第29話【ふたりで閉じ込められて】

 雰囲気が悪くなっちゃったな。

 その悪くした原因が俺ではないかと思えるのがまた嫌だ。

 俺は俺の部屋で俺自身に自問自答する。

 いったいどこから間違えた?

 朝倉のマンションにいっしょに行くところまでは良かったはずだ。


 その帰り、意を決し思いの丈を独白してくれたハルヒに何か気の利いたことを言ってやれなかった。

 言えるかよ、そんなこと。


 扇いでやれば良かったのか——


 雰囲気が悪くなったのにも関わらず消滅することもなく続いていく謎のモラトリアム、それがSOS団活動の今。なぜ続いていくのかという理由の一つが他の連中が律儀に部室にやって来るからというもの。来る理由は連中の〝特殊任務〟のため。

 連中から見てハルヒは観察対象であり監視対象だ。別に心底ハルヒと仲が良くてこの場にいるわけでもない。そういうのって薄々でも気付かれるんだろうか。だからせめて俺だけでもというのはとんだ思い上がりもいいところだ、という自覚くらいはある。

 だが一方で俺だって割り切ってはいないのだ。他の連中に対しては。

 俺が連中に大して腹が立ちもしないのはハルヒが連中を連れてきたのであって連中の方からハルヒに近づいてきたわけではないというこの絶妙なバランスの一点に尽きる。


 解らないのはハルヒだ。

 SOS団の雰囲気が微妙に悪いのは他ならぬハルヒのせいなのだが、当のハルヒはつまらなさそうにしながら投げ出す様子がない。SOS団が解散も活動停止も休眠もなく続いているもう一つの理由は、ハルヒが止めようとしないから。


 SOS団というこの謎の団が、互いの秘密主義を排し腹の探り合いを越えそれぞれがそれぞれにとってかけがえのない存在になれるかどうかかなり微妙である。

 俺がこの微妙に空気の悪いこの団に今もって足繁く通っているのはこの団の行く末を見届けたいというただそれだけのような気がする。

 物事には終わりがある。

 俺はこの団の行く末の〝末〟はそう遠い未来ではないと思っているのだが。



 その未来が来た暁にはきっとこんな本を貸してもらうこともなくなるだろうと、長門から押しつけられた厚い書物をベッドに寝転がりながら読むことにした。

 俺はいつの間にか意識を失っていた。





「……キョン」


「起きてよ」


「起きなさいっ」


 何で俺がハルヒに起こされなくちゃ……

 俺に意識が戻っていた。あれ、なんでハルヒの顔が目の前に? 俺は上半身を起こす。夢なら起きりゃ終わるだろ。

 だが終わらない。


「やっと起きた」

 ハルヒの口がそう動いた。セーラー服姿。あれ? 俺も制服着てる? なんで?

「ここどこだか解る?」

 知らん。どこだここ? 学校? 俺は校門から靴箱まで続くコンクリート通路の上に寝ていたらしい。

「学校?」

 いや、待て。この空には見覚えがある。空がまるで灰色の平面だ。


 閉鎖空間……


「目が覚めたと思ったら、いつの間にかこんな所にいて、隣でキョン、あなたが寝てた。どういうこと? なんでわたし達学校なんかにいるの?」


 これは閉鎖空間の夢なのか?


 手の甲をつねる。制服の感触、髪の毛を引っ張り二本ばかり抜いたが確かに痛い。

「ハルヒ、ここにいたのは俺たちだけなのか?」

「そうよ。ちゃんと布団で寝ていたはずなのに、なんでこんな所にいるわけ? それに空も変……」

 そうか、このところハルヒがつまらなさそうだったのは見たとおりだったからな。古泉の言うとおりだったというわけか……

「古泉を見なかったか?」

「どうして古泉くん?」

「いや何となくだが……」

 ここはヤツのバトルフィールドじゃなかったのか。

「取り敢えず学校を出よう。どこかで誰かに会うかもしれない」

「なんだかあんまり驚いていないみたい」

「えっ? そう見えるか、そうでもないんだが」

「ふうん」

 取り敢えず〝前に見たことがある〟なんて悟られるのはマズそうだ。

 ハルヒと付かず離れず並んで校門の方へ歩き出す。

 そこでブレーキがかかった。俺の鼻先が見えない壁に押された。ねっとりとした感触。校門の外に透明な壁が立ちはだかっていた。

「……何、これ」と言いながらハルヒもその見えない壁を押していた。


 校門じゃないところはどうなってる?

 少し歩いて塀によじ登り確かめてみる。そこにも見えない壁があった。

「出られないらしい」


「裏門へ回ってみるか」

「それより、どこかと連絡がとれない? あいにく携帯は持ってないし」

 古泉に拠れば閉鎖空間という空間の大きさは様々でより深刻にならなければならない閉鎖空間ほど巨大であるという。

 壁があるってことは大した広さじゃない。

 あとは古泉たちがなんとかするだろう。


 だから職員室の電話がどれも外の世界と通じなかったり、校舎の四階に昇って眼下の街を見下ろしどこにも街灯りが見えなくても不思議と俺は落ち着いていた。

 ただハルヒだけは、

「気味が悪い」

 などと言っていた。

 まさかその気味が悪い世界を造ったのはお前だとハルヒに告げるわけにもいかず俺たちはいつもの文芸部室に辿り着いていた。

 この部屋の蛍光灯もまた点いた。

 電話も通じないのにこの電気はどこから来ているんだろうな?


 ハルヒは飽きもせず窓の前に立ち外を眺め続けている。

「どうなってるの? 何なの? さっぱり解らない。ここはどこで、なぜあたしはこんな場所に来ているの? それに——」

 俺はその間もお茶など自分で勝手に煎れて飲んでなどいるが。

「——どうしてキョンとふたりっきりなの?」

「よく解らん」

 俺のその答えがお気に召さなかったのかハルヒは、

「探検してくる」と言った。

 今までけっこう探検したと思うが、とは言え俺も付き合うべきかと思い、立ち上がりかけると、

「ここにいて、わたしはすぐに戻るから」と言い残しひとりでとっとと行ってしまった。

 どう解釈すればいいだろう?

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