第11話【朝比奈みくるさんを確保しました】

 次の日、「一緒に帰ろうぜ」と言う谷口と国木田に断りを入れて俺は部室へと足を運んだ。


 新入部員など本当に獲得できるのだろうか? 興味半分心配半分だった。


 部室に入るとそこには既に長門有希さんとハルヒがいた。二人いっしょに連れ立って行動しにくいのでハルヒが先に部室に入っていたのだ。


「いっしょに来て」

 ハルヒは硬直したような表情で言った。

「部員候補のところだよな?」俺は念を押す。

 ハルヒは肯くと、

「上級生なんだ」と言った。

 まさかそう来るか?

「男なのか女なのか?」

「女子よ」

「その人を俺が勧誘するのか?」

「手伝ってくれないの?」

「いや手伝うが、同じ女子が声を掛けた方がいいんじゃないか」

「上級生の教室なんて近づきがたいのよ。解るでしょ?」

 そりゃそうだが、

「しかし全ての部活に体験入部してくるくらいの行動力があるならそれくらい訳ないだろ」

「違うよ。あるに決まってる。体験入部は言わば〝ウエルカム〟なの。だから来る人を歓迎してくれる雰囲気が最初からあった。わたし達がこれから行く上級生の教室はわたし達を歓迎しないよ」

 ともかく〝上級生を怖がって逃げ出した〟と思われては男が廃る。決してアナクロニズムではなく、いいところを見せたいのだ。

「解った。誰の所にいけばいい?」

「二年の朝比奈みくるちゃん」

「二年か……」

 三年より二年の方が若干マシであるのは言うまでもない。


 しかしフト疑問に思った。

 なぜその人でなければいけないのか? その人を選んだ理由だ。

「なぜ朝比奈さんとやらなんだ? 二年なのにずっと帰宅部のままとか、そこら辺りからの目星か?」

「書道部に所属してる」

「はあ?」

「なにかおかしい?」

「余所の部活から引き抜くのか?」

「兼任ができないならそういうことになるかしら」

「話しが見えてこない。どうしてその人なんだ?」

「めちゃめちゃ可愛いから」

「……すまん、意味が解らない。別に俺たちは芸能事務所を立ち上げようとしているわけじゃないよな?」

「当たり前でしょ」


 どうしよう、こんな用事で上級生の教室に行けるのだろうか……

 ともかく俺はいま一人の部員(?)に声を掛けてみた。

「長門さんとやら、どう思う? いまの」

「別に」

 別に……ってことは別に問題が無いらしい。

 この長門有希さんは文芸部員である。ハルヒによって文芸部から引き抜かれたわけではない。

 一方で朝比奈さんとやらは書道部員である。ハルヒの計画では引き抜いてでも獲りたいらしい。

 扱いに差があるよな。

 怒らないのか……?

 しかし目の前の長門有希さんは淡々と読書を続けている。

 きっと別にいいのだろう。


「あの長門さんは行かないのか?」俺はハルヒに訊いた。

「これはわたしのやろうとしていることだから」とハルヒは言い長門有希さんを巻き込むことを拒絶した。

 まあそれが物事の道理というものだろう。



 俺とハルヒは二年の階に足を運んでいた。既に放課後でありその朝比奈さんとやらがまだ教室に残っているのかどうかは解らなかったがともかく行ってみたのだ。


 とある二年のクラスの開け放してあった後ろのドアから二人揃って中を覗き込んでいる。

「いた」、ハルヒが短く言った。

「どの人だ?」俺は訊いた。

「あの人」

 ハルヒが指差すその先には、席に着いている女子とその側に立っている女子、ふたりの女子がいた。

「どっちだ?」

「髪がストレートじゃない方」

 一方の女子は信じられないくらい長い長いストレートの髪をしていた。その逆だってんだから解りやすい説明だ。

 いつまでも覗き込んでいては却って不審者扱いにされる。

 やるんだったらとっとと早く、思いきった方がいいだろう。

「じゃ、いくからな」と俺は小声でハルヒに告げ、


「すみませーんっ!」と大声を出した。

 放課後になっても教室にたむろっている十数名の上級生が一斉にこちらを向いた。

 正直居心地が悪くたじろぐがここまでやっちまったものは最後まで行くしかない。


「朝比奈さんという方はどちらですか?」、さらに俺はそう声を張り上げた。


 超ロングストレートの髪の女子がこっちを振り向いた。とっさに嫌な予感が走る。つかつかと大股で近寄ってくる。

 おでこを露わにし、その目は……間違っても好意的な目とは言えない。朝比奈さんはストレートじゃない方だから明らかに別人がやって来ている。

 その人は目線を下に落とす。

「一年かぁ」

 上靴の色を確認したらしい。

「新入生がもううちのみくるに目を付けて直接ちょっかい出して来るとはね、自分が何をしているか解ってるだろうねっ、少年っ」

 うわっ、怖エ。

「違います。違うんです。俺じゃなくてこちらの涼宮ハルヒさんが朝比奈さんにお話しがあると」

「涼宮さんっ⁉」

 下級生にわざわざさん付けをしたその声の主は朝比奈さんとやらだった。立ち上がってこちらを振り返り、びっくりした顔のまま俺たちを見つめ続けている。


 正面から朝比奈みくるさんの顔を見ることができた。小柄である。ついでに童顔である。下手をすれば小学生と間違ってしまいそうでもあった。微妙にウェーブした栗色の髪が柔らかく襟元を隠し、子犬のようにこちらを見る潤んだ瞳が守ってください光線を発しつつ半開きの口元から覗く白磁の歯が小ぶりの顔に絶妙なハーモニー——


