第5話 王家の伝承

各地に兵を派遣してから、

王城内の捜索が始まった。

代々の王の手記に残されている、

「大きな騒ぎ」を特定するために。


書斎の机で書類に目を通していると、

扉をノックする音が聞こえてきた

『陛下宜しいでしょうか?』

「うむ、大丈夫だ。入って良いぞ」


入ってきたのは、臨時の宰相代行の

キルシュティン。

「失礼致します。

 陛下、王城の地下

 取水用の部屋の奥の窪みに

 なにやら、石碑があるとの情報が報告されました

 伝承に纏わる事かもしれないので、

確認をお願いしたいのですが可能でしょうか?」


各地に兵を配して王城の捜索を命じてから、8日

これ程までにやきもきした日々ははっきり言って

初めてだった。


それだけにこの報告に少しばかり心が踊る。

「ほう、漸ようやくそれらしいものが出てきたか。

よろしい、確認をしたいのだが

案内を頼めるかな?」

あれから、私も方々を探したがそれらしい

記述の物はなく

仕事が溜まる一方なので

兵に任せることにしたのだった。


「陛下、それから召喚の儀式についてですが

 明日準備が整います。」

「分かった、では私も準備をしておこう」

魔族の王、即ち魔王の大活性を抑えられるのは

この地に誕生する勇者と、召喚で呼び寄せる勇者の二人が揃わなければ大活性の抑制は出来ない。

そして、兵の派遣命令と同時に出した召喚の儀式の

開始準備もようやく、準備が整った。


本当に覚悟を改めねばと固く心に誓う。


執務室を出てキルシュテンを従えて歩いてゆく

廊下には春先の太陽の柔らかな光が差し込み

心地の良い空気で、心が幾分か軽くなる。


王城の廊下はいつもと代わりなく日常が過ぎている

たまにすれちがう、文官や侍女が挨拶をしていく。

それにしても、取水用の部屋に石碑があるとは思いもしなかった。


「そういえば、石碑を見つけた経緯を聞いてなかったな

 良くも、石碑に目が向いたものだな。」

「はぁ、それがですね。

 石碑を見つけたのは調理場就きの侍女でして

 なんでも、夕餉の魚を生簀から出す時に発見したそうで」

「ふむ、なるほど

 よしそうだな。

ではその侍女には褒美をとらせよう」


執務室から出て一階へと降りてきた

やはりと言うか、人が多いな。

王宮就きの人間や出入りの商人か、

私の姿を見つけては立ち止まって頭を下げていく。


まぁ、なんとも律儀なことだ

仕事も忙しかろうに、

それほどまでに私の立場が皆に与える影響が

大きいということか。

廊下を進み調理場に入ると、

シェフ達が忙しなく調理をしている

しかし、私の姿を見つけたシェフ一人が頭を下げると他もそれにならい出した。

「私の事は、気にするな。

調理を続けてもらって構わない。」


頭を下げたいたシェフ達は、自分のしていた仕事へとすぐに戻っていった。

カンカンカンカンと言う、小気味の良い包丁の音は

なんとも軽快で、人を楽しくさせるものがあるな。


調理場を抜けて食品庫に入ると、

色鮮やかな野菜や果物が並んでいる、

香りの強い果物からなのか甘く誘惑的な香りが

食品庫全体に漂っている。


食品庫の奥の扉を開けると

下へと続く階段が現れた。

これが取水室と生簀へと続く道らしく、

サワサワと流れる水の音がここまで聞こえてくる。


コツンコツンコツン、

取水室へと続く階段を下って行く足音が響き渡る

階段も薄暗く、少し怪しい雰囲気が辺りを包んでいる。


「陛下、ここで靴をお脱ぎになられた方が良いかと存じます。」

階段を下り終わると、人が2人ほど並ぶといっぱいといった感じのスペースに降り立った

目の前にはすでに水が流れている。


【クラウン、我は王なりこの部屋を照らせ】

王家の物のみが使える呪文で部屋を明るくする。

取水室と言うわりには、岩をくりぬいて作った部屋のようだ

壁は岩の地肌が剥き出して、

階段との作りの違いで

異空間に来たかのような感覚に陥りそうだ


キルシュティンに言われるがまま、

靴を脱いで水の中を進んでいく

深さはそれほどもなく、ちょうど足首まで浸かるくらいであろうか。

10歩ほど歩いた所で、岩を掘って作られた壁に

小さな窪みがあるのが見えた。


「キルシュ、これが件の物か?」

「はい、陛下。

 こちらが侍女が見つけた石碑にございます。

