第14話【バニーガール】
今日も放課後になった。自分のやってることに疑念を覚えつつ、つい部室へと足を向けてしまうのは何故だろうと形而上学的な考察を働かせながら俺は文芸部室へとやって来た。
部室には長門有希さんがひとり。
俺が来るなり立ち上がる。歩いて来る。
「これ」
分厚い本を差し出した。反射的に受け取る。ずしりと重い。表紙は何日か前に彼女が読んでいた海外SFものだった。
「貸すから」
長門有希さんは短く言うと俺にその場で反駁する隙を与えず元の椅子に座り何事もなかったかのように別のハードカバーを開き始めた。
「これは?」俺は訊いた。
「しまって」
「読まなくていいのか?」
「家に帰ってから読んで」
何だかよく解らない。ともかく言われるまま俺はその分厚い本を鞄の中に入れた。ちょうどその時朝比奈さんが部室に来た。そしてほどなく——
「やっほ」、と言いながらハルヒがぴょんと跳ねて部室に入ってきた。右手には何十枚か、A4のコピー用紙。そして左腕に通した大きな紙袋。
「家で作ってきたんだ」
ハルヒは紙袋を床に置くとA4のコピー用紙一枚を俺の目の前に付きだした。
「ほら、これを見て」
「なんだこりゃ?」
「SOS団の名を知らしめようと思って作ったチラシ。限定五十枚。これは後々価値が上がるモノよ」
「なんで価値が上がるんだよ」
「限定五十枚って言ったでしょ。限定品商法よ。一枚一枚シリアルナンバー入り」
なんと言っていいのやら。
「ほら、大量に印刷したいところだけどやっぱり家じゃ無理でしょ。そこで逆転の発想をしたわけ。それよりこれ読んで」
えー、なになに?
『シリアルナンバー 01
SOS団結成に伴う所信表明。
わがSOS団はこの世の不思議を広く募集しています。過去に不思議な経験をしたことのある人、今現在とても不思議な現象や謎に直面している人、遠からず不思議な体験をする予定の人、そうゆう人がいたら我々に相談するとよいです。たちどころに解決に導きます。確実です。ただし普通の不思議さではダメです。我々が驚くまでに不思議なコトじゃないといけません。注意して下さい。メールアドレスは……』
この団の存在意義がだんだん解ってきた。どうあってもハルヒはSFだかファンタジーだかホラーだかの物語世界に浸ってみたいらしい。
「では配りに行きましょう」
「どこで?」
「校門。今ならまだ下校していない生徒もいっぱいいるし」
そうか、と紙袋を持とうとした俺は、ハルヒに制止された。
「キョンはここで待ってて」
「はい?」
「じゃーんっ」
猫型ロボットのように得意満面にハルヒが手にしているのは最初黒い布きれに見えた。が、オーノー! ハルヒが四次元ポケットよろしく次々出してきたアイテムが揃うにつれ俺はドギマギし始めた。
黒いワンウェイストレッチ、網タイツ、付け耳、蝶ネクタイに、白いカラー、カフス及びシッポ。
それはどこからどう見てもバニーガールの衣装なのだった。
そして同時にホワイ、とも思った。
なぜ二着ある?
「それはいったいなんだ?」
「知ってるでしょ? バニーガール」
「まさか、それを着て歩くとか言わんよな」
「これに着替えてビラ配り」
「なぜふたり分ある?」
「ああ安心してあなたに着てもらうつもりはないから」
当たり前だ!
ハルヒは二着のうち一着を両手でつまみにっこりと微笑みながら朝比奈さんの眼前に突きだした。
「どう? いっしょに着てみない?」
あっと言う間に朝比奈さんの顔は紅潮し、
「そ、そんなの着れません……」とやっとひと言口にした。
「じゃあ一人でやるしかないかぁ」と、〝さみしそうな笑顔〟という複雑な表情を浮かべながらハルヒはバニーの衣装を引っ込めた。
長門有希さんがいるじゃないか、と一瞬思ったがすんでの所で言うのを止めた。
長門さんは一人で黙々と本を読んで何事も起こっていないように振る舞ってる様子。あの衣装が着たければ自分で名乗りを上げるだろう。
「いや、ここでそんなの着るのは止めといた方がいい」俺は言った。
「なぜ?」
「写真撮られてSNSにアップされるとか、ろくなことにならないぞ」
「そうかぁ、ありがとうね。でも平気だから」
「いや平気ではいられないはずだ。そんな衣装だぞ」
「でもわたし、体育はブルマだから」
「……」
「じゃあちょっと悪いけど廊下に出ていて。この衣装さ、どうしても着替えるときにパンツ丸出しになるんだよね」
……どうやらハルヒ的にはブラの丸出しはOKだがパンツの丸出しはNGであるらしい。
俺は文芸部室の外に出る。なぜだか朝比奈さんもうつむきながら外に出てきた。長門さんだけは中で本を読み続けるらしい。なんだかなぁ。
しばらくすると「入っていいわよ」と中からハルヒの声がした。
少々ためらいがちに部室に戻った俺の目が映し出したもの。
「どう?」
それはどうしようもないまでに完璧な一人のバニーガールだった。ハルヒは呆れるほど似合っていた。
大きく開いた胸元と背中、ハイレグカットから伸びる網タイツに包まれた脚、ひょこひょこ揺れる頭のウサミミと白いカラーとカフスがポイントを高めている。スレンダーなくせして出ているところが出ているハルヒははっきり言って目に毒だ。
