第8話【あなたの意見が聞きたい】

「あなたの意見が聞きたい」

 およそあり得なさそうなことばがハルヒさんの口から出てきた。俺はまた袖口を掴まれ

屋上へ出るドアの前へと連れてこられていた。


「何についての意見だ?」

「いろんなこと」

「なんだそりゃ?」

「いいから言ってみて。例えば……わたしのこと。わたしのしたことしてきたこと、どう思う?」

 ハルヒさんの顔は何かを思い詰めたようなそんな顔で思わず瞳の中に吸い込まれてしまいそうだ。

「何でも言っていいのか?」

「何でも言って欲しい」


「谷口から涼宮さんについての噂をいろいろ聞いた」

「ちょっと待って」

「何か?」

「〝涼宮さん〟なんて呼び方じゃなくて、〝ハルヒ〟って呼び捨てでいいから」

 えぇっ⁉

「それとあと、あなたの呼び方だけど、なんて呼べばいいの?」


 そんな仲じゃないのは解りきっている。つまり下の名前を呼び捨てで呼び合う仲だ。まあ彼氏彼女の仲か、限りなくそれに近い仲だ。そんなんじゃないので妥協してしまった。


「本当に〝キョン〟なんて呼び方でいいの?」ハルヒさん、いやハルヒはそう訊いた。

「それでいい」

 いや、本当は良くない。いいことにしてしまっただけだ。


「キョン、谷口くんから何を聞いたの?」

「いろいろと良くない噂だ。なんというか、ハルヒ、あれ本当にやったのか?」

「そう。やった。多分全部わたしがやったこと」

「そうか……」

「それがどうかしたの?」

「それで何か変わったか?」


「……変わらない」

「やっぱりな」

「何が言いたいの?」

「残念ながら凡人たる我々は、人生を凡庸に過ごさざるを得ない。身分不相応な冒険心なんか出さないほうが——」

「うるさい」

「……」

「——って言っていいかな?」

 そう言ったハルヒさん、いやハルヒか。ハルヒは泣き出してしまいそうなのを寸前で堪えているような顔をしていた。


「確かに天才ってのはいる。空を飛びたいから飛行機を作ったり、楽に移動したいから車や列車を生み出した」

「わたし達は違うんだね」

「例えが悪かったな。宇宙人や未来人や超能力者を発明できる人間を天才と言うなら、そういう天才はこの世界のどこにもいない」

「まともなことを言うんだね」

「あぁ」

「わたしさ、小学校から今の今まで何度も何度も席替えってのを経験してきたけど、席替えした後も同じ人間が同じポジションに座ってるなんてことは無かった。前にわたしの右隣にいた人間が席替えした後もわたしの右隣にいたとかさ。もちろん左も後ろも前の席もね。ところがキョン、あなたは席替えした後もわたしの前にいるじゃない。あり得ない。でもこれは現実に起こっている。奇跡が起こってる——」

 確かにあり得ないくらいの確率で偶然が起こっている。

「——だから、キョン、あなたが奇跡を呼んでくれるんじゃないかと思った」

 だから俺なんかの話しを聞きたがったのか。

 すまない、と内心思った。期待などさせてすまない、と。

 だけどそんなことは口には出したくもなかった。

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