12

 俺の質問に桃色髪は顔を俯かせ、視線を屋根に固定する。

「そ、それは……」

 そのまま黙り込んでしまう。

 桃色髪の恰好は初期格好のジーンズのようなズボン、ブーツ、麻布のような質感の長袖Vネックのシャツを着込んだものではなく、ホットパンツ? と呼ばれる男子だったら絶対に佩かない物凄く短いズボン、母親が庭の手入れをする時に着用する腕カバーのように丈の長いぴっちりとした指貫のグローブに臍がぎりぎり見える灰色のタンクトップの上に袖の無いホットパンツと同じ生地に見える惜しくも尻の隠れない丈の襟付きジャケットを羽織っている。膝を隠すブーツも金色の鋭利な印象があり、全体的に見れば正にゲームの中の登場人物の恰好となっている。因みに、タンクトップ以外は白を基調としており、所々に金や黒のラインが入っていたりする。

「だから、どうして服変わってんだよ?」

 もう一度訊いてみる。が、今となっては桃色髪は俯いたまま口を開こうとはせず、体を隠すように身じろぐだけだ。そんなに恥ずかしいならもう初期の服装に戻せよ。メニュー画面で一発だろう。

 と、心の中で言っても桃色髪に言っても伝わる事はないので、言葉にして鼓膜に響かせる事にする。

「嫌ならさっきまでの姿に戻れよ」

「それは、無理です……」

 嘆息混じりの俺の声に、ひしり出すように桃色髪は呟く。

「は? 無理?」

 どうしてだ? と俺が桃色髪に訊くよりも早くに答えた人物がいた。

「それはね、サクラちゃんの服は今私の手元にあるからだよ~」

 声のする方へと顔を向けると、しゃがんでロープを巻きとっている女性プレイヤーが一人いた。

 金髪碧眼というファンタジーではお馴染みの姿で、柳眉の下には目尻の上がった勝気の目があり、長い髪を緩く三つ編みにしている。服装はぴっちりとしたズボンにヒールの付いたブーツ、足首まで隠すくらいの丈があるだろうフード付きのロングコートは腰から上を隠すようにその部分を留め具で止めており、これまたぴっちりとしていてボディラインが浮き彫りになっている。

 そいつの服装は色が鉄のような濃い灰色で統一されている。男の俺が言うのも何だが、普通女子はこんな恰好はしないだろう。見た目の年齢が十代後半で俺よりも年上の筈だが、だからこそもう少し御洒落に気を遣う年頃じゃないのか? それとも、このコート女はコスプレとかに興味のある奴なのか? だからこのような女子とは懸け離れた格好をしてるとか?

 それは今はどうでもいいとして、コート女は今、桃色髪の服は自分の手元にあるとのたまったぞ。

「どういう意味だ?」

「どういう意味ってそのままの……ん?」

 ロープを巻きとっていたコート女は一瞬顔を顰めると、ロングコートのポケットに手を突っ込む。そしてそこから一本のナイフを取り出して息つく間もなく巻き取っていたロープを切断した。


「うわぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ⁉」

「ぎゃぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ⁉」


 すると、下の方で叫び声と悲鳴が複数ほぼ同時に上がった。

「ったく、勝手に昇ってこようとしないでよね~」

 コート女は冷たく吐き捨てる。

 どうやら、俺が伝ってここまで来たロープを誰か別のプレイヤーも昇って来たようだ。が、コート女としてはお呼びではなかったらしく、即断即決でロープを切断して物理的にご退場させたようだ。で、先程の叫び声は無慈悲に重力に従って落ちていくプレイヤーの断末魔で、悲鳴はそれを傍観していたor次に昇っていたが先に昇っていたプレイヤーの落下の巻き添えを喰らったプレイヤーのもの、なのかもしれない。

「……で、さっきのはどういう意味だって訊いたんだけど?」

 まぁ、俺とは完全に無関係なのでいちいち下を見る野次馬のような行動は取らないが。それよりもこのコート女の言葉の真意を確かめないとな。

「だから、言葉の通りだって」

 コート女は中途半端に切れたロープを宙に投げながら抑揚のない声で答えになってない端折った答えを口にする。ロープは地面に落ちる事無く光の粒子となって消え去った。

「だから、どうしてお前がこいつの服を持ってんのかって訊いてんだ」

 一応、これは強奪と言う可能性もあるので頭に乗せたままのリトシーを降ろし、腰に佩いている包丁の柄に手を掛ける。パーティーメンバーの装備が盗まれたのだ。取り返さない訳にはいかないだろう。

