第13話【インターネット接続開始!】
「コンピュータも欲しいよね」
SOS団の設立を宣言して以来、長テーブルとパイプ椅子それに本棚くらいしかなかった文芸部の部室にはやたらと物が増え始めた。
どこから持ってきたのか、移動式のハンガーラックが部屋の片隅に設置され、給湯ポットと急須、人数分の湯飲みも常備、今どきMDが付いているCDコンポに一層しかない冷蔵庫、カセットコンロ、土鍋、ヤカン、数々の食器はなんだろうか、ここで暮らすつもりなのだろうか。
今ハルヒはどっかの教室からガメてきた勉強机の上に腰掛け腕を組んでいた。その机にはあろうことか『団長』とマジックで書かれた三角錐まで立っている。
「情報化時代なんだからノーパソの一つも無いなんて、あり得ないことだわ」
そうだろうか? スマホで代用できそうなもんだ。パソコンでする作業などSOS団とは無縁そうだが。
少し驚くのは、ともかくも集めたメンバーは一応揃ってここにいるということだ。
相も変わらず長門有希さんは定位置で土星のマイナー衛星が落ちたとかどうしたとかいうタイトルのハードカバーを読みふけり、名前だけ貸しておいてくれれば充分なのに生真面目にもちゃんとやって来てくれた朝比奈みくるさんは所在なげにパイプ椅子に腰掛けている。
「家に一台も無いってことは無いだろうが、こんなトコに置いておこうって思うか?」俺は訊いた。
「こんなとこに置いておけるものを調達すればいいんじゃないかな」
調達だって?
「パソコンをか? どこでだよ。タダでくれる電気屋の知り合いでもいるのか?」
「電気屋さんに知り合いはいないけど、隣には知り合いがいるから」
「知り合い? 誰?」
「コンピューター研究部」
なるほど片っ端からの体験入部は、まんざら無駄じゃないってわけか。
「そうね、取り敢えず一台あればいいから頼んでくる」
俺が一緒に行こうとすると、
「あっ、キョンはここで待ってて。わたし一人で行ってくる」
そう言い残し言ってしまった。
さて、部屋には俺とあと二人の女子が残されたわけだが、ハルヒと取り引きしたであろう長門有希さんの方はともかく、朝比奈みくるさんについては行動が完全に謎である。
俺としてはハルヒの部活結成を手伝いたいわけであり、朝比奈みくるさんがここにいるのは誠に有り難い。
だがその一方で何を思って書道部に所属しているのにこんな得体の知れない部に入ろうと思ったのかその点が少々不審なのだ。
今はそれを訊いてみる丁度いい機会ではなかろうか。
「朝比奈さん」俺は話しかけてみた。
「何ですか」
年上にまったく見えない朝比奈さんは純真そのものの無垢な顔を傾けた。
「正直なところを言わせてもらえば名前だけを貸してくれるだけでこちらは有り難いんです。どうしてわざわざ何もすることがない部活に入ろうなんて思ったんですか?」
彼女はわずかに目を細めた。笑みの形の唇から綿毛のような声が、
「いいんです。ここに入らなくっちゃって思ったんです、あたし」
「書道部の方が有意義だとは思いますが」
「いえ、もしかしたらこっちが有意義かもしれません。それにあなたもいるんでしょう?」
さて、俺がいるとどうなるというのか?
「おそらく、これがこの時間平面上の必然なのでしょうね……」
つぶらと表現するしかない彼女の目が遠くのほうを見た。
「へ?」
「それに長門さんがいるのも気になるし……」
「気になる?」
「え、や、何でもないです」
朝比奈さんは慌てた感じで首をぶんぶん振った。ふわふわの髪の毛がふわふわと揺れる。そして朝比奈さんはわざわざ立ち上がり照れ笑いをしながら深々と腰を折った。
「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
「まあ、そう言われるんでしたら……」
「それからあたしのことでしたら、どうぞ、みくるちゃんとお呼び下さい」
にっこりと微笑む。
うーん、眩暈を覚えるほど可愛い。
その時ドアが開き、もう一人眩暈を覚えるほど可愛い笑顔でハルヒが戻ってきた。
「ちょっとキョン、来て。パソコン貸してもらっちゃったから運ぶの手伝って欲しいの」
え? そんなの貸してくれるの?