「もういいんです。鶴屋さん」

「どしたんだい? みくるっ」

「いえ、涼宮さんならあたしが話しをしないと」

 そう言いながら朝比奈さんという上級生は俺たちの方に近づいてきた。

「初めまして一年五組、涼宮ハルヒといいます」ハルヒが緊張感を隠そうともしない声で言った。

「こっ、こちらこそ朝比奈みくるですっ」

「あの、朝比奈さんにはわたしが新しく作る部活に入って欲しいと思ってます」

 ハルヒがそう言うと朝比奈さんとやらはまるで落雷の直撃を受けたかのようにその場にビンと立ちつくした。


「みくる?」

 鶴屋さんと呼ばれた上級生が怪訝そうな顔で朝比奈さんの顔を見る。

「わっ解りました」

 解った? なにが? よく解らない。

「——お話しだけなら」と朝比奈さんは付け加えた。

 そうだよな。何だか解らんもんにはいきなり入らないものさ。

「へぇ、あんたがあの〝涼宮ハルヒ〟?」鶴屋さんという上級生が割り込んできて言った。

「はい」

 一触即発の予感がして背筋が寒くなったが杞憂だった。ハルヒと鶴屋さんは部室の場所だとか一通りの確認を雑談混じりにひとしきり話し、そして鶴屋さんはこう言った。

「そのうちあたしも様子を見に行くかもだけど、いいにょろね?」

「もちろんです」

 ハルヒが一片の曇りも無いような声で明朗に言い切った。これで鶴屋さんの警戒が解けたのか、

「じゃあみくるっ、ちょっと行ってくるといいっさ」と言ってくれた。


 はあーっ、疲れた。

 取り敢えず俺たちは朝比奈さんを伴い部室に戻るべく廊下を移動中である。



「わたしはね、〝萌え〟ってけっこう重要なことだと思うんだよね」

 ハルヒが朝比奈さんに妙な同意を求めた。

「はあ……」と朝比奈さん。なんと返事をすればいいのかと思うよな。

「本当はわたしが担当できればいいんだろうけど、こういうのは主観じゃなくて客観だから、どうも自分にはそこまでは無いと思うんだ」

 とハルヒは妙にしおらしいんだかなんだか解らないことを言う。

「すまん、何だか今もってよく解らない」俺は率直すぎる疑問をぶつけた。

「基本的に何かおかしな事件が起こるような物語にはこういう〝萌え〟で〝ロリ〟っていうの? そういうキャラがいるもんなのよ」

「それはどこかの編集部の編集方針だろ。明智小五郎の話しにゃ小林少年しか出てこないだろ」

「昔はそれで良かったかもしれないけど今は違うのよ」


 どうやら適切なピースを集めれば自動的に事件が起こるとかそういうことを狙っているらしい。実に非科学的だ。もっとも、超常現象はすべからく非科学的だが。


「それに朝比奈さん、いえあの、失礼だと思うんですけど〝みくるちゃん〟って呼んでいいですか?」とハルヒは妙な許可を朝比奈さんに求めた。

「ええ」と朝比奈さんがぎこちなく返事するとハルヒは続きをし始めた。

「みくるちゃんにはわたしには無いものを持っている」

「え、そうですかぁ?」と朝比奈さん。

 なんでも出来るのに謙虚になれるとは素晴らしい、と思ったその直後、

「胸とかわたしと比べるとわたしの方が全然小さいし」

「……」

 朝比奈さんは何も言わなかった。こういうのを認められて果たして女子は嬉しいのかどうか……認められないよりは認められた方がマシなのだろうか?


 

 ハルヒと俺と朝比奈さんの三人は文芸部室前に到着しドアを開けた。

「え」

 と言ったきり朝比奈さんが固まった。

「どうかしましたか?」俺が振り返りそう尋ねた。


「涼宮さんの部活動……、ぜひ入部させてください」即断即決だった。

 朝比奈さんはそう言い切ったのだった。


「へぇ不思議ね」と当のハルヒが己の行動を棚に上げ言った。

 

 しかしハルヒならずとも思う。これはどういうことだ?

 俺は朝比奈さんを観察する。その視線の先にはパイプ椅子に腰掛けた長門有希さん。

 なんだかよく解らないな……

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