風来のトガリネズミ

亡霊葬稿ゴーストライターシュネヴィ』作中において、〈砂盗さとう〉の一人はモグラ似の怪人に変貌しました。そして彼等の胸に刺さったしおりんだ通り、怪人のモチーフになったのはカワネズミです。


亡霊葬稿ゴーストライターダイホーン』を読んで下さった方にしてみれば、「またネズミかよ!」と思われるかも知れません。しかし弁解させて頂くと、カワネズミはネズミではありません。名前にこそ「ネズミ」と付いていますが、彼等はモグラの仲間です。


 その証拠に彼等は齧歯類げっしるいではなく、トガリネズミもくトガリネズミに分類されています。

 これまた紛らわしいのですが、「トガリネズミもく」はネズミではなく、ハリネズミやモグラに近いグループです。日本にはカワネズミの他に、ホンシュウトガリネズミ、ニホンジネズミなどの固有種が棲息しています。


亡霊葬稿ゴーストライターダイホーン』で少しだけ紹介したトウキョウトガリネズミも、トガリネズミの一種です。頭と身体を足した長さが約5㌢、尾の長さが3㌢程度で、最も小さい哺乳類の一つとして知られています。『亡霊葬稿ゴーストライターダイホーン』で語った通り、彼等はシレンばりに餓死しやすく、30分おきにエサを食べなければいけないそうです。


 またまたややこしい話なのですが、トウキョウトガリネズミは東京には棲息していません。それどころか彼等の棲息地は、本州から遠く離れた北海道です。

 道民の彼等が東京を名乗っている理由には、諸説あります。作者が参考にした資料には、始めてヨーロッパに標本が持ち込まれた際、「EZOエゾ」(北海道)を「EDOエド」と読み間違えたと書いてありました。また他国の地名にうとい海外の人々にとっては、日本=東京だったのかも知れません。


 ちなみに北海道にはトウキョウトガリネズミの他に、エゾトガリネズミと言う種も棲息しています。彼等は頭と胴を足した長さが5㌢から8㌢、尾の長さが4㌢から5㌢と、トウキョウトガリネズミより少し大柄です。体重も2㌘に満たない前者に対し、最大で11㌘にもなるそうです。反面、餓死しやすいことに変わりはなく、頻繁にエサを食べなければなりません。


 さすがにトウキョウトガリネズミほどではありませんが、カワネズミも頭と胴を足した長さが10㌢ほどの小さな哺乳類です。尾の長さは10㌢前後で、体重も最小で20㌘、最大でも60㌘程度にしかなりません。


 長く伸びた鼻や小さな瞳に多少モグラの面影がありますが、外見はほぼネズミと言ってつかえありません。ただし耳は極めて小さく、外側から見て取ることは困難です。体毛は濃い灰色で、季節によって微妙に変化します。四国を除く広い範囲に分布しますが、最近は数を減らしているそうです。


 彼等の最大の特徴は、その名の通り川に棲むことです。あまつさえ彼等は縦横無尽に泳ぎ回り、水中のエキスパートである魚さえ捕まえてしまいます。その上、川の流れに逆らい、上流に向かうことも日常的に行っていると言います。今までさんざん肩すかしを食らわせてきたトガリネズミ一族ですが、いよいよ本気を出して来たようです。


 カワネズミの住処は水の綺麗な渓流で、岸辺の乾いた石の間に巣を作ると言います。巣の材料となるのは枯葉で、群れを作る習性はなく、メスは単独で育児や出産を行います。

 彼等の獲物は魚に水棲昆虫、サワガニと幅広く、時にはカエルやサンショウウオも口にすると言います。カワネズミはその場で獲物を食べるのではなく、一度巣の近くにある貯蔵場所に持ち帰ります。近縁のモグラにも同様の性質があり、獲物のミミズを巣に溜め込んでいるそうです。


 トガリネズミの例に漏れず、カワネズミもまた数時間おきに食事をらなければなりません。特に水中をフィールドにする彼等は、体温を保つために多くのエネルギーを使うと言います。もしもの時に備えてエサを備蓄しておくのは、当然の選択と言えるでしょう。


 更に少しでも狩りの成功率を上げるため、彼等の身体は水中での行動に特化した進化を遂げています。例えば手足の指の間に生えた硬い毛は、水中において水掻きの役割を果たします。また小さな耳は畳むと耳の穴を塞げるようになっており、耳の中に水が入るのを防ぐそうです。長く丈夫な尾も、急流を泳ぐ上で姿勢を安定させる役割を果たしていると考えられています。


 空気を含んだ体毛は気泡を作り、水を弾くと言います。余談ですが、体毛の気泡には水中で光を反射し、カワネズミの全身を銀色に輝かせる性質があります。この点を指し、彼等を銀鼠ぎんねずみと呼ぶこともあると言います。

 

 諸々の工夫がりなす泳ぎはまさに超高速で、目撃したとしても銀色の残像にしか思えないでしょう。現にNHKの「ダーウィンが来た!」では、カワネズミを映すためにハイスピードカメラを用意したと言います。棲息数の少なさもあり、撮影には約7ヶ月もの歳月が掛かったそうです。


 カワネズミの狩りは下流から上流に向かって始まり、上流に達すると今度は下流に下っていきます。移動するルートが決まっていることから、彼等には縄張りと言う概念があるのではないかと考えられています。


 参考資料:トンデモない生き物たち 南極の魚はなぜ凍らないのか!?

                    白石拓著 (株)宝島社刊

      増補改訂 フィールドベスト図鑑Vol.11 日本の哺乳類

               小宮 輝之監修 (株)学研教育出版刊

      ダーウィンが来た! 生きもの新伝説

            第264回「激流に生きる! 謎の水中モグラ」

                2012年3月18日放送 放送局:NHK

      ダーウィンが来た! 生きもの新伝説 公式ホームページ

                    http://www.nhk.or.jp/darwin/ 

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