意外と知られていない毒草たち

亡霊葬稿ゴーストライターシュネヴィ』作中でも触れましたが、トリカブトは強い毒性を持っています。主成分となるアコニチンには嘔吐や痙攣けいれん不整脈ふせいみゃくなどを引き起こす作用があり、死亡例も少なくありません。


 強力な上、野山に自生するトリカブトは、多くの推理小説は勿論もちろん、現実の犯罪にも利用されてきました。また古くはヤドクガエルの持つバトラコトキシンのように毒矢の原料とし、狩猟や戦いに使うこともあったそうです。


 本来なら絶対に食べようとは思いませんが、自らトリカブトを口にし、病院に運ばれる患者も少なくないと言います。

 無論、好き好んで猛毒をきょうしたわけではありません。被害者は皆、恐ろしいトリカブトを、ヨモギやゲンノショウコと言った食用になる植物と間違えてしまったそうです。事実、これらの葉はトリカブトに酷似しており、素人目には同じ植物にしか思えません。


 トリカブトほど有名ではありませんが、野山には毒を持つ草花が多数存在します。今回はそんな毒草の中でも、特に身近な植物を紹介したいと思います。


 夏の観察日記でお馴染みのアサガオは、種にファルビチンと言う成分を含んでいます。ファルビチンには下痢や腹痛を引き起こす作用があり、しかも数粒食べただけで効果を発揮するそうです。反面、漢方の世界では牽牛子けんごしと呼ばれ、下剤として用いられています。

 ちなみに冒頭で紹介したトリカブトも、漢方の世界では生薬しょうやくとして用いられています。詳しくは『ショックな生薬しょうやく!』をご覧下さい。


 夏の風物詩であるアサガオに毒があるなら、秋の代名詞であるイチョウにも気を付けなければいけません。問題となるのはアサガオ同様、種子である銀杏ぎんなんです。


 銀杏ぎんなんにはメチルピリドキシンと言う成分が含まれており、食べすぎると嘔吐や痙攣けいれんを起こす可能性があります。重症化すると呼吸困難や意識の混濁を起こすこともあり、死亡例も存在します。戦後の食べ物がなかった時代は、銀杏ぎんなんで腹を満たそうとした人々が多く被害に遭ったそうです。


 とは言え、大人は肝臓にメチルピリドキシンを分解する酵素を持つため、よほど大量に銀杏ぎんなんを食べない限り病院に運ばれることはありません。

 反面、まだ肝臓の能力が低い子供の場合、数粒で症状を起こすことがあると言います。先ほど紹介した死亡例も、被害に遭ったのは幼い子供たちです。銀杏ぎんなんと言えば日本を代表する秋の味覚ですが、子供に食べさせるのは避けたほうがいいかも知れません。


 イチョウと同じく秋の訪れを告げるヒガンバナも、リコリン、ガランタミンと言った複数の有毒成分を含んでいます。

 球根に多く含まれるこれらの成分は、嘔吐や下痢、酷い時には中枢神経の麻痺を引き起こすと言います。本来、食用の植物ではないのですが、飢饉ききんの際には飢えをしのぐために口にする人が続出したそうです。一方で有毒なヒガンバナには虫や動物を遠ざける力があり、田畑を守るために利用されてきました。


 ヒガンバナ同様、リコリンを含む植物にスイセンがあります。こちらも本来、口にする植物ではないのですが、葉をニラと間違ってってしまうことがあるそうです。


 可憐な花と言う点で見るなら、スズランにも毒があります。コンバラトキシン、コンバロサイドに代表されるスズランの毒には、嘔吐や眩暈めまいのみならず心不全を招くおそれもあるそうです。


 美しい花を咲かせるシャクナゲも、葉に毒を持っています。

 ロードトキシンと呼ばれるこの成分には、吐き気や下痢、呼吸困難を生じさせる働きがあります。作者的には観賞用と言うイメージが強いのですが、滋養強壮、利尿に効果があるとして茶葉にする方も多いそうです。ちなみに調べた限り、シャクナゲには毒性こそあれ、身体にいいと言う科学的根拠はありません。


 シャクナゲ同様、観賞用として親しまれているホオズキも、根にヒストニンと言う成分を含んでいます。ヒストニンには子宮を緊縮させる働きがあり、古くは堕胎に利用されていました。他方、ホオズキの根を煎じた薬は酸漿根さんしょうこんとも呼ばれ、風邪や冷え性に効果があるとも言われています。


 さて日本にはお盆にホオズキを飾る風習がありますが、同じく仏前に飾られるシキミにも強力な毒があります。問題となる成分はアニサチン、ディオキシァニザニンなどで、嘔吐や下痢、血圧の上昇を引き起こすと言います。重症の場合は意識障害や呼吸困難に陥り、死に至ることもあるそうです。


 恐ろしいことにシキミは樹皮、花、葉など全体に毒性を持っています。

 特に星形の実は多量の毒を含んでおり、植物で唯一劇物指定を受けています。にもかかわらず中華料理の香辛料である八角はっかく(スターアニス)に酷似しているため、口にしてしまう人がいると言います。しかもシキミの実は焼き栗のように香ばしく、食べただけでは毒だと判らないそうです。


 一説には「シキミ」と言う名は、毒性のある実を「しき実」と呼んだことに由来すると言います。イヌやカラスなどの動物も、シキミには近付かないそうです。

 ではなぜそれほど恐ろしい毒草が、仏前に供えられるようになったのでしょうか? その答えはまさに、シキミが毒を持つ植物であるからです。


 少し前まで、日本では死体を土葬するのが一般的でした。そして焼かれることなく埋められる遺体は、野犬やカラスにとって格好の標的でした。せっかく埋めた遺体を掘り起こされ、こともあろうに食い荒らされてしまうことも珍しくなかったそうです。


 墓前に備えられるシキミには、こういった肉食動物を遠ざける役目がありました。ちなみに先述したヒガンバナが墓地に多く植えられているのも、元々は遺体を守るためだったと言います。


 またシキミには独特の芳香があり、死体の放つ悪臭を緩和する役目も持っていました。古くから粉末状にされたシキミの葉は、お香の材料としても用いられています。その上、シキミは長持ちする植物で、頻繁に変えなくていいと言う利点がありました。


 さて悪用されないか心配になってきた今回の箸休め、お楽しみ頂けたでしょうか? 今回は紹介出来ませんでしたが、野山には触るだけで症状の出る植物も多数存在します。ましてや正体不明の植物を口にするなど、絶対にオススメ出来ません。野草を食べていいのは、岡本おかもと信人のぶとさんだけなのです。


 参考資料:野外毒本 被害実例から知る日本の危険生物

        羽根田治著 (株)山と渓谷社刊

      気をつけよう 毒草100種 

        中井将善著 (株)金園社 刊

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