第25話【未来人の証明?】

 その懸案事項は封筒の形をして昨日に引き続き俺の下駄箱に入っていた。下駄箱に手紙を入れるのが最近の流行なのか?

 手紙にはこうあった。

 『昼休み、部室で待ってます  みくる』



 四時限が終わるや俺は弁当も持たずに教室から脱出し部室まで早歩き。

 三分とかからず俺は文芸部室のドアの前に立つ。とりあえずノック。

「あ、はーい」

 確かに朝比奈さんの声だった。間違いはない。朝比奈さんの声を聞き間違えるわけがない。どうやら本物だ。安心して入る。


 中には長門も朝比奈さんもいなかった。一人の女性がそこにいただけだった。白いブラウスと黒のミニタイトスカートをはいている髪の長い人。足下は来客用のスリッパ。

 その人は俺を見ると顔中に喜色を浮かべて駆け寄り、俺の手を取って握りしめた。

「キョンくん……久しぶり」


 微笑みながら俺の手を胸の前で捧げ持っているその女性は二十歳前後のようにしか見えなかった。そしてこう言った。

「朝比奈みくる本人です。ただし、あなたの知ってるわたしより、もっと未来から来ました」

 確かに似ている。だが実は〝実の姉〟だとかそういうセンだってあるだろう。

「あ、信用してないでしょ?」と人の内心を読んだかのように言うと、

「証拠を見せてあげる」

 ブラウスのボタンを外しだした。第二ボタンまで外すと、

「ほら、ここに星形のホクロがあるでしょう?」と訊いた。

 すっごい驚いた。当然だ。そんなトコ見せてくれる女の人は普通いない。自称朝比奈さんも自分で何をしていたのかやっちまった後に気付いたらしく慌てて取り繕っていた。

 その行動の意味は見せられた瞬間は気付かなかったが。すぐに『同一人物である証拠を見せようとした』のだと察した。


「あなたに一つだけ言いたいことがあって、無理を言ってまたこの時間に来させてもらったの。あ、長門さんには席を外してもらいました」

 〝もっと未来から来た〟と自称する朝比奈さんはそう前置きをすると、

「白雪姫って、知ってます?」

 目が潤んでいるように見えた。

「そりゃ一応は……」

「これからあなたが何か困った状態に置かれたとき、その言葉を思い出して欲しいんです。白雪姫の物語を」

「この後、俺に何か起こるんですか?」

「——詳しくは言えないけど、その時あなたの側には涼宮さんもいるはずです」

「解ってるなら予め避けるとか、なんとかならないんですか?」

「残念だけどなりません。たぶん涼宮さんはそれを困った状況だとは考えないかもしれません……だけどあなただけじゃなくて、わたし達全員にとってそれは困ることなんです」

「もう少し詳しく……教えてもらうわけにはいかないんでしょうね」

「ごめんなさい。でもヒントだけでもって思って。これがわたしの精一杯」

「それが白雪姫ですか?」

「ええ」

「……覚えておきますよ」


「じゃあもう行きます」と言い、最後にひと言付け加えるように、

「わたしとはあまり仲良くしないで」

 文芸部室のドアが閉まった。


 その直後、今度は長門有希がそのドアから入ってきた。朝倉涼子との戦いの後眼鏡を再生しなかったため眼鏡はかけてない。

「今、朝比奈さんによく似た人とすれ違わなかったか?」

「朝比奈みくるの異時間同位体。朝に会った」

 そう言いながら長門はパイプ椅子に腰掛け、さらに続けた。

「今はもういない。この時空から消えたから」


 長門は冗談なんか言わない。つまり間接的だが、あの朝比奈みくるさんは間違いなく未来人だってことか……



 『〝白雪姫〟ということばを思い出して欲しい』と。

 それともうひとつ、

 『わたしとはあまり仲よくしないで』と。



 大人の朝比奈さんとの奇妙な会話のせいで昼休みの大半は潰れてしまい、なんとか超特急でオカズだけでも食おうと弁当の待ちわびる教室へダッシュしたが、ついに食いっぱぐれることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る