 しかし、我々にはここに書かれている文字は

読めませんでした。」

どれ、石碑がよく見えるように屈んで

更に明るさを強くする

あぁ、なるほど。これでは他の者は読めぬな

ここに書かれている文字は、

アティス王家のみに伝わる文字

王家以外の者には読めぬはずだ。


苔むした石碑にはこう書かれていた


アティス王国建国以来、

仲の良かった魔族が反乱を起こした

城まであと少し、と言うところで召喚が成功し

勇者が現れた

それと、同時にドラゴンに乗った者が

城へと舞い降りた

ドラゴンで現れた者と召喚で現れた勇者は

魔王を見事眠らせ我が国の一大危機は過ぎ去った。


 後世が為、今ここにこれを記す。

 

第6代 アティア国王 エンシュ・ブム・アティア


ドラゴン、そうかドラゴンか

伝説上の存在だと思っていたが

実在をするのだな。

「キルシュ、今すぐに各地に派遣した兵へ伝令を走らせろ

 勇者はドラゴンによって選ばれると」

「はっ!陛下は如何なさいますか?」

「あとで部屋へ戻る、

少し考えたいこともあるのでここへ残るとする」

すると、やはり怪訝な顔をする物だな。

「なに、ここは王城だ。

 そこまでバカな奴は入口で捕まるさ、

だから心配をするな。」

「畏まりました、お気を付けて」

そう、返事をするとカツカツと足音を響かせて階段を昇っていった。


にしてもだ、なぜ代々の王はこの石碑の事を記述しなかったのであろうか?

まぁ、ここで考えに暮れていても仕方がないかな。


コツ、コツ、コツ、コツ.....。

ん?誰かが降りてくるな、よもやと思ってしまった自分に苦笑する。

まぁ、大丈夫だろう。

宰相の心配癖が移ってしまったかな?

「あ、あのどなたかいるんですか~?」

階段の途中だろうか?姿は見えない。

まぁ、取水室が明るいのは不審だものな

そして、

久方ぶりに普通の砕けた言葉を聞いた気がするな。

「ん、あぁ、すまない少し調査をしていてな

 邪魔ならば退くが?」

階段を下りてきたのは、橙色の髪をした侍女であった

うむ、可愛い者であるな。

女の私がそう思うのだ、間違えないであろう。


「これは、陛下!とんだご無礼を御許しください!

 この身はどうなっても構いません!!!」

私の姿を認めたとたんに、

整った顔が大きく驚きに染まって

すぐさま床へひれ伏してしまった。

やれやれ、王家の身分というのは面倒な物だ本当に


「う、うむ、その大丈夫だぞ?

この位でなにを咎めたりはしない

さぁ顔をあげなさい。」

「し、しかしっ!!」

「大丈夫、他に見ている者も居ない、

 あぁそれから、これはお願いというかなのだが

 私と二人の時は砕けた口調で構わない

 なに、私の周りが少し仰々しすぎて疲れるのだよ」

「あの、えっと....

畏まりま『なに、怒ったりしないから』

 その、分かりま...した」

「うむ、そうだそれで良い。」


緊張で凄くガチガチになっているな、

王と言う身分はこう言うときには

不便以外の何物でもない、どうにかならないものか


「なぁ、そう言えば名前を聞いてなかったと

思うんだが....聞いてもいいか?」

「あ、こ、これは大変失礼を『敬語』....

えっと、名前はイルシュと申します。」

まだ、堅い気がするがしょうがないか。


「イルシュ、か。うむ、良い名だな。」

「あ、ありがとうございます!」

「よし、イルシュ

 君には大事な職に就いて貰うこととしよう。」

「へっ!急にですか!?」

______________2時間後、王城執務室


『コンコン、陛下お戻りですか?』

「開いてるぞ、入りなさい。」

「はっ、失礼します」


執務室へ戻るとキルシュティンがすぐにやって来た

「全国に配備した兵への伝令を走らせました

それから、召喚についてですが

明日の昼より開始を致します」

「そうか、お疲れであった。

 召喚は昼からなのだな、

ではそれまでに準備をしておこう」

「よろしくお願いします」

キルシュティンが部屋から出ていき、

歴代の王達の遺した手記を開く。

召喚の儀でどのような者達が呼び出されるのか

まぁ、特定の事があればなのだが......。

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