第5話【ターニング・ポイント】

 そんなこんなをしながら——もっとも、そんなこんなをしていたのはハルヒだけだったが——五月がやってくる。


 教室に入ると涼宮ハルヒはとっくに俺の後ろの席で涼しい顔を窓の外に向けていて、今日は頭に二つドアノブを付けているようなダンゴ頭で、それで俺は、ああ今日は二カ所だから水曜日かと認識して椅子に座り、そして何か魔が差してしまったんだろう。それ以外の理由に思い当たるフシがない。気が付いたら涼宮ハルヒに話しかけていた。

「曜日で髪型変えるのは宇宙人対策か?」

「いつ、気づいちゃったの……?」

「んー、ちょっと前」

「そう……そうなんだ」

 頬杖をついて

「——わたし、思うんだけど、曜日によって感じるイメージってそれぞれ異なる気がするのよね……」

 初めて会話が成立した。

「色で言うと……月曜は黄色。火曜が赤で水曜が青で木曜が緑、金曜は金色で土曜は茶色、日曜は白よね」

「つうことは、月曜がゼロで日曜が六なのか?」

「そう」

「俺は月曜は一って感じがするけどな」

「あなたとわたしは意見が違うんだね……」

「……そうかい」

 投げやりに呟く俺の顔のどこがどうなのか、ハルヒは気の乗らないような顔でこっちを見つめ、俺が少しばかり精神に不安定なものを感じるまでの時間を経過させておいて、

「わたし、あなたとどこかで会ったことある? ずっと前に」

 確かにそういう映画が凄まじい興行成績を叩き出した。観たのか?

 しかし残念ながら答えは、

「いいや」だ。

 岡部担任が教師が軽快に入ってきて、会話は終わった。


 きっかけ、なんてのは大抵どうってことないものなんだろうけど、まさしくこれがきっかけになったんだろうな。後々から考えればここが正に転換点だった。

 だいたいハルヒは授業中以外に教室にいたためしがないから何かを話そうと思うとそれは朝のホームルーム前くらいしか時間がないわけで、たまたま俺がハルヒの前の席にいただけってこともあって何気なく話しかけるには絶好のポジションにいたことは否定できない。


 しかしハルヒがまともな返答をよこしたことは驚きだ。てっきり、「わたしと話しをしていると時間の無駄になりますよ」と言われるものだとばかり思っていたからな。思っていながら話しかけた俺もどうかしているが。

 だからハルヒが翌日、法則通りなら三つ編みで登校するところを、長かった麗しい黒髪をばっさり切って登校したときには、けっこう俺は動揺した。

 腰にまで届こうかと伸ばしていた髪が肩の辺りで切りそろえられていて、それはそれでめちゃくちゃ似合っていたんだが、それにしたって俺が指摘した次の日に短くするってのも短絡的にすぎないか、おい。これもあの映画みたいだ。

 そのことを尋ねるとハルヒは、

「関係はないです」

 相変わらず表情に乏しく言うのみで特別な感想を漏らすわけもなく、髪を切った理由を教えてくれるわけもなかった。



「全部のクラブに入ってみたってのは本当なのか?」

 あれ(曜日によって髪型を変えることを指摘したこと)以来、ホームルーム前のわずかな時間にハルヒと話すのは日課となりつつあった。話しかけない限りハルヒは何のアクションも起こさない上、昨日のテレビドラマとか今日の天気とかいったハルヒ的「死ぬほどどうでもいい話し」にはノーリアクションなので、話題には毎回気をつかう。

「どこか面白そうな部があったら教えてくれよ。参考にするからさ」

「その話しはどうしても聞いておきたい話しですか?」

 やけに真剣な顔で俺の目をのぞき込んでくる。

 まあ自分で聞いておいて今さら『聞かなくてもいい』とは言えない。

「まあそうなんだが話したくなければ——」

「今日の昼休みです」ハルヒは言った。

「聞きたい話しがあるなら昼休みまで忘れないでおいて」さらにそうダメを押された。


 さて昼休み。

 俺はハルヒにくいくいっと袖口を引っ張られている。

 オイ、周囲の視線!

 教室を出て廊下をずんずん進み階段を一歩ずつ登り屋上へ出るドアの前まで来て停止する。

 屋上へのドアは常時施錠されていて、四階より上の階段はほとんど倉庫代わりになっている。多分美術部だろう。でかいカンバスやら壊れかけのイーゼルやら鼻の欠けたマルス像やらがところ狭しと積み上げられていて、実際狭い。しかも薄暗い。

 こんな所に連れ込んで俺をどうしようというんだ。

「部活について聞きたいことがあるん——だよね?」

「まあ、そうなんだがお勧めの部とかはあるのか?」

「ないです」ハルヒは即答した。

「全然ないです」

 駄目押ししてハルヒは蝶の羽ばたきのような吐息を漏らした。ため息のつもりだろうか。

「高校に入れば、なにかもっとおもしろいものだと思っていたけど、これじゃ義務教育時代と何も変わらない……他の学校に入っていたら違ったのかな……」

 何を基準に学校選びをしているのだろう。

「運動系も文化系も本当にもうまったく普通。これだけあれば少しは変なクラブがあってもよさそうなのに……」

「何をもって変だとか普通だとかを決定するんだ?」

「わたしが気に入ってしまうようなクラブが『変』なので、そうでないのは全然普通。わたし、そういう風に決めているんだ」

「そうなのか」

「その言い方……やっぱり意見が違うんだね……」

「あの、それより、なんでここで話しをしてるんだ?」

「なぜって、教室にはもう部活に入部しちゃった人も多いでしょうから、その人たちの前でせっかく入った部の悪口は言いたくない。ただわたしに合わないだけなんだから」

「涼宮……さん……」

「どうかした?」

「いや、そこまで気を使えるのになんで……?」

「なんでそんなに変なの? って言いたいんでしょ?」

 そのままそっぽを向かれ、この日の会話、終了。

 だが俺は涼宮ハルヒさん(もはやさん付けだ)がイイと思った。すごくイイ!

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