第2話 調剤士のお仕事

暫くして、ガルトス兵士長がやってきた

「陛下、お呼びでしょうか?」

「ふむ、もうすでに気付いているとは思うが

 大活性の時が近い様だ。

 そこでなのだが、地方各地に兵を派遣し勇者を探し出すのだ!」


大活性の始まる1年半ほど前からこの大陸のどこかで、勇者が選ばれる

それが、どの様な基準で何でそうなるのかも分かっていない


しかし、勇者の出現には必ずといって良いほど大きな騒ぎがおこる

その「騒ぎ」についてはどの王の伝承にも明確な記載が無いため良く分からないが

後の王へのアドバイスとして、

「魔族の使者が現れたら、各地に兵を派遣するように

 どんな小さな村でも一人は置け!」とだけ書かれている。


果たして、何がおこるのだろうか?






_____王命により兵が派遣されてから一ヶ月。

ラーグス王国南西部、グルアの森。


うららかな日差しの中森へ向かって歩いていく

小鳥のさえずりは心地よく、薬草採取にはもってこいの日和


いつもなら、魔物がちらほら見えても良い頃だけど

今日はまだ見てないなぁ、

まぁ楽なのは確かだけどね!

戦闘すると服汚れるし、武器の手入れも大変だから

それにしても、薬草切れなんて師匠が珍しいね

いつも、「備蓄は何よりも大切だ!」

って言ってるのに。

そんな事を一人考えながら歩く森の中は

本当に心地の良い昼下がりである


辺りキョロキョロと見つつ進むけど

薬草は全然見つからない。

森の中の道沿いだものね、

あらかたほかの人が取ってるか。

でもまぁ、群生地に行けばあるかな?

あそこは他の人が入った事は無いみたいだし

あれが居たらまぁ、近づかないよね普通は。


道の分岐を草が生えつつ人が

あまり通ってなさそうな方向へ進む

歩く道は下草の背が少し高くなって

緩やかな上り勾配へ変わってゆく

少し歩くと背の高い木が減ってきて

辺りが開けて来た。

目の前には大きな岩窟と、その入口に

片目を眠たげにあげてこちらを見ている子が居た


「やぁ、元気にしてたかい?

 まぁここに来る人は居ないだろうけどねぇ~」

独り言のようにゴチると、

踏ん張って居なければ

飛ばされそうな突風が襲ってくる。

「はははは、相変わらずだね

 でも、元気そうで何よりだよ。」

上機嫌だと言わんばかりに吹き出される炎

流石の竜と言うか、警戒心無さすぎだよねこの子は。


滅多に人前に出ず、一般の人たちから見れば伝説に等しい竜

それは、案外近い山中に巣を築いている

そして、誰も近づかないこの奥こそ上質な薬草の産地なのだ。


じゃあ、少しばかりお邪魔するねと

竜の頭を一撫でしてあげると

気持ちよさそうに喉を鳴らして、

尻尾を動かし通る道を開けてくれる。


仄暗い岩屋の奥、それを抜けた先には

明るい広野原が広がっている


ここは、竜の巣の先端

崖になっていて、誰もが近づける場所では無い


だって、入り口に竜がいるし

崖を登って薬草採取なんて、普通にとれるからしないよね。

群生している薬草は、今がちょうど花盛り

そんな光景に目を奪われつつ、ここに来た目的を思い出して

薬草の葉を軽く撫でて、香りを確かめる

鼻をくすぐるツンとして、なのに優しい匂いは

香りだけで気分を朗らかにしてくれる


一つ一つ、葉が傷つかないように慎重に摘んで行く

1本の薬草から取るのは五葉まで。

新芽は残して、成長したものから頂く。


他の採取士さんだと、根っこから取っちゃう人も

居るみたいだけど

「自然に感謝をして、分けて貰うと言うのを忘れるな!

 薬草は自然からの分けて頂いてるもの、

 人が調子に乗って取り尽くして良いものでは無い。」

これは、我が師匠からの教え。

まったくその通りだと、いつも思っている。


あらかたの採取を終えて竜の巣を出る

肝心の竜はお腹を上に向けて気持ちよさげに寝ている

うん、なんだろ?街中の無警戒な猫だね完璧に。


朗らかな足取りで町へと戻る道を歩く

なんだろやっぱ道中まったく襲われなかったし

今日はなんか気味が悪い。

やっぱり、何かあるのかな?


そんな事を考えながら歩いていたらあっという間に

町に着いてしまった。

この数日前に王都から派遣されてきた兵士さんに

挨拶をして町の門をくぐる。


王都から派遣ってのも気になるけどね


『ギィィー』

この錆びつき何時になったら直すのかな?

「おや、エルカ。帰ったかい」

「あ、師匠ただいまです!

今回も上質なのが取れましたよ〜」

「ハッハッ、そうかそうか

さすがは私の一番弟子と言ったところか。」


「おや、これはまた素晴らしい質だね!