しかしそれはそれだ。
〝どう?〟なんて言われても、俺はお前の頭を疑うくらいしか出来ねえよ。
「これで注目度もバッチリ! この恰好なら大抵の人間はビラを受け取るはず。そうよねっ⁉」
「そりゃそんなコスプレした奴が学校でうろついていたら嫌でも目立つ」
「でしょっ? 目立つでしょ」
「目立てばいいってもんじゃない。今ならまだ引き返せる。普通に制服でお前が微笑みながらビラ配ったら、女子はともかく男子はたいてい受け取る」
「でもそれじゃあ納得できない。やり切った感が無い」
「じゃあ折衷案だ。ブルマでいいじゃねえか。今やそれだって立派なコスプレだ」
「でも体育の時にもう着ちゃってるし」
「なんでそういうの着たがるかな」
「ブルマで目覚めた」
「へ?」
「わたしは女子なのよ。女子が女子であることをアピールして何が悪いの?」
「まあ別に悪くはないのだろうが、男が喜ぶだけじゃないか?」
「いいのよ。喜ばせておけば。わたしは体操着が前々から疑問だったのよね。なんで男子みたいな恰好をさせられるんだって」
「しかしな今は部活申請前の段階だ。妙な具合に学校側に目を付けられたら元も子もない」
「わたしは選んでグレーゾーンを歩いてる。ブルマが大丈夫ならバニーだって大丈夫なはず」
どういう理屈だ⁉
「だいたい本当にブルマなんて大丈夫なのか? 誰も履いてないぞ」
「体操着は『学校指定のもの』と書かれているだけ。ならブルマだって問題は無いでしょ?」
「指定されていたのは昔のことで今は違うだろ」
「そうじゃない。ほらここのブルマってくすんだライトブルーよね。つまり普通の色とは少し違っているわけ。ここの学校が発注したからいっぱい作っちゃったのに突然学校指定から外されたら他に回すこともできなくて使いようが無くなるでしょ? 在庫が完全にはけるまで学校指定体操着から外せないわけ。だからわたしの履いてるブルマは未だ学校指定の体操着」
「だいたいそのブルマ、どこから手に入れた?」
「制服買った店に置いてあったデッドストック」
「まだ残ってたのかよ」
「だから未だ公式に学校指定なのよ。モノがモノだけに店主の人もさ、学校指定店として商売やっている手前店先に並べて大っぴらに売るわけにもいかなくて扱いに困っていたみたい。わたしが『買う』って言ったら大喜びだった。北高の女子に売る分には問題が無いみたいだから。ちなみに消費税込み十枚五千円! しかもメード・イン・ジャパンっ‼」
つまり国産なのに一枚五百円か。何年モノか知れたもんじゃないが格安であるのは間違いない。
「ま、体操着はそうなのかもしれないがバニーガールの衣装はそうじゃない」
「ブルマもお尻のラインが出てるし」
いや、意味はそうじゃない。だがハルヒはこう言った。
「キョン、作ると決めた以上わたしはやるから。せっかく部を立ち上げてもどうせ冷ややかな目で見られるに決まってる。わたしが一番屈辱なのは、存在しているのかないのか解らない空気みたいな存在として扱われること。それだけはなんとしても避けたいの!」
バニーなどという目のやり場に困るふざけた恰好をしていながらハルヒの顔は真剣そのものだった。
名前がよりにもよって『SOS団』。
ハルヒの言うとおり周囲からはどのみち冷ややかな目で見られるに決まってる。
どうせ冷ややかなら存在しないもののように扱われるより、後ろ指を指された方がまだいい————
例えるならなんだろうな。そうだな……ネットに小説を公開したとしてpvがほぼゼロと炎上とどっちがマシかというところか。そう、これは〝炎上商法〟であり、〝かまってちゃん〟であり、到底誉められないし人に薦められもしない。
だがその気分だけは解る。だが止めたい。
「お前が一人でそんな姿でさらし者になるのを放っておけるか!」
だがハルヒは俺の忠告に対しにらみ返してきた。
「一人でもやる!」
その時だ、
「あのっ、あたしもやりますっ。やらせて下さいっ」
なんとそれは朝比奈さんだった。
マジですか?
だが朝比奈さんは口を真一文字に結び真剣そのものの表情だった。
「お、同じさらし者になるのでも、ふたりならなんとか耐えられますっ!」などとそんなことを言っている。
「みくるちゃん……」
ハルヒの声が震えていた。
おぉ、なんということだ。
「じゃあちょっと俺はここを出る」そう言って俺は文芸部室の外に出た。
そうしてしばらくして再びの「入っていいわよ」。
そこには朝比奈さんのバニー姿。
チビっこいのに出るべきところが出ている。これまた目の毒だ。
朝比奈さんの顔は紅潮し恥ずかしいのを必死に我慢している様子。
ハルヒは紙袋に限定チラシ(?)を入れ、つかむと、
「行くわよ、みくるちゃん」と言い、バニー姿のふたりは互いを見つめ合った。
ほぼ同時にふたりうなづくと、部室のドアを開け外へと出て行った。
賽は既に投げられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます