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 昨日はゲームとその後の素振りの影響で疲れが溜まり、昂ぶっていた気持ちとは裏腹にぐっすりと眠る事が出来た。朝目が覚めても疲れが残っている事はなく、さっぱりとした気持ちで今日を迎える事が出来た。

 両親を見送り、床を掃除機でゴミを吸い込み、洗濯物を洗って干すと言う休日の日課を終え、正午になりかけた所で昼食を作る。昨日の夕飯で作った豚カツの残りが冷蔵庫に眠っているので、それを利用してカツ丼を作った。

 昼食のカツ丼を食べ終え、軽く休憩がてら自室で午後一時になるのを待つ。

「さて、STOの世界に行くか」

 タブフォで午後一時になったのを確認したので、DGを被り、ベッドに横になって起動させる。

 即座に立っている感覚に見舞われ、昨日訪れたシンセの街へと降り立つ。

「……広場に来るのか」

 辺りを見渡し、昨日初ログインした時と同じ中央の広場に俺はいた。どうやらログアウトをすると次回からは絶対にここから始まるようだ。

 で、ここに来るとなると。

「……また卵が空から降って来るな」

 今日始めた新規プレイヤーの下へと天から卵が降りてくる。

 …………成程な、緑髪の言っていた事が分かった。ログインする毎にこの広場に降り立つのなら、卵が降ってくる景色なんて嫌と言う程見てしまうだろう。これなら、古参プレイヤーは耐性が出来たり、もう飽きたりするだろうな。

「しー」

 と、俺の足をリトシーが頭でグリグリと押し付けてくる。こいつも俺がこの世界に来た時と同じタイミングで来たんだろうな。

「今日もよろしくな」

 しゃがんでリトシーの頭を撫でる。

「しーっ」

 リトシーは任せとけと言わんばかりに大きく頷いてくれた。

「さて、あいつに連絡入れるか」

 メニューを呼び出して、フレンド欄をタップ。二人登録されているうち、『サクラ』を選択してボイスチャットを行う。

 メニューのウィンドウに重なるように『発信中』と受話器が震えている電話マークが浮かび上がってくる。それにしても、この電話、黒電話だ。それもプッシュ式じゃなくてダイアル式だ。何故にこれをチョイスした?

『は、はい。サクラです』

 と、俺の疑問を余所に電話マークの受話器が取り外された状態になり文字も『通話中』に変わり、桃色髪に無事繋がった。流石にテレビ電話とかと同じように相手の顔は表示されないか。別に表示されてもいいとは思うが、まぁ、あくまで連絡手段の一つなのでそこまでいくのは高望みだろう。

 取り敢えず、桃色髪も時間通りにログインしたようなので、今どの辺りにいるのかを訊くか。

「お前、今何処だ?」

『えっと、最初に始めた時にいた広場にいます』

「それは分かってる。広場の何処にいるのかって訊いてるんだ」

『す、すみませんっ』

 別に怒っている訳ではないので、いちいち謝らなくてもいいのだが。それよりも場所を言って欲しい。

「で、何処だ?」

『あっと、東門に向か通りの前にいます』

「分かった。直ぐ行く」

 訊くだけ訊くと俺はボイスチャットをやめ……これ、どうやってやめるんだ? ウィンドウは受話器を取り外したレトロな電話が表示されているだけで、通話終了のアイコンなんて存在しない。どうする? いっその事ボイスチャットをしたまま東の方に行くか?

「しー」

 と、急にリトシーが跳び上がり、頭に生えている二葉でウィンドウの電話マークに触れた。

 すると、受話器が元の位置に戻り、『通話終了』となってウィンドウが閉じた。成程な、電話マークに触れればボイスチャットは終了するのか。

「ありがとな」

「しー♪」

 礼を言いながらリトシーを撫で、開いたままのメニューからマップを表示させる。

 今いる場所が南門へと通じる道付近なので、この辺りには桃色髪はいない。マップを閉じ、人を避けながら東門方面へと歩いて行く。

「あ、オウカさん」

 東の通路が見えると、姿を見付ける前に桃色髪の声が聞こえてくる。どうやらあっちはこっちを見付けたようだ。俺は見付けられてないけど。

「しーっ」

 と、横にいたリトシーが右斜め後方へと向かって跳んで行く。そっちを向けば駆け足でこちらに来る桃色髪と魚の姿を確認出来た。俺の視界外から来ていたら、見付けられないのも当然だな。

「お待たせしました」

「ふぁー」

 俺の前で止まると、軽く頭を下げる桃色髪。魚はリトシーに軽く体当たりして、リトシーも魚に軽く頭突きをする。これがこいつらのスキンシップなのだろうな。笑顔で互いにやっていたからな。

