語源百景 身近な単語の創造主

亡霊葬稿ゴーストライターシュネヴィ』作中では、「さまよえる湖ロプノール」が移動する仕組みを解説しました。実のところ、作中で紹介したのは数ある仮説の一つで、本当にロプノールが彷徨さまよっているのかは結論が出ていないそうです。


 堆積物や風によって湖が移動すると唱えたのは、スウェーデンの地理学者スヴェン・ヘディンです。


 ストックホルム出身のヘディンは、ベルリン大学で学ぶ内、中央アジアに興味を持ちます。結果、1893年から1908年の間に三度も中央アジアを探検し、考古学や地理学に多大な貢献を果たしました。特に1900年3月28日、幻の古代都市「楼蘭ろうらん」を発見したことは広く知られています。


 またこの時、ヘディンはロプノールも発見しています。とは言え、当時のロプノールは干上がった状態で、ヘディンが水をたたえた湖を見たのは30年以上ってからのことです。


 一般に中国と西洋を結ぶ交易路は、「シルクロード」と呼ばれます。誰もが知るこの単語を生み出したのは、ベルリン大学でヘディンが師事していたフェルディナント・フォン・リヒトホーフェン教授です。


 リヒトホーフェンは1833年生まれのドイツ人で、地理学者、地質学者として高名な人物です。1860年以降、当時プロイセンと呼ばれていたドイツの東アジア探検隊に加わり、インドや中国の地質学調査を行いました。また幕末と明治の初期に日本を訪問し、滞在記をしたためています。


「シルクロード」とは彼が著書「シナ」で使った言葉で、原文には「seidenstrassenザイデンシュトラーゼン」と記されていました。「seidenstrassenザイデンシュトラーゼン」とは「絹の道」と言う意味で、これを英訳したのが私たちのよく知る「シルクロード」です。


 実際のところ、シルクロードを旅したのは絹だけではありません。

亡霊葬稿ゴーストライターシュネヴィ』で紹介したぎょくの他にも、紙、磁器、香料と言った交易品が砂漠を行き交いました。また仏教に代表される文化や、ウマやネコと言った生き物も、シルクロードを通じて東西に渡りました。


「シルクロード」と言う単語は世間に広く浸透していますが、リヒトホーフェン教授の名前を知る人は多くありません。

 同様に我々が普段使っている言葉には、出所がはっきりしないものが沢山あります。例えば「恐竜」と言う単語は小学生でも知っていますが、誰が作ったのかは大人でも答えられないのではないでしょうか。


 ずばり正解を述べるなら、「恐竜」と言う単語を作ったのはリチャード・オーウェンです。


 オーウェンはイギリスの生物学者で、ロンドンの自然史博物館を創設した人物です。1854年、南ロンドンで公開された恐竜の彫刻は、彼の号令によって作られたものです。当時の研究にもとづいているため、我々の知る恐竜とは大きく掛け離れていますが、実物大の彫刻は当時の人々を熱狂させたと言います。


 英語で「恐竜」を意味する「dinosaurダイナソー」は、オーウェンの作った「dinosauriaダイノサウリア」に由来しています。

 これはギリシア語の「deinosダイノス」と「saurosサウロス」を組み合わせた言葉で、前者は「恐ろしく大きい」、後者は「トカゲ」と言う意味を持ちます。つまり「dinosauriaダイノサウリア」とは「恐ろしく大きいトカゲ」のことで、巨大な爬虫類である恐竜を端的に現した単語になっています。言わずもがな日本語の「恐竜」は、「dinosauriaダイノサウリア」を和訳したものです。


 昨今では大型の種類だけではなく、人間より小さな恐竜も多数発見されています。なかなか個性的な恐竜たちなのですが、別の作品で使っているネタなので今回は紹介しません(笑) 「恐ろしく小さいトカゲ」たちについては、今後をご期待下さい。


 参考資料:さまよえる湖

           スヴェン・ヘディン著 鈴木啓造訳

                  (株)中央公論新社刊

      地球ドラマチック 「イギリス恐竜図鑑

                第1回 〝恐竜〟の誕生」

         2016年4月2日放送 放送局:NHKEテレ

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