第17話【宇宙人・未来人・超能力者と遊ぼう!】

 放課後、俺とハルヒが九組へと直行すると、その転校生は教室の中ではなく教室の外、廊下の壁にもたれかかっていた。

「待っててくれたんだ」、ハルヒが言った。

「ええ——」、とその転校生が何かを言い掛けているうちに、

「あなた、SOS団に入りませんか?」

 ハルヒが要件をズバリ過ぎるほどの勢いで言い切っていた。

 オイ、名前も聞いてないんだぞ。

「ああ、ごめんごめん」とハルヒが言い、

「わたしは涼宮ハルヒ、SOS団で団長をやってるの。こっちは〝キョン〟ね。もちろんあだ名だけどそれで通っているから。この団に、ううん、わたしにとって無くてはならない協力者なの」

 無くてはならないはいいとして、〝キョン〟はねえだろ。初対面の人間にそんな呼ばれた方されるのは微妙だ。今だって谷口にそう呼ばれるのに違和感があるんだ。

「古泉一樹です」

 転校生はそう言った。

「じゃあ古泉くんでいいわよね?」

 う〜ん、〝くん付け〟と〝あだ名〟ではどちらの呼ばれ方が格上だろうか?

「構いませんが、その前に」

「前に?」

「団と言うからには団員の方々がいるのですよね?」

「そうです」

「では部室まで案内して頂けませんか? 自己紹介はその方々の前でもする必要があるでしょうから」

「そうね。そうよ古泉くん」、ハルヒは上機嫌で言った。


 こんな事があるんだろうか?

 正式に同好会として学校に申請するには頭数五人を確保する必要がある。その五人目をハルヒは適当に連れてくるのではなく〝転校生であること〟に執拗にこだわった。

 ハルヒじゃないが五月にそれも高一の五月に転校してくる者はめったにいない。来そうもない入部資格者を待っていたのがハルヒなのだ。

 それが現実に来てしまった。なんとも不可思議なことがあるもんじゃないか。



 俺たち三人は文芸部室までやって来た。

 ドアを開ければそこには長門有希さんとバニー騒動を克服し現場(SOS団)に復帰した朝比奈さん。それぞれ適当な場所でパイプ椅子を開き腰掛けていた。一時どうなることかと思ったが今はまたSOS団の出席率は妙に良い。

「はい、みんな注目ね」ハルヒが言う。

「——一年九組にやってきた即戦力の転校生、その名も——、じゃ、後はお願いね」

 ハルヒの後を引き継ぎ、

「古泉一樹です。……よろしく」と古泉は言った。

「あの……こちらこそ」、と言ったのは朝比奈さん。長門有希さんは顔の角度だけを変え、ただじっと古泉を見ている。

 実にビミョーな空気だ。

「入るのは別にいいんですが——」

 えっ、今なんつった? 入るって? じゃあこれで規定の五人をクリアなのか?

「——何をするクラブなんですか?」

 俺もよく解らん。シリアルナンバー入りのチラシには『不思議な情報募集中』と書いてあったが誰も何も持ってきそうもない今、やることが無いだろう。

 しかしハルヒには動じた様子はまるで無く、微笑みも絶やさず口を開き始める。

「わたし達SOS団の活動内容、それは——」

 ここですうっと息を吸い込み溜めを作ったあと、

「宇宙人や未来人や超能力者を探し出して一緒に遊ぶこと!」と言った。


 俺はハルヒの身内ではない。身内ではないが居たたまれなくなった。どうか今のは忘れてくれと、この転校生に対し取り繕いたくなる衝動に駆られた。しかし動くことができなくなっている。

 それは元々この部室にいた他二名も同じで、朝比奈さんは完全に硬化していた。目と口で三つの丸を作ってハルヒの微笑みを見つめたまま動かない。動かないのは長門有希さんも同様で、首をハルヒへと向けた状態で電池切れを起こしたみたいに止まっている。ほんのわずかだけ、目が見開かれているのに気付いて俺は意外に思う。さすがの無感動女子もこれには意表をつかれたか。

 古泉は誰より先に我に返り、

「はあ、なるほど」、と何かを悟ったような口ぶりで呟いて、朝比奈さんと長門有希さんを交互に眺め、訳知り顔でうなづいた。

「さすがは涼宮さんですね」

 意味不明な感想を言って、

「いいでしょう。入ります。今後ともどうぞよろしく」

 白い歯を見せてこちらもまた微笑んだ。そして俺の目の前に、ぬっと手が差し出された。

「改めまして古泉です。転校してきたばかりで教えていただくことばかりとは思いますが、なにとぞ御教示願います」

 バカ丁寧な定型句を口にする古泉の手を握りかえす。

 この転校生はバニー騒動を知らないのだろうか? 九組は進学クラス、よく俺たちに近づく気になったもんだな。そんなことを考えながら握手をしていた。腑に落ちない。

「そうだ。キョンはさっき紹介したけど他のふたりはまだよね。古泉くん、あっちの可愛い感じの女子がみくるちゃんで、そっちの眼鏡を掛けてるのが長門有希さん」ハルヒはざっと紹介を済ませた。

 ごん。

 鈍い音がした。慌てて立ち上がろうとした朝比奈さんがパイプ椅子に足をとられて前のめりに蹴つまづき、長テーブルに額を打ち付けた音である。

「だいじょうぶですか?」

 声をかけた古泉に朝比奈さんは首振り人形のような反応を見せて、その転校生をまぶしげな目で見上げた。

 俺は無言でその様子を眺めている。

「……はい」

 蚊が喋ってるみたいな小さな声で応えつつ朝比奈さんは古泉を恥ずかしそうに見ている。

「これで遂に五人揃いましたっ」ハルヒが弾むように言った。だが俺は何か考え事をしてたみたいだ。反応が遅れた。

「なんとか言ってくれてもよくない?」、ハルヒに言われてしまった。

「そうだな、これで書類上問題は無くなったわけだ」、とそう言った。

「いよいよSOS団が始まるの! みんな一丸となって行くからねっ」ハルヒが高らかに宣言した。

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