 こうして変なトラブルも起きる事も無く、パーティー集結したので、

「じゃあ、行くか」

「はい」

「だが、その前に」

「はい?」

 桃色髪はきょとんとして小首を傾げる。いや、お前は合流したら直ぐ外に出るつもりだったのか? それは流石に無謀と言うものだぞ。

「生命薬とか、お前の防具を買いに行くんだ。その後に外に行く」

 分かっていない桃色髪にやや嘆息しながらもこれから予定を掻い摘んで説明する。

 外に出る前に先にこれらは用意しておかないといけないだろう。昨日の経験からして、生命薬は多く持っていた方がいい。ログアウトや時間経過で自動回復しないので半分を切った段階で生命力を回復させていくのが効率はいいだろうと思う。

「少なくとも、お前は武器はまだいいにしろ、防具は必要だろ」

 あと、こいつは攻撃手段を持ち合わせていないので、孤立してしまった場合の延命措置として防具で耐久力を上げるしかない。何時も近くに俺や桃色髪のパートナーである魚がいる訳ではないので。

「そうですね」

 納得したようで、桃色髪は手をぽんと叩く。その動作する奴初めて見たぞ。

「と言う訳で、まずは薬屋行くぞ」

 マップを開き、先日登録した薬屋の場所を確認してそちらに向かう。

「取り敢えず、買えるだけ買うか」

 俺はリトシーが稼いでくれた1200ネルプラス俺の元々の所持金10ネルを合わせれば1210ネル。生命薬は一個180ネルなので六個買える。これだけ買えば、取り敢えず昨日受けたダメージ分も回復出来るだろう。

 薬屋に着き、俺は六個、桃色髪は五個買った。

「お前、防具買う金残ってるか?」

「あ、はい。昨日ファッピーから受け取ったお金も合わせれば2000ネルあります」

 昨日、桃色髪はケーキと紅茶の代金を払った段階で500ネルあったから、二人で2400ネルを稼いだ事になる。リトシーも1200ネル貰っていたので、あの喫茶店は二時間手伝うと1200ネルの給金となるようだ。

「次は防具を買いに行くぞ」

 薬屋を後にして、次の目的地である武器屋へと向かう。昨日赴いた際に皮の鎧とか、そのようなRPGで定番の初期防具が売っていたのを確認済みなので在庫切れとかでない限りは今日もある筈だ。ゲームでも在庫切れがあるか分からないが、現実のように作られた世界なのである確率の方が高いな。

 と、隣を歩く桃色髪が「あっ」と声を上げて俺に視線を向ける。

「オウカさんは防具いいんですか?」

「俺は暫くはいい。金もないし」

 所持金は130ネル。一番安い皮の鎧が300ネルだったので全然足りない。それならば生命薬を六個買わずに五個に止めておけば皮の鎧は買えたのではないかと思うが、一応自分の防御力よりもパーティー内でも回復手段を多く持っておきたかったので生命薬を選んだ次第だ。

「そうですか。なら、僕が代わりに」

「別にいい」

 何を言わんとしたのか予想した俺は桃色が最後まで口にする前に首を横に振る。お前は他人の装備よりも自分の装備を優先させろ。そうしないと何かあった時にえらい目を見るだろうからさ。

「そうですか……」

 どうしてだか肩を落とす桃色髪。そんなに俺に防具を装備して欲しかったのだろうか? まぁ、昨日は単眼岩に連続で攻撃され、いいようにダメージ喰らってたからな。それ故に心配でもしてくれたんだと思う。

「心配するな。昨日みたいなヘマをしなければモンスターの攻撃は喰らわない」

 軽く伸びをして、視線を空に向けて答える。

 単眼岩のスピードならホッピーよりも遅いので、余裕を持って攻撃を回避出来るだろう。なので、耐久力を上げなくても平気な筈だ。

「いえ、そっ」

 桃色髪は何故だか言葉を噤んでしまう。

「どうした?」

 気になったので顔を桃色髪の方へと向けるが、そこに桃色髪はいなかった。

「は?」

 何処に行ったあいつ? どうやら魚の方も桃色髪を見失ったらしく、わたわたと辺りに視線を向けている。俺とリトシーも桃色髪を見付ける為に目をあちらこちらに動かす。

 と、誰かに連れられて行く桃色髪を後方に発見する。それも移動速度が速い。恐らく相手は走っているのだろう。桃色髪は半ば引き摺られる形だ。

 これって所謂人攫いに該当するのではないだろうか? 桃色髪を誘拐するメリットはあるか? 一応生産職メインでやろうとしているが、まだ初めて二日目。それも実際に生産スキルを使用していないので何かを作らせようとしても出来のいいものは作れないだろう。いや、そもそも桃色髪のスキル構成を連れ去った相手が知っているとは考えにくいのでこの線は無いな。

 なんて、悠長な事を考えてる場合ではないな。

「行くぞ、リトシー、魚」

「ふぁーっ!」

 と、桃色髪とあいつを連れ去っている奴の方へと駆け出そうとした所に魚が俺の腹目掛けてタックルをかましてきた。

「ぐふっ」

 単眼岩のように重い攻撃ではなかったので後ろに吹っ飛ばされなかったが、二、三歩後ずさるくらいの威力はあった。いきなり何しやがるこの魚は? って、何か目が怒ってないかこいつ?