どこで摘んできたんだい?」

「ふふふ、それは企業秘密ですよっ」

「いつも見つけて来る薬草や、他の物もだが

どうやったらそんなに良いものばかり集められるのだか?」


まぁ、言えないよね。竜の巣で摘んできましたぁ〜!なんて

信じてもらえるわけがないよね。

だって、竜を知ってるおばあちゃん達は少ないし

普通の人は伝承さえ知ってるかって所だもん。


「さぁてと、ではさっさとポーションを作ってしまうかな

 エルカ、裏からオルンを採ってきてくれ。

 なるべく熟しているものをな。」


エルカが庭へ行くのを見つつポーション作りの準備を始める

ふぅ、さぁ作ってしまおう作業台の下から擂りこ木(すりこぎ)とすり鉢を取り出す

積んできて貰った薬草を、洗って半分に切ってゆく。

下準備はこれで完了か


それにしてもまぁ、それにしてもエルカはよく働く子だね

物覚えも良いし、調剤の腕は確かだ。

これで、治癒魔法が使えたら白衣の天使なんて言われそうだな


『ギィィー』

扉の軋みが来客を告げる。


あぁ、あの扉そろそろ直さないとね

そんなことを思いつつ、やってきたお客を見る


「いらっしゃい!

 ここは薬屋だよ?なんの用だい?」


「なぁ、ナティル。よそよそしいじゃないですか。

 昔一緒に旅した仲間ですよ?仮にも」

「いや~、すまんすまん。

 少し考え事をしていてね、所で何をご所望かな?」


来た客は、昔一緒にPTを組んで冒険をした仲間だった


「ん、あぁ。今日はだな、薬を求めて来たわけじゃないんだ。」

「ほぅ、するとどういう用なんだい?」

「率直に言おう、PTへ戻ってこないか?」

「なぁ、ルクス。

 私はもうあの頃とは違うのよ?こう言う店だって構えて

 今や、優秀な弟子だっている。

 それを放って、冒険者へ戻るなんて出来ない。」


確かに、一緒に旅したときは楽しかった。

幾多の波乱を潜り抜けて、強敵を倒したときはそれはそれは嬉かった

だか、今は昔と違う、そう簡単に戻れる訳にも行かない。


「師匠、オルン採って来ましたよ、

 あ、お客さんですか、いらっしゃいませ!」


やれやれ、エルカのおかげで助かったな。


「ナティル、また来るよ

 もう一度考えておいてくれ。」

「分かった、気を付けてな。」


『ギィィー』


「ありがとうございましたぁ~」


ふぅ、ようやく帰ったか

「あの?師匠、今の人誰ですか?」

「ん、あぁルクスのことか

 彼はな、ルクス・オリートと言ってな。

 まだ、冒険者だった頃に一緒に旅をした仲間だ。」

「へぇ~、そうなんですね!」


そっかぁ、師匠の冒険者仲間か

師匠の調剤は凄いし、治癒魔法も相当だから

凄腕のヒーラーだったんだろうなぁ~

「師匠は相当凄腕のヒーラーだったんでしょうね!

 私も現役時代を見てみたかったです!」

「ん.......?なぁ、エルカ今なんていった?」

「現役時代を見てみたかったです!ですか?」

「いや、その前だ。」

「相当凄腕のヒーラーだったんでしょうね!ですか?」

「ふむ、あのなエルカ。

 残念ながら私はヒーラーではなく、魔法士だったんだ。」


エルカよ、驚き戸惑いすぎて

口が開きっぱなしになっているぞ?

やれやれ、まったく面白い顔をするじゃないか。


「この薬学の知恵や、治癒魔法は<備え>の為だ

 本職は攻撃魔法が中心だな。」

「え、えっと

 あ!なるほど!いつも、師匠が言っている先を見越してってことですね!」

「あぁ、そう言うことだな。」


師匠がヒーラーじゃないとか、魔法士だったとか

師匠の腕前じゃとんでもないヒーラーとばかり思ったけど

魔法士だったなんて。。。


「よし、さぁエルカよ。

 ポーションを作ってしまうぞ、薬草の鮮度が落ちる前に片付けてしまおう」

「あ、はい師匠!」


_____________2時間後


「よし、これで最後だ。

 お疲れさまエルカ!」

「はい、師匠!

 お疲れさまでした。特上ポーションも出来て良かったです!」


作業台の上には今しがた作り終えたばかりの

翡翠色のポーションと琥珀色のポーションを入れたビンが

夕陽を受けてキラキラと輝いている。


「では、夕食の準備をしてきますね」


エルカが階段を上っていく音を聞きつつ

店のなかを見渡す、冒険者をやめてから築いたこの店も

だいぶ風格が出てきたというものだ


窓から差し込む夕陽の光はだんだんと細くなって

暮れ方の気配を隠していく。

不意に鼻孔に触れる薫りにつれられて階段を上がると夕食ができていた。


「ほぅ、今日の夕食はマゴタのスープかそれにラスゥーイを用意するとはっ!

 エルカさすがだなっ!お前が弟子で本当に良かった!」

テーブルに並んだビックドゥーのスープとラスゥーは

オレンジ色の蝋燭の光で優しく包まれている


「時に、エルカ。」

「はい?どうしたんですか?師匠」

「うむ、例えばの話なんだが。

 もし私が冒険者へ戻ると言ったらお前はどうする?」

「師匠が冒険者に、ですか。

 んー、あまりピンと来ませんけど出来ることなら

 私もお供したいです!私は師匠からもっと色んな事を教わりたいですから!」

「そうか。」


エルカ、やはり可愛い我が弟子だな。

そんなことを言われたら、ますます離れられなくなる。

頬から伝って落ちた雫はスープに落ちて

なぜだかいつもより、スープが濃いような気がした。


「急にそんなことを話すなんて、師匠らしくないです

 何かあったんですか?」

「いや、何でもない気にするな。」


とりあえずはこのまま店を続けよう

エルカの言葉を聞いて、そう決心がついた。

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