつが四号」

おまえら、戦隊らしく制服揃えとけよ。ついでに背中に番号振っとけ。

しかし、ともかく、確かに名前がないと不便だ。でも、名前かあ、俺、ネーミングセンス微妙なんだよな……。

「うーん、取りあえず、四号のクマ君は、ゴロウ……、いや、ゴロでどうかな?」

熊五郎から連想しました。そして、ちょっとひねりました。かわいいだろ?

「うれしいす。ゴロって、名乗ります」

あ、ゴロ君、嬉しそう。だが、横からぼそっと偽フェンリル少女がいった。

「じゃ、バイカルはこれから、ゴロでし」

うん、と素直にクマ君はうなずいているが、

え、バイカル?なんですと?

「俺ら、あだ名でも呼び合ってたんす。不便なもんで」

そういうことは早く言え!

「じゃ、ゴロはやめよう。バイカル、うん、バイカル格好いいよ」

慌てていうが、クマ君はきっぱり首をふった。

「いや、マスタの、くれた名前がいいす。自分、これからはゴロって名乗ります」

うわーん、ごめんよう。男気溢れるクマに対する罪悪感、ハンパない。


キツネくんも攻める性格だったようだ。

「俺っちも、マスターの付けてくれる名前がいいっす!どんなに微妙なセンスでも、マスターがくれる名前なら受け止める。それが男ってもんす!!」

微妙なセンスって思ってるなら、どうして俺に頼るわけ?そうやって微妙に心をえぐるの、やめてくれないかな……。キツネなんてコンちゃんくらいしか思いつかない……。俺のエアペットがコンちゃんだったから、コンちゃん二号?

「キツネだからコンちゃんみたいな安直な奴でもいいんす。マスターからもらえるとこが重要なんす!」

すいません。プレッシャーかけながら目キラキラさせるの、やめてもらっていいですか?

「どう呼ばれてたんだ?」

ヒントはないか、と聞いてみる。

「二号以外なら、大体、アニキとかっすね」

くそ、もうちょっと参考になる呼び方されろよ。

「なにか、特技とか?」

ヒントくれ、ヒント。すると、キツネは、ひょいと横を向いて、カーッ、ペッと痰を吐いた。きちゃない。

「これっす」

いや、なにそれ?汚いんだけど。みていると、その飛んだ痰がむずむずと芋虫みたいになって動き出した。げげっ、気持ち悪い。こっち来るな。

「俺、こいつで、索敵したり敵を追跡したりできるんす。シーフってとこっすね」

ほんとにこいつら、何者なんだ……?

だが、とりあえず、カーッ、ペッって痰を吐いたから、

「おまえは、カッペイで」

「おお、カッコいいっす!男らしいっす!」

でかい尻尾をぴんと立てて小躍りしている。そう喜ばれると、我ながら安直な決め方に若干胸が痛むな……。とりあえず、三人片づいたぞ。残るは一人、いや一匹……。


「あたしは、なんでもできるでし。最強でし!」

偽フェンリル少女がようやく自分の番が来たとばかりぶんぶん尻尾を振りながらいってきた。ついでに撫でろとばかり皿付き頭を突き出してくる。

いや、最強すぎて怖いんだよ。寄るな、あっち行け。なにか、適当な名前……。

「あたしは、白銀のヴィオレッタと呼ばれているでし」

「はあ?!」

「白銀のヴィオレッタでし。フェンリルらしくていい名前でし」

「却下」

「なんででし?!」

いやあ、なんかそんな感じじゃないんだよなー。ていうか、おまえ俺に名前考えさせる気ゼロだよな。

「だって、ヴィオレッタなんて、おまえ」

図々しい……。

「ヴィオって呼んでもいいでし」

「いや、呼びたくねえし……」

思わず本音をもらすと、偽フェンリル娘はむむむ、と俺を睨んでくる。しばらく見つめあっていると、突然、偽フェンリルは、あ、と声を上げ、ポンとこぶしを掌にぶつけて、閃いた、といった調子で頷いた。