 スキルの中には【盗術】と言うのもある。文字通り相手からアイテムを盗むスキルだ。初級では相手の装備を盗めないだろうが、中級以上になると出来る可能性がある。恐らく、このコート女は【盗術】スキル持ちなのだろう。

 漸く立ち上がったコート女はやや腰を落として何時でも包丁が抜ける姿勢の俺を見ても慌てる事も無く、あろう事か自分の得物であるナイフをポケットに戻した。あまりにも警戒しなさ過ぎで、余裕ぶっている。初期の服装の俺を見て、レベルもそんなに高くないと判断してるのだろう。それは当たっている。実際、俺のレベルは1のままだし、スキルの経験値もあまりない。

 ぶっちゃけた話、俺は舐められてるのかもしれない。そう思うとこのコート女に苛立ちが募ってくる。力の差があるからなんだってんだ。倒せなくとも一発くらいは当ててその高い鼻をへし折ってやりたくなる。

 俺が足に力を入れ、そのままコート女に突っ込んで行き、居合切りの要領で包丁を振り抜いていく。

 コート女は俺が包丁を振り抜いてもその場を動かなかった。

「甘いね~」

 が、包丁が円の軌道を描いている最中流れるように俺の背後に回り込んでくる。俺の包丁は標的を失って空しく空を切り裂くだけだった。

 振り抜いた俺の背中に触れるコート女。そのまま押してきて、俺は踏み込んだままの姿勢だったので勢いを殺す事は出来ずに前のめりになって屋根に顔を打ち付ける。

「これが剣とか槍だったら君は負けてたね~」

 からからと笑うコート女。それに更に俺は苛立ちを覚える。

「このっ」

 勢いよく立ち上がり、フライパンも振り抜いて二刀流を用いてコート女へと躍り出る。

「オウカさんっ」

「おぶっ」

 が、フライパンを振り被ろうとした瞬間に横から桃色髪のタックルを喰らってそのまま横に吹っ飛ばされる。桃色髪と一緒に。

「何、しやがる。盗まれたお前の服を取り戻そうとしてんのに」

「やめて下さいっ。リリィさんは僕の服を盗った訳じゃないですっ」

 腰にしがみつき、腹に顔を当てている桃色髪がそんな事を必死になって口にする。桃色髪の言葉に苛立っていた俺の心は徐々に沈静化していく。

「は? 盗ったんじゃないのか?」

「もしリリィさんが盗んでいたら、僕は、その……服なんて、着てませんよ」

 …………確かに。服を盗まれていたら桃色髪は服を着てないだろう。生まれたまま……の状態ではないか。これは全年齢対象のゲームだからそんな事にはならない。最低でも下着姿とかになるだろうな。

 だが、桃色髪は下着姿ではなく、しっかりと服を着込んでいる。露出度は少々高いが。

「あのですね」

 桃色髪は顔を上げて俺に事の真実を伝えてくる。

「僕はリリィさんに防具を売って貰ったんです。で、その時の条件で初期の服装はリリィさんに渡すってのがあって、それで今僕の着ていた服はリリィさんの手元にあるんです」

 話が唐突過ぎるな。どうしてこのコート女――リリィと言うらしい――が桃色髪に防具を売ろうとしたのか? そしてそれの条件としてこいつの服を渡すように言ったのか? 色々と疑問は尽きないがまずは一つ尋ねる事にする。

「こいつ、生産職なのか?」

「こいつ言うな。サクラちゃんが言った通り、リリィさん、もしくはリリィおね~さんと言いなさいな」

 コート女を指差しながら桃色髪に尋ねるが、桃色髪ではなくコート女が反応してきた。それも俺に変な呼び名で呼ばせようとしてきやがる。こいつの方が反応してきたので、こいつ自身に訊く事にする。

