第20話【未来人の事情】
休みの日に朝九時集合だと、ふざけんな。
とか思いながら自転車こぎこぎ駅前に向かっている俺である。
シャッターの閉まった銀行の前に不法駐輪(すまん)して北側の改札出口に俺が到着したのが九時五分前。既に全員が雁首を揃えていた。
「遅い。百叩き」
顔をあわせるやハルヒは言った。
「九時には間に合ってると思うがな」
「遅れなくても一番最後だなんて思わなかった」
「まさか本当に尻を叩くとか言わないよな?」
「まあ、そうよね。実際やったらセクシャルハラスメントだし罰金くらいでいいから」
「部活内部で金銭的やり取りはどうかと思うが」
「じゃあ金銭的じゃなければいいのね?」
「はて、それは?」
「全員にお茶をおごること」
カジュアルな恰好で片手を腰に当てているハルヒは、教室で無表情顔しているときの百倍は取っつきやすい雰囲気だった。うやむやのまま俺はうなづかされてしまい、とりあえず今日の行動予定を決めましょうというハルヒの言葉に従って喫茶店へと向かった。店に入り、注文を取りに来たウェイターにおのおのオーダーする。
ハルヒの提案はこうだった。
これから二手に分かれて市内をうろつく。不思議な現状を発見したら携帯電話で連絡を取り合いつつ状況を継続する。のちに落ち合って反省点と今後に向けての展望を語り合う。
「じゃあクジ引きね」
ハルヒは卓上の容器から爪楊枝を五本取り出し、店から借りたボールペンでそのうちの二本に印をつけて握り込んだ。頭が飛び出た爪楊枝を俺たちに引かせる。俺は印入り。同じく朝比奈さんも印入り。後の三人が無印。
「ふーん、この組み合わせね」
なぜかハルヒは俺と朝比奈さんを交互に眺めて鼻を鳴らし、
「キョン、解ってる? これデートじゃないのよ。真面目にやるのよ。いい?」
そういうことなら、最初から指名で俺とお前が組んでも良かったんだが。
「具体的に何を探せばいいんでしょうか」
脳天気に言ったのは古泉である。ハルヒはアイスコーヒーを口に含み飲み干し、耳にかかる髪を払った後、
「とにかく不可解なもの。疑問に思えること、謎っぽい人間、そうね、時空が歪んでいる場所とか、地球人のふりをしたエイリアンとかを発見できたら上出来」
「なるほど」と古泉。
本気で同意してるのか?
「ようするに宇宙人とか未来人とか超能力者本人や、彼らが地上に残した痕跡などを探せばいいんですね。よく解りました」
古泉の顔は愉快げでありさえした。
「そう。古泉くん。あなた、わたしが見込んだだけのことはある。その通りよ。みんなも彼の物わかりの良さを見習って」
〝みんな〟と口では言うが俺の顔を見て言ったよな。にしてもなんだろうなぁ古泉は。イエスマンなのか。まあ俺も人のことは言えないから口には出さんけどな。
「ではそろそろ出発しましょう」
勘定書を俺に渡してハルヒは颯爽と出口へ歩き始めた。
「やれやれ」
「本当にデートじゃないのよ。遊んでいたらまたコーヒー奢ってもらうからね」と散々に釘を刺された後、ハルヒは古泉と長門有希さんを伴い立ち去って行った。駅を中心にしてハルヒチームは東、俺と朝比奈さんが西を探索することになっていた。
「いいのかなぁ……」朝比奈さんが呟くように言った。
「なに、いいんでしょう。クジ引きはハルヒが言い出したことですから」
「でも具体的に何をすればいいんでしょう?」朝比奈さんが真顔で訊いてきた。
「うーん。まあここに立っててもしょうがないから、どっかブラブラしてましょうか」
俺たちは近くを流れている川の河川敷を意味もなく北上しながら歩いていた。散策にうってつけの川沿いなので、家族連れやカップルとところどころですれ違う。
当たり障りのない会話を重ねどれくらい歩いただろうか。
「キョンくん」
水面を流れる木の葉の数でも数えようかと思っていた俺は、その声で我に返った。朝比奈さんが思い詰めたような表情で俺を見つめている。彼女は決然と、
「お話ししたいことがあります」
子鹿のような瞳に決意が露わに浮かんでいた。
桜の下のベンチに俺たちは並んで座る。しかし朝比奈さんはなかなか話だそうとしなかった。「どこから話せばいいのか」とか「わたし話ヘタだから」とか「信じてもらえないかもしれませんけど」とか、顔を伏せてブツブツ呟いた後、やっと彼女は言葉を句切るようにして話し始めた。
手始めにこう言われた。
「わたしはこの時代の人間ではありません。もっと、未来から来ました」
==(中略)=====(中略)=====(中略)=====(中略)==
詳細は『涼宮ハルヒの憂鬱』(第一巻) P145〜P150参照
==(中略)=====(中略)=====(中略)=====(中略)==
さて、俺は人の話しを一度聞いただけで全部覚えられるほどの人間ではないので、『時間の平面』『時間の振動』『時間の断層』『時間の歪曲』がどうたらとか何の事やら解るはずもない。
だが一つだけ強力に記憶に残っているのは、朝比奈さんが自身のことを『涼宮ハルヒの監視係』だと言ったこと。
そして俺は当然、当然すぎる疑問をぶつけてみた。
「何で俺にそんなことを言うんです?」と訊いた。
「あなたが涼宮さんに選ばれた人だから」
しょうがないからこう言った。
「全部保留でいいですか」と。
「それでいいです。今は。今後もわたしとは普通に接して下さい。お願いします」と言われた。
これは言外に何事もなかったように振る舞って下さい、と言われている。
言われずとも今回も当然、真実かどうか確認できないことをハルヒに吹聴するなどできるわけがない。朝比奈さんが未来人だという物的証拠は何一つ無いのだ。
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