「語尾でしね。直すでしニャ」

いや、どうでもいいから、そんなとこ……。


揉めているところで、キツネ二号改めカッペイが声を上げた。

「あ、五号が帰ってきたっす」

振り向くと、メイドが出てきた。藪から、俺の好みドストライクのメイドが……。おお、ふりふり付きカチューシャつけてる!テンション上がるうっ。

茶色の髪の毛は短くカットして、ちょっとボーイッシュだ。茶色のどんぐりみたいなつぶらな目が大きくてまつ毛が長く上向きにくるんとカールしている。頬っぺたピンクでつやつや。こげ茶の長めのワンピースとブラウスの襟にはメイドらしくなんの飾りもついていないが、その上にかけた真っ白なエプロンにはふりふりがぐるりととりまいている。飾り気のない白ソックスに、ストラップというのか、一本ベルトみたいなので甲を留める形のこげ茶の靴を履いている。

「ごうちゃん、どこいたんだよ。心配してたんだぜ」

カッペイがいった。

「ご、ごめんですう」

おずおずしちゃって声までかわいい。

「五号!なんで、マスターのそばを離れたんでし」

偽フェンリル娘が咎める。

いや、ちょっと待て。こんな子、俺のそばにいたか?

「マーキングして、すぐ戻れるようにはしてたんですう。でも、ごめんなさいですう。あのう、マスター、ボクもお名前をいただきた……」

わお、ボクッ娘来たー!!

「マスターにマーキング?!生意気でし!!」

しかし、偽フェンリル娘がいきりたっている。

「だってだって……、いきなり、動物型の姿を見られたから恥ずかしくて」

……てことは、こいつは……。

「もしかして、おまえ、あのイノシシもどき……」

いいかけると、メイドは、いやん、と両ほほに手を当てて、恥じらった。げげ、あの俺の腕に鼻を押し付けてた皿付きイノシシがこいつ……。なんてこった。

「五号は五号のままでいいでし!ヒロインはあたしでし!」

 あ、ちょっ、乱暴やめろ……。フェンリル娘がいきなりイノシシメイドのお尻をキック。

ひでえ、と思ったら、いや、こいつ、喜んでる?メイドはなんだか顔を赤くして、はふっとかいっているぞ。

「こらこら、乱暴はやめなさい」

だが、なおもげしげしと容赦なく、そのブーツで倒れこんだメイドを足蹴にするのを放置できない。いかに本人が、あん、とかいって喜んでいそうでも、だ。

「あねごはゴウちゃんにきついから」

カッペイは暢気に呆れたように笑っている。

「マスター、大丈夫っすよ。あいつも男だ。多少どつかれたって平気っすよ」

へ?

「あのメイドが?男?」

「あ、雄っす」

いや、直してほしいの、そこじゃないから……。

「あれ、マスター、大丈夫っすか?どこか痛いんすか?」

いや、大丈夫。盛り上がったテンションが氷点下にまでだだ下がっただけだから、全然平気……。……くそう、もういい、こいつの名前は決まった。

「おまえは、ぼたんだ」

いつか牡丹鍋にしてやる。急転直下のダメージ展開の代償は重いぞ……。

「あ、ありがとうございますう。うれしいですう」

男のくせにぼたんとか言われて喜んでいるぞ。しかし、かわいいな。うん、ぼたんて名前に合っている。いやいや、ちょっと変な方向にいきそうだぞ、俺。

密かに自戒していると、偽フェンリル娘がケッという感じでいった。

「ぼたんなんて生意気でし!弱っちいくせにっ」

「ねえさまぁ」

だからおまえは目をうるうるさせんな!


「それで、あと一人はどこだ?その……三号……になるのかな?」

聞いてみると、

「いないでし。数字つけてるのはあたしたちだけでし。強いでしから」

「ずっとこの姿でいられる奴だけ、何号って呼んでるんすよ」

という。

 「え、だって、一、二、三、四、五……、一人抜けてるだろ」

嫌な予感がしながら、いうと、

「一、二、五、四、三でし」

偽フェンリル娘がすましていった。

「いや、二の次は三!三の次は四でしょ!!」

「ええー?なんかそんな感じしないでし。四とか三の方が五より大きい感じでし。でも、マスターがどうしてもっていうなら、五、三、四でもいいでし……」

……ちょっと、こいつらの言うこと、当てになるの……?

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