第21話【行き詰まり】
その後、俺たちはひたすらに街をブラついて過ごした。不思議を探すには当然歩き回る他なく——結局普通のカップルがデートをしているようなそういう行動にならざるを得なくなっていた。
携帯電話が鳴った。発信元はハルヒ。
『十二時にいったん集合。さっきの駅前のとこ』
切れた。携帯電話の時刻表示が嫌でも目に入る。
ここから歩いて十二時に着くかよ、と内心で愚痴てみる。歩き回っているんだ。駅のそばに常にいるわけじゃないだろう。
「涼宮さん? 何って?」
「また集まれ、だそうです。急いで戻った方がよさそうですね」
「収穫、あった?」
十分遅れて行くと開口一番そう言った。声に不機嫌な色を感じる。
「何かあった?」立て続けに訊いてきた。
「何も」
「本当に探してたの? ふらふらしていたんじゃないでしょうね? みくるちゃんはどう?」
朝比奈さんもその不機嫌な空気を察知したのかふるふると首を振る。
「そっちは何か見つけたのか?」
ハルヒは沈黙する。その後ろで古泉が清涼感溢れる顔で頭をかき、長門有希さんはぼんやりと突っ立っていた。予想は容易につくが、そんなところだろうなぁ……
「昼ご飯にして、それから午後の部ね」
これを続けても不毛のような気がするが。
ハンバーガーショップで昼飯を食ってる最中にハルヒはまたグループ分けをしようと言いだし、喫茶店で使用した五本の爪楊枝を取り出した。
〝引け〟ということらしい。
無造作に手を一閃させ、まず古泉。
「また無印ですね」
「わたしも」と言って朝比奈さんがつまんだ楊枝を俺に見せた。俺も引く。
「キョンくんは?」朝比奈さんが俺に訊いてきた。
「残念ですが印入りです」と答えた。
「残念……」とハルヒが呟いたような気がしたがよくは聞き取れなかった。それくらい小さな声で何かを言ったようだった。ただ表情だけは見えてるので解る。益々不機嫌な顔でハルヒは長門有希さんにも引くように促した。
クジの結果、今度は俺と長門有希さんの二人とその他三人という組み合わせになった。
「……」
印の付いてない己の爪楊枝を親の仇敵のような目つきで眺め、それから俺とチーズバーガーをちまちま食べている長門有希さんを順番に見て、ハルヒはペリカンみたいな口をした。
美人顔が台無しだ。そういう顔をするくらいならクジ引きなど止めて俺に声を掛けてくれればいいのだ。『いっしょに探したい』と。だがそれを俺などが指摘できない雰囲気がある。
「四時に駅前で落ち合いましょう。今度こそ何かを見つけてきてよね」
シェイクをチュゴゴゴと音を立て飲み干した。
今度は北と南に別れることになり、俺たちは南担当。
そして今、俺は昼下がりの駅前で喧噪の中長門有希さんと並んで立ちつくしているわけだ。
さて、期せずこの組み合わせになった。俺自身未だ頭から信じてるわけじゃないがこう言った。
「長門さん、この前の話だがな」
「なに」
「なんとなく、少しは信じてもいいような気分になってきたよ」
「そう」
「ああ」
「あなたには徹底して欲しいことがある」
俺は身構える。
「わたしの呼称は〝長門〟でいい」
「……そうかい」
いい加減虚無的な行動を続けるのもしんどくなってきた。今朝からどれくらいウォーキングしてきたか解らないくらい歩いている。万歩計を持ってくればよかったぜ。
ともかくもう歩きたくない。俺は長門有希さん……いや、長門でいいって言ったよな——慣れないけど——を図書館へ誘った。
中に入ればどこか座れるとこがあるだろうと思ったのだがあいにくソファは全部塞がっていた。ヒマ人どもめ。他に行くところがないのか。
俺が憮然と館内を見渡していると、長門——、はまるで夢遊病者のようなステップでふらふらと本棚に向かって歩き出した。放っておこう。
どうせ座れないならと俺も館内を見て回る。どれくらい経ったか、
あれ、そう言や長門はどこに行ったろう? と思った。
今度は長門を捜す目的で館内をうろつき回ると、見つけた。
長門は壁際のやたらでかくて分厚い本が立ち並んでいる棚の前でダンベルの代わりになりそうな本を立ち読みしていた。厚物好きだな、ほんと。
立ちっぱなしで疲れないのだろうか? あるいは本当に宇宙人だから疲れ知らずなんだろうか?
