第9話【新部活旗揚げへ】

 いったい何がきっかけだったんだろうな。

 それは突然やって来た。


 うららかな日差しに眠気を誘われ、船をこぎこぎ首をカクカクさせていた俺の襟元に何かが突っ込まれた。

「ひぇっ」

 妙な叫び声が口から飛び出し、教室中の視線が一気に俺に集中する。これはどう考えも後ろに座る人間の仕業であり俺は思わず振り向いた。

 そこに見たものは俺の襟に右手を突っ込んでいる〝これぞ美少女の微笑み〟としか言いようのない笑顔の女子だった。この笑顔を温度に例えるなら二十四度くらい。誰が感じても心地よい気温だろう。

「気がついた」

「この手をなんとかしてくれ」

「やるならまず簡単なところから始めないと」

 人の話しを聞いちゃいねえ。仕方なく俺は尋ねる。

「何を始めるつもりだ?」

「人のしていることにケチばかりつけていても始まらない。自分こそ始めないと」

「だから何を?」

「部活」

「その話しは後で聞くから」

「なんのこと?」

「授業中だ。それから手を俺の襟元から抜いてくれ」

 チョーク片手に今にも泣き出しそうな大学出たての女教師の方を小さく指差した。

 全クラスメイトが口を半分あけたままになってるじゃないか。


 新しいクラブを作る?

 ふむ。

 まさか、俺にも手伝えと言うつもりじゃあ……?



「お願い。協力して」

 ハルヒは言った。今ハルヒがつかんでいるのは自分の制服のリボンだ。手に何かを握ってないと満足にことばが出てこないかのような、そういう感じに見えた。

 屋上へ出るドアの前。

「何を協力するって?」

 実は解っていたが、そう訊いてみた。

「わたしの新クラブ作り」

「俺にできることがあるってのか?」

「わたしは部室と部員候補の目星をつけるから、あなたには学校に提出する書類を揃えて欲しい」

 事務作業のみか……それなら、できなくもないか。しかし——

「何のクラブを作るつもりなんだ?」

「今はどうでもいい。走り出すの。とりあえずまず作るの!」

 走り出すってなぁ。そんな活動内容不明なクラブを作ったとして学校側が認めるもんだろうか?

 認めるよう書類を書けってことなのか?

「いい、こういうのは分担だから。そっちは今日の放課後までに調べておいて。わたしもそれまでに部室を探しておくから」

 この目でじっと見つめられ頼まれると断れない。

 俺が何と返答すべきか考えているうちにハルヒはくるりと身を翻し、軽妙な足音をたて階段を降りていった。

 ほこりっぽい階段の踊り場で途方にくれる一人の男が残された。

「……俺はイエスともノーとも言ってないんだが……」



 「同好会」の新設に伴う規定。

 人数五人以上。顧問の教師、名称、責任者、活動内容を決定し、生徒会クラブ運営委員会で承認されることが必要。活動内容は創造的かつ活力ある学校生活を送るのに相応しいものに限られる。発足以降の活動・実績によって「研究会」への昇格が運営委員会において動議される。なお、同好会に留まる限り予算は配分されない。



 わざわざ調べるまでもなかった。生徒手帳の後ろのほうにそう書いてある。

 さて、必要な書類一式整えるのはなんとかなりそうである。要は作文の問題だ。

 だが問題は人数……


 片っ端から体験入部したのにその全てを蹴ってしまった涼宮ハルヒ。もはや校内においてその名前は悪い意味で有名になっており、そのハルヒ主催の部活に入りたいなどと思う者が果たしているのか、という厳しい状況だ。

 既に中学校時代には数々の怪事件の犯人だと疑われ(〝多分わたしがやった〟と聞いてしまったが)ている。言動がおかしい人間と関わりたいという人間がいるとも思えない。

 名前さえ借りるのも困難だろう。

 俺がさきに『イエス!』と言えなかったのもこのせいなのだ。俺とハルヒだけじゃ、あと三人も足りない。


 「ね、わたしといっしょに部活作ろうよ」と誘い、誘った相手に片っ端から断られたら精神はどうなっちまうんだ?

 ハルヒは〝片っ端から振られた〟ことになっているが、あれは渋々付き合ったというシチュエーションだ。本当にやりたいことがあって、それに誰一人協力してくれなかったらアイツはどうなる?


 部活を自分で作っちまおうなんて、アイツは勇気があるなぁ。

 誘った人間が誰も入ってくれず惨めな思いをするだけっていう想像をしないのだろうか?

 ほどなく傷ついて帰ってくるような気がする。


 これはもう俺は『イエス』と言うしかないだろう。

 取り敢えずどう書類をでっち上げるかだ。

 「創造的かつ活力ある学校生活を送るのに相応しいもの」のように見えるよう粉飾しなければ。

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