第3話【情報収集】

 別段一人で飯を喰うのは苦にならないものの、やはり皆がわいわい言いながらテーブルをくっつけているところにポツンと取り残されるように弁当をつついているというのも何なので、というわけでもないのだが、昼休みになると俺は中学が同じで比較的仲のよかった国木田と、たまたま席が近かった東中出身の谷口という奴と机を同じくすることにしていた。

 涼宮ハルヒの話しが出たのはその時である。


「お前、この前涼宮に話しかけてたな」

 何気にそんなことを言い出す谷口。まあ、うなづいとこう。

「わけの解らんことを言われてけんもほろろだろ?」

 その通りだ。

 谷口はゆで卵の輪切りを口に放り込み、もぐもぐしながら、

「もしあいつに気があるんなら、悪いことは言わん。やめとけ。涼宮が変人だってのは充分解ったろ」

 だが半分くらいしか同意はできん。

「多少変わっているかもしれんが、温和しそうで、そうそう悪い奴にも見えないが」

「あー、やっぱりそう見えるか」

 谷口は中学で涼宮と三年間同じクラスだったからよく知ってるんだがな、と前置きし、

「あいつには奇行の噂が付きまとっている。既に中学の時から言動が変だった。高校生にもなったら少しは落ち着くかと思ったんだが全然変わってないな。聞いたろ、あの自己紹介」

「あの宇宙人がどうとか言うやつ?」

 焼き魚の切り身から小骨を細心の注意で取り除いていた国木田が口を挟んだ。

「そ、中学時代にも同じことを言ってたっけ」谷口は言った。

「それはそれとして〝噂〟は尾ひれに過ぎんだろ」俺は谷口にまるで反駁するように言っていた。

「それどんな噂なの?」今度は国木田が訊いた。

「校庭落書き事件、これをやったのが涼宮じゃないかっていうのが東中のもっぱらの噂」

「何だそりゃ?」

「石灰で白線引く道具があるだろ。あれ何つうんだっけ? まあいいや、とにかくそれで校庭にデカデカとけったいな絵文字を書きやがった奴がいる」

 その時のことを思い出したのか谷口は腹立たしそうな顔をした。

「驚くなよ。朝学校来たらグラウンドに巨大な丸とか三角とかが一面に描きなぐってあるんだぜ。前日までんなもん描いてなかったのに。近くで見ても何が描いてあるのか解らんから試しに校舎の四階から見てみたんだが、やっぱり何が描いてあるのか解らんかったな」

「あ、それ見た覚えあるな。確か新聞の地方欄に載ってなかった? 航空写真でさ。出来そこないのナスカの地上絵みたいなの」と国木田が言う。俺には覚えがない。

「問題はその後だ。全校生徒グラウンドに総出で落書き消しをやらされた。つまらんことをする奴のおかげで全くこっちはいい迷惑だったぜ。当然、こんなアホなことをした犯人は誰だってことになったんだが……」

「その犯人が涼宮ハルヒだっていうのか?」

「まああくまで噂だが」

「それは濡れ衣じゃないのか?」

「アイツの言動が変だって言ったろ。涼宮があの時なんて言ったと思う? 『せっかく描いてあるのに消すのはもったいない』って言って消すことに反対したんだ。そんなことを言い出すのは涼宮だけだったから自然『アイツが描いたから消されたくなかった』ってことになった」

「それで最終的にどうなったんだ?」

「教師に問い詰められても『やった』とも『やらない』とも言わないんだな。まあ黙秘を貫いたってやつさ。最終的に校長室にまで呼ばれたがとうとう最後まで態度は変えなかった。証拠不十分で問い詰める側も結局お手上げ」

 そこまで言うと谷口は白飯をもしゃもしゃと頬張った。

「まあ夜の校庭なんて入る気になれば誰にも入れるからな、ウヤムヤさ。だが涼宮自身の言動のせいで〝あいつがやった〟ってことになったってわけ。後はお前が言ってた通り尾ひれが付いた。UFOを呼ぶための地上絵を描いただとか悪魔召還の魔法陣だとか異世界への扉を開こうとしていたとかさ。まあ気味悪がられてたな」


