第30話【侵入不可】
ようやく来たか。
小さな赤い光の玉。最初ピンポン球くらいの大きさ、次いで徐々に輪郭を広げた光は蛍のような明滅を繰り返して最終的に人型を取った。人間には見えない。
「古泉か?」一応俺は訊いてみた。
「やあ、どうも」脳天気な声が確かに光の中から聞こえてきた。
「早速戦闘モードのようだがまだ巨人は登場してない。出たら後はよろしく頼む」
「その事なんですが実はこれは異常事態なんです」
「異常? 閉鎖空間なんだから異常空間に決まってる」
「僕たち基準でものを見てください。別にさっそく戦闘モードに突入しているわけじゃありません。古泉一樹の姿で現れることができないんですよ」
「なんでだ?」
「解りません。解るのは普通の閉鎖空間ではない、ということだけです。仲間の力を借りてようやく入り込めました。ただしこんな不完全な形態ですけどね。これもまたいつまで保つか」
「オイ、ちょっと待て。つまり俺とハルヒ以外、人はいないし誰も助けにも来ないってのか?」
「その通りです。遂に我々の恐れていたことが始まってしまいました。涼宮さんは現実世界に愛想を尽かし新しい世界の創造を始めたようです」
「本人には創造しているつもりなど無さそうだがな」
「ええ意識して別の世界が造れるならとっくに我々の世界など無きものになっていたでしょう。僕らの上の方は恐慌状態で神を失ったらこちらの世界がどうなるか誰にも解りません。涼宮さんが慈悲深ければこのまま何もなく存続する可能性もありますが、次の瞬間に無に帰することもあり得ます」
「じゃあ俺がいるこっちの世界はこの後どうなるってんだ?」
「さあて」
赤い光が炎のようにふらふらと、
「ともかく涼宮さんとあなたはこちらの世界から完全に消えています。そこはただの閉鎖空間じゃない。涼宮さんが構築した新しい時空なんです。もしかしたら今までの閉鎖空間もその予行演習だったのかも」
「俺が消えた? 冗談じゃないぜ」
「冗談など言いません。あなたは消えてます大マジです。そちらの世界は今までの世界より涼宮さんの望むものに近づくでしょう。彼女が何を望んでいるかまでは知りようがありませんが」
「無責任すぎるぞ」
「すみません。責任を背負えなくて。誰か背負える者がいるとするならあなた以外は無いのだと思いますが」
「なんで俺だ?」
「お解りになりませんか? あなたは涼宮さんに選ばれたんですよ。こちらの世界から唯一、涼宮さんが共にいたいと思ったのがあなたです。とっくに気付いていたと思いましたが」
古泉の光は今や電池切れ間近の懐中電灯並に光度が落ちていた。
「そろそろ限界のようです。僕らは選ばれそうにありませんから、このままいくとあなた方とはお別れです。もう〝神人狩り〟をやらずに済むという点ではホッともしてますが」
「いったい俺は何をすればいいってんだ? 余計なお喋りはいい。肝心なことを言え」
「僕には解りません。ただあなたは選ばれた身です。あなたはさほど心配する必要はないのかもしれない。そっちが閉ざされた空間なのは今だけでそのうち見慣れた世界になると思いますよ。まったく同じというわけにはいかないでしょうがね。今やそちらが真実で、こっちが閉鎖空間かもしれない。どう違ってしまったのか観測できないのは残念です。まあそっちに僕が生まれるようなことがあれば、よろしくしてやってください」
古泉はもとのピンポン球に戻りつつあった。人間の形が崩れ、燃え尽きた恒星のように収縮していく。
「もしもだ、ハルヒに『元の世界に戻りたい』と思わせることができたら戻れるのか?」
「涼宮さんが望めば、あるいは。望み薄ですがね。僕としましては、あなたや涼宮さんともう少しだけ付き合ってみたかったので惜しむ気分でもあります。SOS団での活動はけっこう楽しかったですよ。ああ、そうだ、伝言があります。朝比奈みくるからは謝っておいて欲しいと言われました。『ごめんなさい、わたしのせいです』と。長門有希は、『パソコンの電源を入れるように』。では」
赤い光は完全に消えた。
俺はパソコンの電源を入れた。
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