第7話【運命の席替え】

「生徒が続けざまに失踪したりとか、密室になった教室で先生が殺されていたとか起こらないものね」

 俺とハルヒさんはいつもの階段の踊り場で取り止めもない話しをしている。

「物騒な話しだな」

「ミステリ研究会ってのがあったの」

「へえ。どうだった?」

「笑えない。今まで一回も事件らしい事件に出くわさなかったんだって。部員もただミステリー小説が好きなだけで名探偵もいないし」

「そりゃ、そうだろう」

「超常現象研究会にはちょっと期待していたのにな」

「そうかい」

「ただのオカルトマニアの集まりでしかなかった、どう思う?」

「どうも思わん」

「つまらないな……どうしてこの学校にはもっとマシな部活動が無いんだろう?」

「マシとは?」

「高校にはもっとラディカルなサークルがあると思ってたのに。まるで甲子園を目指す気まんまんで入学したのに野球部が無かったと知らされた野球小僧みたいな気分」

 ラディカル、ラジカル。意味、『過激なさま・急進的』。お前は出入り口にガラクタを積み上げ封鎖したいのか?

「無いもんはしょうがないだろ」俺は意見してやった。これ以上この話しをしていてもなんらの益にならんのは解りきっていたからだ。

「結局のところ、人間はそこにあるもので満足しなければならないのさ」

「否定意見ばかり。うるさいだけ」

 〝やれやれ〟ポジションの人間などお呼びでないか……

 ハルヒさんは腹を立ててしまったのか帰ってしまった。




「おい、キョン」

 休み時間、谷口が難しい表情を顔に貼り付けてやって来た。

 ちなみにキョンというのは俺のことだ。最初に言いだしたのは叔母の一人だったように記憶している。何年か前に久しぶりに会った時、「まあキョンくん大きくなって」と勝手に俺の名前をもじって呼び、それ聞いた妹がすっかり面白がって「キョンくん」と言うようになり、家に遊びに来た友達がそれを聞きつけ、その日からめでたく俺のあだ名はキョンになった。くそ、それまで俺を「お兄ちゃん」と呼んでいてくれてたのに。妹よ。

 いや、んな過去のこと今はどうでもいい。俺に何の用だ? そんな顔してると本当にアホみたいだぞ、谷口。

「ほっとけ。んなこたぁいい。それより、お前どんな魔法を使ったんだ?」

「魔法って何だ?」

「このところ毎日、昼休み毎に涼宮と連れだってどこかへ消えてるだろ。いつからお前らそんな仲になった?」

「そりゃ、その少し前からだろ」

「何を言ってそうなった?」

「知らん」

「驚天動地だ」

 あくまで大げさに驚きを表明する谷口。その後ろからひょっこりと国木田が顔を出した。

「昔からキョンは変な女が好きだからねぇ」

 誤解を招くようなことを言うな。

「キョンが変な女を好きでもいっこうに構わん。俺が理解し難いのは、キョンが涼宮と連れだってどこかへ行けてるってことだ。納得がいかん」

「それは三年間同じクラスだったのにってことか?」

「バカ言うな。涼宮個人にどうこうはねえよ。俺はお前に負けてるとはどーしても思えねー」

 そういうことかよ。なんつったっけ? マウンティングってやつか。人間サマが何をやっているんだか。

「あたしも聞きたいな」

 男子同士のバカ話にいきなり女の声が入り込んできた。軽やかなソプラノ。見上げると朝倉涼子の作り物でもこうはいかない笑顔が俺に向けられていた。

「あたしがいくら話しかけても、なーんも答えてくれない涼宮さんがあなたにはいろいろなことを話してくれるみたいね。コツでもあるの?」

 俺は一応考えてみた。というか考えるフリをして首を振った。考えるまでもないからな。

「解らん」

 朝倉は笑い声を一つ。

「ふーん。でも安心した。涼宮さん、いつまでもクラスで孤立したままじゃ困るもんね。一人でも友達が出来たのはいいことよね」

 どうして朝倉涼子がまるで委員長みたいな心配をするのかと言うと、委員長だからである。


 とは言え、だ。俺がその期待に応えることは無いような気がする。確かに何事か話し、ある程度の時間会話も続けることが出来た。

 だが早くも俺は飽きられ始めている。これまで涼宮ハルヒが遭遇してきた男たち同様に。なにせ俺は涼宮ハルヒが最も嫌う〝普通の男〟なのだ。

 それに既に致命的なことを言われてる。


 『否定意見ばかり。うるさいだけ』


 これはキツイ。俺という人間の人間性が否定されたも同じだ。

 間もなく席替えだ。これをきっかけとしてハルヒさんとの接点は無くなるだろう。

 正直惜しいし残念だ。

 だがしょうがないよな。


 席替えは月に一度といつの間にやら決まったようで、委員長朝倉涼子がハトサブレの缶に四つ折りにした紙片のクジを回して来たものを引くと俺は中庭に面した窓際後方二番目というなかなかのポジションを獲得した。

 その後ろ、ラストグリッドについたのが誰かと言うと、なんてことだろうね、涼宮ハルヒがまるで超常現象をたった今目の当たりにしたような顔をして座っていた。


「なんでまたあなたが前にいるの? あり得ない——」そう言った。

 俺はそのことばをあまりに率直に受け取った。

「悪かったな、また前で」、そう返した。


「悪くない」ハルヒさんが口にした。

 は?

「悪くないから」、もう一度。

 それを言った涼宮ハルヒさんの瞳が透き通っているように見えたのは気のせいだろうか。

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