「しー……」

 と、リトシーが同情の眼差しを向けている。魚に。そして魚を慰めるかのように頭の葉っぱで頭を撫でる。

 何で攻撃を喰らった俺にではなく魚に同情を……って、あぁ、成程。納得した。

 リトシーは自分が球根呼ばわりされるのを嫌がっていた。魚の方も、魚呼ばわりはされたくなかったのか。それは失礼。

「悪い、ファッピー」

「ふぁーっ」

 俺が魚をきちんと名前で呼ぶと、ぷくっと頬を膨らませぷいっと顔を背けるも、目はもう怒っていなかったのでこの件はこれで一段落しただろう。

「って、見失ったぞ……」

 魚、もといファッピーとのいざこざにより完全に桃色髪の行方が分からなくなってしまった。人が行き交う道にはNPCやプレイヤーが闊歩していてそれが余計に桃色髪の行方の攪乱に繋がってしまっている。

「ったく、どうすれば」

 と、ここで桃色髪に直接連絡すればいい事に気付き、桃色髪が消えた方へと走りながら即座にボイスチャットを行う。だが、ボイスチャットを桃色髪がやってくれるかどうかが謎だ。下手をすればもう腕とかを拘束されてメニューも操作出来ない状態になっている可能性もある。そうなるとボイスチャットも当然行う事が出来なくなり、八方塞になってしまう。

 いや、こういう時こそ街行く人々に訊き込みを行えば事は解決するだろう。

『オウカ、さん』

 が、先の予想は杞憂に終わり、運よく桃色髪に繋がった。これによって拘束をされている線も消えたな。

「お前、今何処にいる?」

『……屋根の上、です』

 屋根の上って、あの短時間でわざわざ上ったのか? それも人間を一人抱えてか? 現実では有り得ないが、ここはゲームの中だからそれも可能なんだろう。実際、昨日は緑髪が屋上に上っていた訳だし。

 場所は訊いた。あと訊く事と言えば。

「お前を連れてった奴もいるんだな?」

『います、けど』

 いるのか。

「分かった」

『あ、オウカさ』

 俺はボイスチャットを切り、立ち止まって近くの建物の屋上へと昇ろうとするが、普通にジャンプしても届く訳でも無いし、壁を伝って昇ろうにも煉瓦の継ぎ目に指は引っ掛からない。どうやって昇ればいいんだよ?

「ふぁーっ!」

 そんな俺を尻目にファッピーは普通に屋根の向こう側に消えてしまった。あいつは常に浮いているから、俺やリトシーが苦労する高低差もものともしないな。

 ではなくて、本当にどうするべきか? ファッピーが先に行ったから桃色髪も攻撃手段を手に入れただろうが、それでも連れ去った相手がプレイヤーだとしたらレベル差からして歯が立たないだろう。

「しーっ」

「……ん? どうした?」

 腕を組んで思案顔を作っていると、リトシーが急にその場で飛び跳ね始めた。視線は上に向けられている。

 俺もリトシーと同じ方へと目をやる。と、屋根の方からなにやらロープが垂れさがって来るではないか。

 どうしてロープが垂れさがって来るのかは分からないが、これこそまさに蜘蛛の糸だな。これを使えば俺でも屋上に上る事が出来る。

「行くぞ」

「しー」

 リトシーを頭に乗せてロープを伝って屋上へと向かう。昇るのにも体力を消費するのは今はどうでもいい事か。

「っと」

 上り終え、ロープを手放して桃色髪の姿を捜す。

 五メートル程右四十度の場所に桃色髪と先に向かったファッピーを発見する。

 予想通り拘束はされておらず、五体満足の状態で桃色髪はそこに立っていた。

 だが、先程とは違う点も見受けられる。

「オウカ、さん」

 桃色髪は何処かよそよそしい声で俺の名を呼ぶ。何処か気恥ずかしいのか、顔も少し赤らめており、体を隠すように腕を胸の前でクロスさせ、身を捩っている。

「なぁ」

 俺はそんな桃色髪に遠慮なく疑問をぶつける。

「お前はどうして服が変わってるんだ?」

 桃色髪の服装が、どうしてだか分からないが初期の服装から別の服装へと変わっていた。

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