 俺は頭の中でその光景を想像してみた。

 真っ暗の校庭に真剣な表情で白線を引いている涼宮ハルヒ。ガラゴロ引きずっているラインカーと山積みにしている石灰の袋はあらかじめ体育倉庫からガメていたんだろう。懐中電灯くらいは持っていたかもしれない。頼りない明るさに照られた涼宮ハルヒの顔はどこか思い詰めた悲壮感に……

 ダメだ。怖すぎる。なぜだか八つ◯村を思い出しちまった。


「他にもあったな」

 谷口は弁当の中身を次々片づけつつ、

「学校中に変なお札、キョンシーが顔にはっ付けているようなやつな、あれがペタペタ貼りまくられたこともあった」

「それも涼宮がやったってのか?」

「あくまで噂な。あと学校の屋上に星マークがペンキで描かれていたり、さすがにこれは屋上だから内部犯行説が疑われたが今度は涼宮が何も言わないから結局これもまたウヤムヤだ」

「噂ばかりだな」

「確実にアイツがやった、というケースもある」

「そうなのか?」

「空き教室を多目的教室にするため机を移動させたことがある。どういうわけか涼宮がそれを一人でやりたいと買って出て、まあ結局本人が言うもんだからクラス連中も一人に任せてしまったわけだ。ところがなぜか机は全部廊下に出されて並べられてて他の教室へは運ばれていなかった。意味わかんねーよ」


 ところで今教室に涼宮ハルヒはいない。いたらこんな話しも出来ないだろうが、たとえいたとしてもまったく気にもしないような気もする。その涼宮ハルヒだが、四時間目が終わるとすぐ教室を出て行って五時間目が始まる直前にならないと戻ってこないのが常だ。弁当を持ってきた様子はないから食堂を利用しているんだろう。しかし昼飯に一時間もかけないだろうし、そういや授業の合間の休み時間にも必ずといっていいほど教室にはいないし、いったいどこをうろついているんだか。


「でもなぁ、あいつモテるんだよな」

 谷口はまだ話している。

「なにせツラがいい。基本性格はおとなしめ。信じられないだろうがスポーツ万能で成績もどちらかと言えば優秀だしな。喋ることが少しおかしいとか変に強情なところがあるくらいは簡単に目をつむれるんだろ。友だちはいないし少し親切にしてやれば簡単に落ちるって思われるんだろうな」

「それにも何かエピソードがあんの?」

 問う国木田は谷口の半分も箸が進んでいない。

「一時期は取っ替え引っ替えってやつだったな。俺の知る限り、一番長く続いて一週間、最短では告白されてオーケーした五分後に破局していたなんてのもあったらしい。例外なく涼宮が振られて終わりになるんだが、その際に涼宮が言う捨て台詞がいつも同じ、『普通の人間の相手をして損しちゃった』。ならもうオーケーなんてしない方がいいんじゃねえか」


 一方的に告白をした側が一方的に振っていくなんてそんな理不尽があるのか?

 こいつもその中の一人かもな。そんな俺の視線に気付いたか、谷口は慌ててふうに、

「聞いた話しだって、マジで。何でか知らねえけどコクられて断るってことをしないんだよ、あいつは」

「なんで涼宮ハルヒは高スペックなのに片っ端から振られ続けるんだ?」

「さあな、これも聞いた話しだが要は〝楽しそうにしない〟ってことらしいぜ。普通『つき合ってください』『はい』、の直後はスッゲー楽しい気分になるもんじゃねーか? どうも涼宮の場合それが無いようなんだ。いっしょにいて重々しいだとか嫌な気分になって来るってのは致命的だろ。誰が一番最初に言いだしたか『涼宮ハルヒの憂鬱』なんて言われてたな。三年になった頃にはその辺の事情はみんな解ってるもんだから涼宮と付き合おうなんて考える奴はいなかったけどな。でも高校でまた同じことを繰り返す気がするぜ。だからな、お前が変な気を起こす前に言っておいてやる。やめとけ。こいつは同じクラスになったよしみで言う俺の忠告だ」

 やめとくも何も、そんな気ないんだがな。

 食い終わった弁当箱を鞄にしまい込んで谷口はニヤリと笑った。

「俺だったらそうだな、このクラスでのイチオシはあいつだな、朝倉涼子」

 この後続く谷口の朝倉評は正直どうでもいい。美人であることは否定しないが。

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