第15話【SOS団炎上】

 三十分後、よれよれになった朝比奈さんが戻ってきた。うわぁ、本物のウサギみたいに目が赤いやあ、なんて言ってる場合じゃないな。慌てて俺は椅子を譲り、朝比奈さんはテーブルに突っ伏して形のいい肩胛骨を揺らし始めた。着替える気力もないらしい。背中が半ば以上に開いてるから目のやり場に困る。俺はブレザーを脱いで震える白い背にかけてやった。


 ハルヒが戻ってきていない……

 こんな状態だが俺は朝比奈さんに声を掛けた。

「ハルヒは……どうしました?」

 朝比奈さんは涙を拭おうともせず、

「す、涼宮さんは『わたしが責任者だから』って一人で職員室へ——」


 そうか……



 朝比奈さんが戻ってきてから何分くらい経ったか、ハルヒがようやく文芸部室に帰還した。

「腹立つーっ! なんなの、あの教師ども」と第一声では怒鳴ったものの、すぐ表情は落ち着きを取り戻し『団長机』の椅子に着席した。

 着替えないのか?

「やはり問題になったんだな?」俺はハルヒに訊いた。

「限定ビラなのに二十枚くらいしかはけなかった。教師が走ってきて〝やめろ〟とか言ってきた」

 バニーガールが二人して学校の門でチラシ配ってたら教師じゃなくとも飛んでくるだろうな。

「みくるちゃんは泣き出しちゃうし、わたしは生活指導室に連行されるし、担任まで呼ばれた」

 生活指導担当の教師も岡部担任もさぞかし目が泳いでいたことだろう。

「それで、手応えはどうなんだ?」

「とにかく腹が立つ、腹が立つけど『やった!』っていう達成感もある」

「そうか」

「今日はこれで終わり。終了!」

 ハルヒは団長机から立ち上がり、

「パンツが丸見えになるからちょっと外へお願いね」と俺に言った。

 居座るつもりはねえよ。

 俺が部屋から出ようとすると後ろから、

「とっとと帰るんじゃなくて着替え終わるまで外で待っていてよ」とハルヒの声がした。


 

 廊下の壁にもたれて二人の着替えが終わるのを待つ。さて、ハルヒのあの姿を見た連中からハルヒはどう思われたんだろうな? 露出狂とか思われてやしないだろうか。

 しかしそれは違う。断言できる。その証拠に俺に『廊下に出てて』と言えるんだからな。女子を強調するのもいいが自分たちの半裸姿が男にどういう影響を与えるか理解できていないのだろう。

 だが口さがない連中はきっとこんな風には考えてくれない。



 次の日、予感は嫌な方向で当たり始めていた。

 すでに校内に轟いていた涼宮ハルヒの名は、バニー騒ぎのおかげで有名を超越して全校生徒の〝後ろ指系〟の常識にまでなっていた。覚悟の上なんだ。敢えて〝構わない〟、と言おう。ハルヒは己の奇行が全校に知れ渡ろうと知ったことではないと覚悟を決めてやったのだ。

 だが朝比奈さんにその覚悟があったろうか?

 現に涼宮ハルヒのオプションとして朝比奈みくるという名前が囁かれるようになった。

朝比奈さんは今日学校を休んでいるって話しだ。

 そして俺だ。

 周囲の奇異を見る目が俺にまで向いているような気がする……


「キョンよぉ……いよいよもって、お前は涼宮と愉快な仲間たちの一員になっちまったんだな……」

 休み時間、谷口が憐れみすら感じさせる口調で言った。

「涼宮にまさか仲間が出来るとはな……、やっぱ世間は広いや」

 じゃあ仲間なんかできなくて一人でいたらいいってことか⁉

 内心でだけしかモノを言えないのが情けないが俺はそう思ってる。

「ほんと、昨日はビックリしたよ。帰り際にバニーガールに会うなんて、夢でも見てるのかと思う前に自分の正気を疑ったもんね」

 こちらは国木田。見覚えのあるA4コピー用紙をひらひらさせて、

「このSOS団って何なの? 何するとこ、それ」

 シリアルナンバー11か。

 そこに書いてあるだろ。

「不思議なことを教えろって書いてあるけど、具体的に何を指すの? そんで普通じゃダメって、よく解らないんだけど」

 特段国木田には何もない。おそらくこれがスタンダードな俺たちに対する見方なのだ。

 朝倉涼子までやって来た。

「面白いことしてるみたいね、あなたたち。でも、公序良俗に反することはやめておいたほうがいいよ。あれはちょっとやりすぎだと思うな」

 俺も休みたかった。しかしハルヒが学校に来てるのだ。



 ハルヒは怒っていた。

 今日の放課後になってもまるっきりSOS団宛のメールが届かなかったからである。

 一つ二つはからかうような悪戯メールが来るんじゃないかと思っていたのだが、そんなものが来るよりは何も来ない方がよっぽどマシである。


 しかしそうなると俺たちを取り巻く事態はより深刻だと認識せざるを得ない。

 ハルヒに関わると面倒くさいことになるに違いないと、本格的に避けられ始めたんじゃないかという危惧が大きくなってくる……


 だがハルヒはそういう考え方をしていないようだった。空っぽのメールボックスを眉根を寄せて睨みながら光学マウスを握りしめていた。

「なんで……一通も来ないの……」

「まあ昨日の今日だし、人に話すのもためらうほどのすげえ謎体験なのかもしれんし、こんな胡散臭い団を信用する気になれないだけかもしれん」

 俺は言ってる事が実に無意味だと自覚している……


「みくるちゃんは? 朝学校には来ていないみたいだったけど遅刻して来てるとか、ない?」

「もう二度と来ないかもな」

「そうかぁ新しい衣装も用意しようって思ったのに」

「今度はまともなものか?」

「わたしはまともなものしか着てないでしょ! マイクロビキニでうろつき廻っているわけじゃないのよ」

 そんなのと比べたらな。

「みくるちゃんがいないとつまんないなぁ……」

 ため息のようなハルヒの声が耳に残った。

 この部屋にはあと一人、長門有希さんがいるのだが……

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