しかし俺は座りたい。スポーツ紙を広げてふんぞり返っていたオッサンがソファを離れたのを見つけて、俺は適当に選んだノベルズ本を抱えて空いたスペースに滑り込んだ。
朝から歩き通しで疲れ切っていた。座るなり睡魔が襲ってきていつの間にか気を失っていた。
尻ポケットが振動した。
「おわ?」
飛び起きる。周囲の客が迷惑そうに俺を見て俺はここが図書館であることを思い出した。ヨダレをぬぐいつつ俺は電話を通話状態にした。バイブレータ機能をいかんなく発揮していた携帯電話を耳に当てる。
『何をやってるのよ⁉』
ハルヒだった。金切り声の一歩手前で押さえているが相当に怒気を含んだ声だった。
『時計を見なさい。今何時?』
「すまん、今起きたと——」
とまで言い掛け気付いた。館内は携帯の使用禁止だったっけ。
『まさか寝てたってこと⁉』
寝ぼけ眼で俺は館内の時計を確認した。
やっべ! 四時半を廻ってる。四時集合だったのに。
『とっとと戻って来なさいよ。一分一秒でも早くねっ』
それだけ言われると電話を乱暴に切られた。本格的に怒らせてしまった。とにかく長門を同道し一刻も早く戻らないと。
その長門は簡単に見つかった。最初に見かけた棚の前を動かずに百科事典みたいな本を読みふけっていたからである。
そこからが一苦労だった。床に音を生やしたように動かない長門をその場から移動させるには、カウンターに行って長門の貸し出しカードを作ってその本を借りてやるまでの時間が必要で、その間にもハルヒからはひっきりなしに電話が掛かってきたが図書館内じゃ出られなくても仕方ない。
何だか難しい名前の外国人が著者の哲学書を大切そうに抱える長門を急かして駅前に戻ってきた俺たちを、三人は三者三様の反応で出迎えてくれた。
朝比奈さんは疲れ切った顔でため息混じりに微笑んで、古泉の野郎はオーバーアクションで肩をすくめ、ハルヒはタバスコを一気飲みしたような顔で、
「遅刻、お尻百叩き」と言った。
本当に叩かれそうで怖い。
結局のところ、成果もへったくれもあるはずがなく、いたずらに時間と金を無駄にしただけでこの日の野外活動は終わった。
どういうわけか他三人がこの場を立ち去るまでハルヒは立ち去ろうとせず、最後に俺とハルヒが残された。最初からこうしてりゃ良かったんだ。
だがそのハルヒは俺を睨みつけ、
「今日一日、いったい何をしていたの?」
「さあ、いったい何をしてたんだろうな」
「そんなことじゃダメじゃない!」
本気で怒っているようだった。
「そう言うお前はどうなんだよ。何か面白いものでも発見出来たのか?」
うぐ、と詰まってハルヒは下唇をかんだ。放っとくとそのまま唇を噛みやぶらんばかりに。
「ま、一日やそこらで発見出来るほど、相手も無防備じゃないだろ」
フォローを入れる俺をジロリという感じで見て、ハルヒはつんと横を向いた。
「明後日、学校で。反省会しなきゃね」
きびすを返し、それっきり振り返ることもなくあっという間に人混みに紛れていく。
俺も帰らせてもらおうかと銀行の前まで行けば、自転車が無かった。かわりに『不法駐輪の自転車は撤去しました』と書かれたプレートが近くの電柱にかかっていた。
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