第16話【転校生現る】
無い物ねだりをしている、としか思っていなかった。だが来た。
待望の転校生がやって来た。
朝のホームルーム前のわずかな時間に俺はそれをハルヒから聞かされた。
「すごいと思わない? 本当に来ちゃった!」
欲しがってたオモチャを念願かなって買ってもらえた幼稚園児のような飛びっきりの笑顔でハルヒは机から身を乗り出していた。
いったいどこで聞きつけたのか知らないが、その転校生は今日から一年九組に転入するのだと言う。
「またとないチャンスね。同じクラスじゃないのは残念だけど謎の転校生よ。間違いない」
会ってもないのにどうして謎だと解る?
「前にも言ったじゃないの。こんな中途半端な時期に転校してくる生徒は、もう高確率で謎の転校生なのよ!」
その統計はいつ誰がどうやって取ったんだ? そっちの方が謎だ。
しかし独自の涼宮ハルヒ理論はそんな普遍的な常識論の追随を許可したりはしないのである。
「一限が終わったら、また手伝ってくれるよね?」
そうハルヒに頼まれてしまった。
まあ今度は上級生の教室じゃない。前みたいな目には遭わないだろう。
一限が終了すると同時に俺はハルヒに袖口を引っ張られ九組へとすっ飛んだ。
「すみませーん」と小声で俺は出入り口近くにいた一年九組の男子生徒に声を掛けた。
「なんです?」
怪訝そうな顔で俺を見る。悪い噂で俺のことを知っているのでは? と疑念が涌いたが気にしても始まらない。
「このクラスに今日転校生が来たと聞いたけど、どの人ですか?」
「なんでそんなこと訊くの?」
うん、真っ当すぎる対応だ。
「わたしが話しをしてみたいんです」、ハルヒが横から顔を出した。
「うっ、涼宮ハルヒ」
その男子生徒は確かにそう言った。
途端にざわざわと九組にさざ波のように〝重なる声〟が広がっていく。
「どれ?」
「ほら、あそこ。あの人」
と、あからさまな声も耳に入ってくる。
キツイ。
「今〝転校生〟と言いましたか?」
今度は妙に爽やかな男の声が耳に入ってきた。
その声のする方に顔を向ければ教室の一角に円陣を組むように人が集まっている場所があった。
その人垣を分け一人の男子生徒が出てきた。
さわやかなスポーツ少年のような雰囲気を持つ細身の男だった。如才のない笑み、柔和な目。適当なポーズをとらせてスーパーのチラシにモデルとして採用したらコアなファンが付きそうなルックスである。これで性格がいいならけっこうな人気者になれるだろう。
その生徒が何かを言う前にハルヒが口を開いていた。
「あなたが噂の転校生なのね?」
「噂かどうかは解りませんが転校生ですね」
「あなたはどこから来たの?」
「ああ出身中学ですか?」
「そうじゃなくて」
「前の高校ですか?」
「それも違って、あなたは何者?」
その転校生は明らかに面食らったような顔をして、
「何者とはどういう?」と問い返して来た。
「だーかーらー」とハルヒが言い出した時点で休み時間終了のチャイムが鳴り始めた。
十分は短い。
ハルヒはすぐに切り替えた。
「今日の放課後また来ていいかな?」ハルヒが転校生に訊いた。
その転校生は笑ったような顔のまま、「ええ」と答えた。
それを確認したのかハルヒは「じゃあ」と言って九組の教室を出ようとする。慌てて俺も追いかける。
正直なんだかざわざわする。認めたくはない。
廊下を走りながら俺は言った。
「率直に訊くが謎っぽかったか?」
「時間が短すぎてよく解らない。あんまり、謎な感じはしなかったかなぁ」
明らかに〝謎〟ってことは思いっきり不審人物ということだからな。
「——でもまだ情報不足ね。普通人の仮面をかぶっているだけかもしれないし、どっちかって言うとその可能性が高いわ。転校初日から正体を現す転校生もいないだろうし。全ては今日の放課後ね」
まともに相手をしてくれるんだろうか?
「ねえキョン」
「なんだ?」
「男に見えた? 女に見えた?」
「へ?」
「ああいう優男風ってのはよく解らないのよね。変装している可能性ってないかな?」
「男装の麗人か?」
「面白いわね、それ」
なんと言えばいいんだろうなあ。あの転校生が九組の教室で涼宮ハルヒの悪評を耳にしているとしたら誘ったとて関わろうとするだろうか? 九組は特別進学クラスなのだ。
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