俺は隣のコンピューター研究部、略称コンピ研の部室におじゃました。
「ああ、それね。運ぶの手伝ってあげて」と部長と思しき上級生が言った。
いったい全体どうなってる?
件のレンタルパソコンはもちろん無償であり、そして今や懐かしい『タワー型』と呼ばれるガタイのでかいデスクトップパソコンであった。
元々は白のプラスチックだったろうが日焼けして全身黄色く変色していた。
タワー型パソコンとセットになっている液晶ディスプレイも今や見ない画面比4対3のディスプレイである。
不思議なのはなぜかコンピ研の部長氏が上機嫌であることだ。
ハルヒは美人である。そんなのにすり寄られ籠絡されてしまったとしたら涼宮ハルヒとは相当の悪女である。
俺とハルヒはふたりで協力し何度かコンピ研部室と文芸部室を往復し一式全てを搬入し終えた。
いったいどういう魔術を使い旧型とはいえ、こんなものを借りることができたのか。
「隣りにお礼を言ってくる」俺は言った。
「うん、礼儀は大切だからね。キョンあなたもなかなかやるじゃない」とハルヒは上機嫌で俺を送り出した。
「こんちわーす」と言いながら俺はコンピ研の部室のドアを開ける。
「なんだい?」と部長氏。
「どうもパソコン一式ありがとうございました」
「なに構わないよ」
「しかし、いったいハルヒは何を言ったんです?」俺は率直な疑問をぶつけた。
「彼女は面白いコだ。実に面白い。ウチの部に欲しいくらいだ」
「はあ」
「〝ビンテージOSモノがあれば貸してくれませんか〟って言ったんだ」
「びんてーじ?」
「そう。M◯Cの『漢字◯ーク』とかさ。ゴミを入れるとゴミ箱がぷくっとふくれるのがカワイイってね」
なんの話しだ?
「あとはウ◯ンドウズの九十年代とかさ、あれはなかなかにシンプルでシブイんだ。『アメリカ人は何でもかんでも古いモノを切り捨てるのが良くない』って言ってたな。まさしく同感だった。OSというのはそれだけで文化なんだ。さすがにウ◯ンドウズの九十年代が動かせるヤツは貸せないけどその後のでいいなら余っているのがあるって言った。歴代のコンピ研の財産の一部さ」
なるほど、そういう口上で引っ張ってきたか。
「しかし古いOSを使うのは危ないとソフト会社が言ってますけど」
「それは使う者の自己責任。彼女はそれでいいと言ったんだ。僕だって普段使いは最新OS搭載のヤツさ。だけどスペック厨というわけじゃない」
ここでハルヒがLANケーブルの先を持ってコンピューター研究部の部室へとやって来た。何やらコンピ研の部長氏とネット接続に関してのお喋りが始まってしまい、これがいつまで続くか解らず、ただ一人ぼさっとそのまま無言で突っ立っているのもなんなのでひと言断りを入れ俺は取り敢えずコンピ研の部室を辞した。
それから五分ほどか、ケーブルの接続を済ませたのかハルヒも戻ってきた。
「有希ちゃん手伝って」と口にしてハルヒは長門さんをパイプ椅子から引きはがし、あーでもない、こーでもないと二人でパソコンのセッティングのために格闘を始めた。
その格闘は今も続いている。
俺は手持ちぶさたである。
「何か手伝うことはあるか?」俺は訊いた。
「大丈夫、こういうの長門さんが得意だって。キョンには運んでもらったから」と実に奥ゆかしい返事がハルヒから戻ってきた。
しばらくすると一通りセッティング作業が終わったのか、長門さんがディスプレイ正面に座りネット接続のためなのかキーボード操作をしていた。ハルヒがその後ろに陣取っていた。
実は内心、女子にできるのかと思っていたが(俺もこんなもの設置したことはないが)なんとか設置を完了したらしい。やるな。
パソコンは『団長』と銘打たれた三角錐付きの机の脇に置かれていた。
う〜む。しかし無駄に巨大だ。
電源を入れると派手な音を立てファンが回り出し、見たこともないオープニング画面が登場しパソコンが起動し始める。
しかしこれで何をやるというのだろう? CPUだって昔のものだろうしこれでは昨今のデジカメ画像すら開けないかもしれない。動画再生など何をか言わんや。
「このパソコンで何ができる?」俺はハルヒに訊いた。
「SOS団のウェブサイト立ち上げ」
LANケーブルを繋いでいたってことは既にこれはネットに接続できてるってことか。
