第19話【能動的に】

 翌日の放課後。

 掃除当番だったため、俺が遅れて文芸部室へ行くと、なぜかそこにメイドさんがいた。

 白いエプロンと、裾の広がったフレアスカートとブラウスのツーピース。ストッキングの白さが清楚な雰囲気を抜群に演出していて非常によろしい。頭のてっぺんのレースのカチューシャと、髪を後ろでまとめている頭の幅よりも大きなリボンがこれまた愛らしい。非の打ち所がないメイド少女である。

「どう可愛いでしょ?」

 ハルヒは誇らしげに言うとその場でくるりと一回転してみせた。ハルヒの動きに会わせてスカートがふわりと膨らむ。

 無意識に肯いてしまったことに肯いた後になって気がついた。俺はハルヒに訊いてみた。

「なんでメイドの恰好をしてるんだ?」

「やっぱり萌えと言ったらメイドでしょ」

「すまん、よく意味が解らない」

「これでもわたしはけっこう考えたのよ」

 俺は一生懸命に何かを説明しているハルヒをただ見ていた。やはり無茶苦茶可愛い。

「学校を舞台にした物語にはね、こういう萌えキャラが一人は必ずいるものなの。萌えキャラのあるところに物語が発生するの」

「それは、つまり……自らが率先してやるってことなのか?」

「キョン、まさかわたしが自分で萌えキャラやるってのが可笑しいとか言い出さないよね? わたしは身体を張って物語を作り出そうとしているの!」


 昨日の長門有希さんもかなり変だったが、ハルヒもいよいよおかしくなっていく。

 バニースタイルでのビラ配りには『目立った方がチラシを受け取ってもらえる』という、多少合理的(?)な理由があったが、部室でこんな恰好をして物語が始まるとも思えない。しかし二度も〝どこぞの編集部〟の話しなどして突っ込んでもしょうがない。確かに男目線ではハルヒのメイド姿は可愛いが同性の目線ではどうなんだ?


 俺は傍らの女子に訊いてみた。

 長門有希……さんにはなぜだか訊く気が起こらない。

「朝比奈さん、どう思います?」

「涼宮さん、とっても可愛いと思います」そう言った。

「ありがとね、みくるちゃん」ハルヒは言った。

「本当はさ、この間のバニーみたくみくるちゃんと一緒に着たかったんだけど、衣装代がバカにならなくて、ひとり分がやっとだった。ごめんね」とさらにハルヒは付け加える。

「気にしないでください。わたしは自分の分はそのうち自分で買いますから」と朝比奈さんは不可思議なリアクションで応じていた。


「キョン、頼みがあるんだけど」とハルヒがデジタルカメラを俺に渡した。

「記念にわたしのこと撮ってくれないかな?」

 ハルヒはさっそくポーズを撮り始めた。しょうがない。撮れと言っているのだからと思い、何度も何度もフラッシュをハルヒに浴びせた。

 なに、これはある意味健全なのかもしれない。ブルマ姿やバニー姿を撮ってくれとは言われていないからな。

「目線どうなってる?」

「もうちょっと顎引いた方がいいかしら? もう一枚撮って」

「エプロン握ったから」

「無表情から段階付けて笑顔になってみるからその都度撮ってね」

 撮られている被写体の方がカメラマンに詳細な注文を付け、たちまちのうちに枚数がかさんでいく。

「ちょっと崩してみようかな」、突然ハルヒはそう言うと、メイド服の胸元からリボンを引き抜き、ブラウスのボタンをいきなり第三ボタンまで開けて胸元を露出させた。

「おいちょっと!」「涼宮さん——」と俺と朝比奈さんが同時に懸念の声を上げるが

「いいからいいから」とハルヒに気にする様子がない。

 ハルヒはさらに膝に手をついて前屈みの姿勢を取る。わりと深くなっているハルヒの谷間が胸襟から覗いて、俺は目をそらした。が、そらしていては写真が撮れないので仕方なしに背面の液晶画面を直視する。ハルヒに命じられるままシャッターを切りまくる。今度は胸を強調するポーズを取る。それも撮る。笑顔は全開。本格的に惚れてしまいそうだ。

「わぁ、いいなあ」、朝比奈さんが先に壊れてしまったみたいだ。

「後で衣装貸してあげるから」とハルヒが応じた。

「誰が撮るんだよ?」

「わたしが撮るから」ハルヒは言った。朝比奈さんの時は俺はお呼びでないらしい。


 しかしこんなことしててSOS団の目的とやらは達成できるのか?


