第10話【部室及び新入部員一名確保】
終業のチャイムが鳴るや否や俺のブレザーの袖口はハルヒに引っ張られていた。
「今日は屋上の方じゃないのか?」
歩きながらハルヒが言う。
「部室を見つけた」
別に袖口を引っ張らなくても逃げやしない、せめて離してくれ。
渡り廊下を通り、一階まで降り、いったん外に出て別校舎に入り、また階段を登り、薄暗い廊下の半ばでハルヒは止まり俺も立ち止まった。
目の前にある一枚のドア。
『文芸部』。
そのように書かれたプレートが斜めに傾いで貼り付けられている。
「ここなんだ」
ハルヒは〝コン、コン〟と二度ノックした後、内側からの返事を待たずに入って行った。
しょうがないので俺も後を追う。
意外に広い。長テーブルとパイプ椅子、それにスチール製の本棚くらいしかないせいだろうか。天井や壁には年代を思わせるヒビ割れが二、三本走っており建物自体の老朽化を如実に物語っている。
そしてこの部屋のオマケのように、一人の少女がパイプ椅子に腰掛けて分厚いハードカバーを読んでいた。
「これからこの部屋がわたし達の部室にもなります!」
両手を広げハルヒが軽やかに宣言した。その顔はほれぼれするほどに神々しい美少女の微笑みで、そういう表情を教室でも見せていればいいのに、と思わず思ってしまった。
が、すんでのところで我に返る。
「ちょい待て。どこなんだよ、ここは」
「部室棟の中にある文芸部室。美術部や吹奏楽部なら美術室や音楽室があるでしょ。そういう特別教室を持たないクラブや同好会の部屋が集まっているのがこの部室棟。通称、旧館。プレートに書いてあった通り」
「じゃあ文芸部じゃないか」
「でも今年の春に三年生が卒業していって部員がいないの。新たに誰かが入部しないと休部が決定していた唯一のクラブ。で、この人がわたし達と同じ一年で新入部員」
「てことは休部になってないじゃないか」
「わたし達と立場が同じだと思わない?」
「たち?」
「つまりわたし達も文芸部のこの新入部員の人も共に〝人数が欲しい〟はずじゃない?」
なるほど、頭が良いな。それぞれがお互いの部活に二重に籍を置くわけだな。
利害関係が一致しそうな者を見つけ出しまんまと抱き込んだか。そのためには部室は同じ部屋でなくてはならない。ついでにこっちの立場でいうと部室までゲットしてしまったことになる。
だが——。
何か言ったらどうなんだ?
そこのパイプ椅子に腰掛けているのは眼鏡をかけた髪の短い少女である。
ハルヒがあれこれいきさつを喋っているのに顔を上げようともしない。たまに動くのはページを繰る指先だけで残りは微動だにせず、俺たちの存在を完璧に無視しているかのようだ。これはこれで変な女だ……
俺は改めてその変わり者の文芸部員を観察した。
白い肌に感情の欠落した顔、機械のように動く指。ボブカットをさらに短くしたような髪がそれなりに整った顔を覆っている。出来れば眼鏡を外したところも見てみたい感じだ。どこか人形めいた雰囲気が存在感を希薄なものにしていた。身も蓋もない言い方をすれば、早い話しがいわゆる神秘的な無表情系ってやつ。
しげしげと眺める俺の視線をどう思ったのか、その少女は予備動作なしで面を上げて眼鏡のツルを指で押さえた。
レンズの奥から闇色の瞳が俺を見つめる。その目にも、唇にも、まったく何の感情も浮かんでいない。無表情レベル、マックスだ。当初のハルヒに見た愁いを帯びた無表情とは違って、最初から何の感情も持たないようなデフォルトの無表情である。
「長門有希」
と彼女は言った。それが名前らしい。聞いた三秒後には忘れてしまいそうな平坦で耳に残らない声だった。
長門有希さんは瞬きを二回するあいだぶんくらい俺を注視すると、それきり興味を失ったようにまた読書に戻った。
一応確認だけはしておこうと思った。
「長門さんとやら」俺は言った。「ここにいる涼宮ハルヒさんはこの部屋を何だか解らん部の部室にしようとしているようだが、そういう話し合いになっているのか?」
「それでいい」
長門有希さんはページから視線を離さずに答える。
「迷惑をかけることになるかもしれんが」
「別に」
ここでハルヒが割り込んできた。
「なにを疑ってるの? 言っておくけど既にわたし達は知り合いだったのよ」
「どこで?」
「全ての部活に体験入部したって言ったでしょ? その時長門さんと知り合いになったの」
なるほど一対一だからな。詰めた話も可能だな。
「そういうことだから話しを先に進めるからね」
こっちの声はやたらに弾んでいる。
「これから放課後、この部室に集合ってことになるから。来ないと……お尻百叩きの刑とか、だからね」
アブノーマルな想像をしてしまうじゃないか。
こうして部室を間借りし共同使用することになったようなのだが、書類の方はまだ手つかずである。だいたい名称も活動内容も決まっていないのだ。俺が勝手に決めて書いて出すわけにいかず、そこらのことを言うと、
「そんなものは後からついてくる」、ハルヒはそう高らかに言い切った。
「まずは部員よね。最低あと二人必要よね」
「あと二人か」
俺はわざとらしくそのことばを反復した。
長門有希さんは無反応である。取り敢えず否定はしないようである。
「もう五月だし、今から入ってくれる人間などいないんじゃないか?」
俺は遠回しに、〝誰もこんなクラブに近づきたがらないんじゃ〟と言ってみた。誘って断られて傷つくのはハルヒなのだ。
「安心して。適材な人間の心当たりだけはあるの」
ふむ、適材な人間か。
ともかく今は質よりは数のはずである。
高校生活が始まって一ヶ月と少し、新生活に馴染めず集団の中からはぐれつつある生徒もいるだろう。そう考えれば二名くらいはどうにかなるのかもしれん。
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