ただ、もはやどのサイトもまともに表示されるとも思えず、このOSでまともなウェブブラウジングなどまず不可能だろう。ただ、こっちが造る側なら少なくとも〝SOS団のウェブサイト〟とやらだけはこのパソコンでもまともに表示はされる。
「お願い。わたしやり方がよく解らないの」
俺か。
「まずサイトが出来ないことには活動しようがないし」
今一番必要なのは部員の一名でありサイトではないと思うのだが……
「隣でずっと見てるから」
……仕方ない。さっき設置の際にはなんら当てにはされてなかった。やったことはないが、出来上がるまで横で見ていてくれると言ってるんだ。『面白そうだ』と思うことにしてやってやろうじゃないか。
こうして俺とハルヒは仲良く画面比4対3の液晶ディスプレイを覗き込むことになる。
旧型OSの操作に難儀するかと思ったら思ったほどではない。グラフィカルインターフェースが多少クラシックになった程度のことだ。
そしてさすがコンピューター研究部、あらかたのアプリケーションはすでにハードディスク内に収まっており、サイトの作成もテンプレートに従ってちょっと切ったり貼ったりすればよかったからだ。
ただ、問題はそこに何を書くかである。
「取り敢えず、『SOS団のサイトへようこそ!』でいいか?」
「いいわ」
俺はトップページにそのように画像データを貼り付けた。
「その後は?」俺は訊いた。
「……」
どうやら考えてないらしい。
しかし懸念がある。この懸念を俺はハルヒにぶつけた。
「現段階でこの『SOS団』というのは正式に認可を受けていない。同好会以下の怪しげなサイトを学校のアドレスで作ってしまって後で何か問題にならないか?」
「バレなきゃいいの」
ばれなきゃ何をしてもいいというのはどうかと思うが……
「しかしばれる場合も想定しておいた方がいいだろう?」
「バレたらバレたで放っておくってことで」
「しかし向こう側の論理では放置はあり得ないだろ」
「まずはやってみて。やってダメなら次を考えるから」
この楽観的で、ある意味前向きな性格はちょっとだけだがうらやましい。中学時代もこうして暴走してきたのだろうか。
おお、そうだ。
俺は適当なフリーCGIのアクセスカウンターを取り付けた。
「これで訪問者数も解る」
「やるじゃない。あっ、そうだ。メアドと掲示板も付けてね」
嫌な予感しかしない。
「この旧型OS宛にメールを届かせるようにするのは危険じゃないか?」
何と言ってもこれを作った会社はこの間まで現役だったOSをサポート外にしてしまうのだ。それよりも何世代か前のこのOSでネットに繋ぐなど本来なら論外なのだ。
「いいからやって」、ハルヒが無茶を言う。
このパソコンには重要データは一切置けないだろうな。まあ今後も置くとは思えないから、まあいいか。乗っ取られる可能性を考えたら常時接続も危険だろう。使わないときはこまめに電源を切りながらごまかして使うしかない。
俺はメールアドレスを記載した。
だがタイトルページのみでコンテンツ皆無な謎のサイトだ。メールアドレスだけあっても感想も何も送りようがない。っていうか気味悪くて送らないだろう。
むしろ問題は掲示板の方だ。
「掲示板も」俺の懸念を余所にハルヒは掲示板の設置を再度求めた。
「いや、それは止めておこう。時期尚早だ」
掲示板は荒らされる。
俺たちのやっていることに必ずしも好感を持たない者もいることだろう。ただでさえハルヒについて悪い噂が早くも出回っているようなのだ。現に俺は親切とも忠告ともとれる微妙な警告を既に谷口から受けている。
俺は荒れた掲示板をハルヒの目に触れさせたくはないのだ。
「取り敢えずこれでいいか?」、俺は横のハルヒに確認した。
「まああくまで取り敢えずだからね」
「しかし見に来た奴が怒りそうなくらい何も無いサイトだが」
「今はそれでいい。メールアドレスさえあればわたし達と連絡がとれるから」
誰が連絡してくれるというのだろう?
ともかく作業の最終段階に入った。
ホームページのアップロードである。
俺はネット上でちゃんと表示されているのを確認した。
「できた」
「ありがとう」、ハルヒが言った。
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