第6話【涼宮ハルヒの男遍歴】

 別の日、屋上へ出るドアの前、再び涼宮ハルヒさんとここにいる。俺が連れ込んだんじゃねえ。ハルヒさんがここがいいのだと言ったからだ。


 今からする話しは非常に勇気を伴う話しで、下手をすれば五分後に〝しなけりゃよかった〟になりかねない話しだ。みっともない話しだがどうしても確認しておきたかった。何しろ間もなく席替えだ。席が替わってしまったらこういうところまで話しを持っていくきっかけすら無くなってしまう。

 俺も何をやっているんだかなぁ。


「ちょいと涼宮さんのことで小耳に挟んだんだけどな」

「どうせロクでもないことなんでしょ?」

「実はそうなんだ」

「じゃあ聞かないでくれた方がいいけど」

「できればそうしたい。だけど止まらないというか」

 涼宮ハルヒさんは無表情顔から僅かに眉を動かした顔になった。微妙な顔だ。

「付き合った男全てから振られたって本当か?」

「なんであなたにそんなことを言わなくちゃいけないの?」

「確かにそうなんだが、あり得ないと思って」

「出どころは谷口くん? 高校に来てまで同じことになるなんてね」

「どういう感じで聞いたか知らないけど、多分全部本当だから」

「一人くらいはまともに付き合い続けようとする奴がいたはずだ」

「わたしが全然ダメ」

 〝わたしがダメ〟とはやはり『嬉しそうになれない自分』のことを言っているのか?

「誰も彼も普通過ぎる人ばっかり。日曜日に駅前に待ち合わせ、行く場所は判で押したみたいに映画館か遊園地かスポーツ観戦、ファストフードで昼ご飯食べて、うろうろしてお茶飲んで、じゃあまた明日ね、ってそればっかり」

 それのどこが悪いのかと思ったが、口に出すのはやめておいた。『意見が違うのね』と言われるのがオチだ。

「そのせいで男に振られる方法が解った」

 そうなのか? ハルヒさんが振られ続けたというのはやはり故意だということか?

「なにか楽しそうなイベントで過ごした後ため息をつくの。そうすると相手は引いていく。怒ったら『ごめんなさい』って言う。後は何を言われてもひたすら黙っておく。従順ではないところを見せるの。自分からその場は決して去らない。去ると追ってくるから」


 これは涼宮ハルヒ流の〝振られ方〟なのか。それを男の俺に話してどうする? っていうか実践の必要のある人間は女でも限られるぞコレ。さらに、っていうか、女子が聞いたら本気で怒る者が続出するぞ。本当に嫌われ者になってしまいそうだ。

 とは言え、聞いた話しを片っ端から真実だと思い込めないのも俺なのだ。何しろサンタなど最初から信じていなかったんだからな。

 〝振られただろ?〟などと訊いて『振られた』と答えるほど安いプライドは持っていないだろう、涼宮ハルヒは。だから強がりを言ってるだけっていう可能性もある。


「元々告白がほとんど電話だったし、本当に何だったんだろう、あれ。そういう大事なことは面と向かって言って欲しかった」

「まあ、そうかな。俺ならどっかに呼び出して言うかな」


 などと口では言いながら告白を電話でしてしまった男の気分も解らないではない。面と向かって告白するだけで非常な決意とストレスを必要とするのに、その上その場で振られたらもう立ち直れないだろう。まして告白したほぼ全ての男はスペック的に涼宮ハルヒとは釣り合わなかったろう。きっと最初から萎縮しっぱなしで、でもギリギリの勇気を振り絞ったんだ。同じ男だ。それくらいの気分は解る。


「そんなことはどっちでもいい」ハルヒさんは言った。

 ——もしや、心にもないことを言ったと見透かされたのか?

「問題はね、普通のありふれた男しかこの世に存在しないのかってこと。中学時代はイライラしてばかりだった」

 今も変わらないような気がするが。

「じゃ、どんな男ならよかったんだ? やっぱりアレか、宇宙人か?」

「宇宙人、もしくはそれに準じる何か……とにかく普通の人間でなければ男でも女でも構わない」

「どうしてそんなに人間以外の存在にこだわるんだ?」

「そっちの方が面白いと思わない?」

 それは……そうかもしれない。だがな——、というのが俺の立場になるよなぁ。ただそれを音声に乗せられない。

「だからよ……」ハルヒさんが口を開く。

 だから——

「だから、わたしは、こうして一生懸命……、」ハルヒさんが続ける。

 一生懸命——

「もういい、帰る」

 そうハルヒさんに言われてしまった。

 当意即妙に返すことができなかった。これで今日は終わりになった。百パーセント共鳴し同意できなくて申し訳ない。だが現状に愚痴ていてもマイナスエネルギーを溜め込むだけなのだ。

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