「有希ちゃん、眼鏡貸して」

 ゆっくりと本から顔を上げた長門さんは、ゆっくりと眼鏡を外すとハルヒに手渡し、ゆっくりと読書に戻った。読めるのか?

 ハルヒは受け取った眼鏡を自分でかけて、

「ちょっとずらしてかけてみたけど、こんな感じがいいんじゃないかって思って」と同意を俺に求めた。たしかに眼鏡は鼻先に引っ掛かってるという感じだった。

「眼鏡っ娘のわたしも撮って。じゃんじゃんとね」とさらにシャッターを切ることを求められた。

「これから部室にいるときはこの恰好でいようかしら」、ハルヒがよく解らないことを言い始めた。

「うわ、何ですかこれ?」

 写真を撮って撮られている俺とハルヒに声をかけたのは、入り口付近で鞄片手に立ちつくしている古泉一樹だった。俺たちを興味深そうに眺めてから、

「なんの催しですか?」と訊く。

「もうそろそろいいだろ、かなり撮ったぞ」俺は言った。

「お気になさらず、どうぞ続きを」と、古泉。

 違うって、絶対なにかいかがわしいことをしてたって思ってるだろ。

「まあいいか。写真もいっぱい撮ってもらったし」とハルヒが言い、自分の顔から眼鏡を抜き取ると長門有希さんに返した。

 無言で受け取って何をコメントすることもなくかけ直す長門さん。昨日あんだけ長広舌をふるったのが嘘のようだ。嘘だったんだろうか。それか壮大な冗談だったとか。


「メンバーも揃ったし、ではこれより第一回SOS団全体ミーティングを開始します!」とハルヒが宣言した。

 メイド服着てる人が仕切るってのもアレなんだけどな。

「今までわたし達は色々やってきました。ビラも配ったし、ホームページも作った。校内におけるSOS団の知名度はウナギが滝を登っちゃうくらいです。第一段階は大成功だと言ってもいいでしょう」

 本人がそう思っていればそれでいい、と俺は思った。

「しかしながら、わたし達の団のメールアドレスには不思議な出来事を訴えるメールが一通も来ないし、またこの部室に奇怪な悩みを相談しに来る生徒も一人もいません」

 まあ……ある意味当たり前だろうな。

「果報は寝て待てって昔の人は言いました。でももうそんな時代じゃないかもしれない。地面を掘り起こしてでも果報を探し出さないと見つからない。だから、こっちから探しに行きましょう!」

「〝果報〟ってのは不思議なことのことか?」

「その通りっ! さすがはキョンね。この世の不思議を絶対に見つけてみせる。不思議な事って遥か遠くには無くて日常の片隅に転がっているってわたしは思う。市内をくまなく探索したら一つくらいは謎のような現象が転がっているに違いないって確信してるの!」

 さらにその不思議の具体性について訊いてもよかったが、これ以上は茶々にしかならないと考え、もう俺も何か言うのを止めた。

「次の土曜日! つまり明日! 朝九時に北口駅前に集合ね! 遅れないように。来なかった人はお尻百叩きの刑だから」

 お尻百叩きって。


 ところでハルヒ自身のメイドコスプレ写真をハルヒがどうするつもりだったのかと言うと、デジカメから吸い出した画像データを俺が適当に作ったホームページに載せるつもりだったらしいことが判明した。

 俺が気付いたときには、ハルヒのメイド画像が一ダースばかりトップページにずらりと並び、訪問者を迎える準備万端、まさにファイルが電脳空間にアップロードされる寸前だった。

 まったく伸びないアクセス数もこうすればあっという間に万単位で回るんだという。

 止めさせた。

 自分がメイド服で悩殺ポーズを取っているようなあられもない画像が全世界に発信されるなんてことになれば、今は良くても後々必ず後悔するに相違ない。

 珍しく熱心に説教する俺をハルヒはじとっとした目でみやっていたが、ネットに個人を特定出来るような情報を流すことの危険性を解説する俺の言葉を理解してくれたのか、最後には、

「解ったわよ」と言ってくれた。

「その代わりこれ絶対に消さないからね」と付け加えた。

 俺はこの旧型OS搭載のパソコンの中にも置いておくべきではないと釘を刺し、ハルヒの家から2.5インチの外付けハードディスクを持って来ることで話を決着させた。必要な時のみ電源を入れればいいだろう。これごと持ち去られたら論外だが。

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