ショックな生薬! ①漢方=薬ではない?

亡霊葬稿ゴーストライターシュネヴィ』劇中で語った通り、かつてコショウは生薬しょうやくとして使われていました。

生薬しょうやく」とは自然界に存在する草木や動物の中で、薬として効果を発揮するものを指します。複数の生薬しょうやくを混ぜ、より効果的に働くようにしたものが、皆さんのよく知る漢方薬です。


 一般に「漢方」と言えば、「葛根湯かっこんとう」や「防風通聖散ぼうふうつうしょうさん」などの薬を想像します。しかし実際には日本の伝統的な医療を指す言葉で、鍼灸しんきゅう指圧しあつも「漢方」に含まれると言います。江戸時代、オランダから伝来した西洋医学を「蘭方らんぽう」と名付ける一方で、旧来の医学を「漢方」と呼び始めたのだそうです。


 漢方のベースになった中国の医学は、2000年以上もの歴史を持っていると言います。

 現に前漢ぜんかん(紀元前202年~西暦8年)の時代に記された「黄帝内経こうていだいけい」には、人体の構造や機能、病気の際に起こる変化などがまとめられています。またはり治療に付いてもしたためられており、現在でも東洋医学にたずさわる人々のバイブルになっているそうです。


 後漢ごかん(西暦25年~220年)の時代には、「傷寒論しょうかんろん」と言う名著めいちょが誕生しました。

 ちょう仲景ちゅうけいと言う医師が記したこの書物には、伝染病の診断法や薬物を使った治療法がまとめられています。こちらもまた東洋医学のバイブル的な一冊で、今も多くの人に教えを授けています。何と「傷寒論しょうかんろん」には既に、葛根湯かっこんとうが載っているとか。


 薬物療法のバイブルが「傷寒論しょうかんろん」だとするなら、生薬しょうやくのバイブルは「神農しんのう本草経ほんぞうきょう」です。

 後漢ごかんの時代に記されたとされるこの書物には、既に365種類もの生薬しょうやくが記載されています。生薬しょうやくを主題にした「本草書ほんぞうしょ」と呼ばれる書物の中では、中国最古の一冊だと考えられているそうです。


神農しんのう本草経ほんぞうきょう」の「神農しんのう」とは、中国神話に登場する医療、農耕の神を指します。

炎帝えんてい」とも呼ばれる彼は、牛の頭に人間の身体と言う姿で知られています。東京都とうきょうと文京区ぶんきょうく湯島ゆしま聖堂せいどうには彼をまつびょうがあり、毎年勤労感謝の日には神農祭しんのうさいが行われています。


 中国の伝説によれば、神農しんのうは自ら各地の草木をめ、薬効やっこうや毒性を調べ上げたと言います。自身の身体を使った実験はまさに命懸けで、一日に70種類の毒におかされたこともあったそうです。

 また神農しんのうすきくわなど、農具の開発者としても知られています。同時に彼は商売の神でもあり、人々に市場を開くことや交易を教えたと伝えられています。


 邪教じゃきょうやかたの常連にはお馴染なじみの蚩尤しゆうは、神農しんのうの子孫です。彼もまた牛の頭を持ち、剣や矛など武器の発明者として知られています。どうも神農しんのうの家系は、根っからクリエイター気質なようです。


 あくまで伝説に過ぎませんが、古代の中国は八人の帝王に治められていたと言います。彼等は「三皇さんこう五帝ごてい」と呼ばれ、中国最古の王朝であるおこるまで理想的な政治を行っていたそうです。


 字面じづらからも薄々判りますが、「三皇さんこう五帝ごてい」は三人の「三皇さんこう」と五人の「五帝ごてい」に分けられます。「三皇さんこう」と「五帝ごてい」はどちらも伝説上の人物で、実在した証拠はありません。ただ理想的な君主、聖人としての色合いが濃い後者に対し、前者はより超常的な「神」として描かれています。


 顔ぶれには諸説ありますが、多くの場合、三皇さんこうには神農しんのうが含まれます。後に彼を倒し、人間の時代を切り開いたのが、五帝ごていの筆頭である黄帝こうていです。黄帝こうていはまた先に紹介した「黄帝内経こうていだいけい」を記し、中国医学のいしずえを築いたとも伝えられています。

 神農しんのうを倒したことを恨み、戦いを挑んだ蚩尤しゆうを倒したのも、造魔ぞうまや合体事故でないと作れない彼です。また有名なユンケル「黄帝こうていえきは、彼の名にちなんで名付けられました。


 日本に東洋医学を持ち込んだのは、遣隋使けんずいし遣唐使けんとうしだったと考えられています。大陸から最新の医療を取り入れる動きは、菅原すがわらの道真みちざね公によって遣唐使けんとうしが廃止されるまで続きました。尚、菅原すがわらの道真みちざね公に関しては以前のコラム(『明日自慢出来る(かも知れない)知識』の8話目)で紹介していますので、宜しければご覧下さい。


 とうとの交流が終わると共に、東洋医学は日本独自の発展を遂げていきます。現在でも漢方と中国の伝統医療には微妙な違いがあり、後者は前者より複雑な理論体系を持つと言います。また既存の薬を使う漢方に対し、中国の伝統医療は用途にあった生薬しょうやくを自由に組み合わせるそうです。


 西暦984年に編纂へんさんされた「医心方いしんほう」は、2016年現在、現存する日本最古の医学書として知られています。

 作者は平安時代の医師・丹波たんばの康頼やすよりで、全30巻に渡ってずいとう、朝鮮の医学書をまとめ上げています。掛け値なしに日本の医学の歴史を語る大作で、原本は国宝に指定されているそうです。


 また大陸の古い医学書には、失われてしまった文献が少なくありません。しかしそれらを引用した「医心方いしんほう」に目を通せば、ある程度失われた知識を補完することが出来ます。日本は勿論もちろん、大陸の医学史を語る上でも、康頼やすよりの著書は貴重な資料だと言えます。


 参考資料:徹底図解 東洋医学の仕組み

           兵頭明監修 (株)新星出版社刊

      はじめての漢方医学 漢方治療と漢方薬のはなし

           入江祥史著 (株)創元社刊

      絵でわかる漢方医学

           入江祥史著 (株)講談社刊

      東洋神名事典

           山北篤監修 (株)新紀元社刊

      ユンケル 公式ホームページ

                http://www.yunker.jp/

      史跡湯島聖堂 公益財団法人斯文会ホームページ

                http://www.seido.or.jp/

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