第31話【YUKI.N>】

 ハードディスクがシーク音を立てながらディスプレイにOSのロゴマークを浮かび……

 浮かび上がってこなかった。

 OSがいつまで経っても起動せず画面は真っ黒のまま。白いカーソルだけが画面左端上で点滅していた。

 はるか昔、パソコンにグラフィックインターフェースが採用される前、パソコンはコマンド入力で動かすものだったらしい。前にコンピ研の部長が垂れたウンチクを思い出した。


 音もなく白文字が画面に表示されていく。


 YUKI.N>見えてる?


 見えてはいるがどうすりゃいい? ローマ字入力でいいのか? 『aa』とキーボードを押した。

『ああ』と表示された。


 YUKI.N>そっちの空間とはまだ完全に連結を断たれていない。でも時間の問題。すぐに閉じられる。そうなれば最後。


 カチャカチャとキーボードを叩く。そうそう長く早く打てない。

『どうする?』


 YUKI.N>どうにもならない。こちらの世界の異常な情報噴出は完全に消えた。情報統合思念体は失望している。これで——


 どこまで行っても任務に忠実だな。今でも大層なものなんだからこれ以上進化しなくてもいいのにな。しかしこの情報統合思念体とやらの脳天気さはなんだろうな。〝進化〟〝進化〟と。


 YUKI.N>あなたに賭ける。


『なにを?』


 YUKI.N>もう一度こちらに回帰することを我々は望んでいる。涼宮ハルヒは重要な観察対象。もう二度と宇宙に生まれないかもしれない貴重な存在。わたしという個体もあなたには戻ってきて欲しいと感じている。


 文字が薄れてきた。

 ハルヒが世界を造り替えてもまるで自分たちには影響など微塵も及ばないという傲慢というか悠長さではないか。それより俺はお前がこの後どうなってしまうのかが気になるが。


 YUKI.N>また図書館に

 ディスプレイが暗転しようとしていた。

 YUKI.N> sleeping beauty


 カカカ……ハードディスクが回り出しアクセスランプが明滅、ディスプレイ上にすっかり見慣れてしまった旧型OSのデスクトップ表示。冷却ファンの音だけがこの世界の音の全て。


 部室の中にサーッと青い光が差し込んできた。


 中庭に直立する光の巨人。間近で見るとそれはほとんど青い壁だった。


「やっとお出ましか」

 なぜだか声に出して言っていた。

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