「で、結局生産職なのか? で、さっきこいつを連れ去ったのもお前でいいのか?」

「お前っても言うな。……まぁ、その質問に対する答えは最初のは半分イエス、最後は全部イエス」

 コート女はさっきは全然俺の質問に答えやがらなかったのに今度は普通に答えてくる。

「一応生産系のスキルは持ってるけど【中級裁縫】と【中級錬金】だけね。他は戦闘系のスキルで埋まってるよ。私は戦闘して自分で素材を集めながら服系統の装備品を作ってんの。生産職でもあって戦闘職でもある訳。だから半分イエス」

 自給自足タイプの生産職か。他プレイヤーに頼らずに製作出来るが、自分で素材を調達する為にあまり政策に時間が取れず、スキルの経験値は生産一辺倒よりも溜まり難いが、プレイヤー関係に左右されないからある意味で安定して製作に専念出来るのだろう。

 そんなコート女は後半の質問は全部イエスと答えた。

「で、何でこいつを連れ去ったんだよ? 現実だったら俺は警察に通報してるぞ」

「それは……仕方なかったんだよ」

 コート女は俯かせ、顔に陰を落とす。何だ? 誰かに脅されたとかなのか?

「だって」

「だって?」

 コート女は顔を一気に上げる。

「サクラちゃんのSSを撮る時に邪魔な外野は写したくなかったんだもん!」

 声高らかに宣言する。因みにSSとは恐らくスクリーンショットの事だろう。ゲーム内でも写真機なるアイテムを手に入れるとゲーム内の景色、人物等を画像としてDG内のフォルダに保存する事が出来るようになる。

 このコート女が桃色髪を連れ去ったのは、他に誰もいない場所でSSを撮りたかったから、と。

「つまり、計画犯だったって事でいいのか?」

「イエス」

 こいつ、犯罪を普通に肯定しやがった。いや、実際に犯罪は犯していないから別にやましい事ではないのか。だからこうやって胸を張って肯定したのか。

 いや、待てよ。この肯定からコート女は以前から桃色髪を狙っていた事になるぞ。

「もしかして、桃色髪の知り合いかお前?」

「こらっ!」

 と、コート女にいきなり頭をすっ叩かれた。

「何だよ?」

「サクラちゃんをきちんと名前で呼びなさいよ! サクラちゃん落ち込んでるじゃん!」

 眉の端を吊り上げながら怒るコート女。俺は視線を下にして未だにしがみついている桃色髪を視界に入れる。

「桃色髪……。名前じゃなくて、桃色髪って、言われた……」

 顔を伏せて俺の腹に押し当てているから表情は見えないが、その呟きには落胆の色が窺える。

「…………ふぁー」

「…………しぃー」

 で、何時の間にか近くに寄って来ていたファッピーは俺を睨みつけて来るし、リトシーは俺を白い目で見てくる。二匹の視線はどれも俺を非難してくる。

 これは、俺が悪いのか? 悪いな。そりゃ、パーティーメンバーに名前で呼ばれず、身体的特徴で呼ばれたらそりゃ落ち込みもするだろうな。

「サクラ、悪かった」

 俺は桃色髪、もといサクラに謝って頭を撫でる。って、何で俺は撫でた? リトシーに何かある毎に撫でてたから反射的にやってしまったか?

「っ⁉ い、いいえ、だだだ、だい、じょっぶ、ですっ!」

 何が大丈夫なのか分からないが、明らかに大丈夫じゃない。声が上擦り過ぎだ。そこまで桃色髪と呼ばれるのが嫌だったのか。リトシーやファッピーも嫌だったのだから、それも当然か。悪い事をしたな。

「次から名前で呼ぶから、許してくれ」

「い、いえ、許すも、なにも、僕、気にして、ません、からっ」

 顔を伏したままそんな動揺した声で気にしてないと言われても説得力に欠けるぞ。物凄い気にしているようだから、次からはきちんと名前で呼ぶようにしよう。と言うか、何故か俺の腹が熱くなってきてるんだが?

「青春だね~」

 で、コート女は変なことを口走る。

「結局、お前はサクラの知り合いなのかよ?」

「だからお前と言うな。その答えはノー」

 むすっとしながらコート女は首を横に振る。

「違うのかよ」

 って、桃色髪の知り合いはSTOにいないって言っていたから、その線はなかったか。

「だったら、何処でサクラの事を知ったんだ?」

「それは……っと」

 コート女は眉根を寄せ視線を横に向ける。それもやや下を見る感じで。

「その質問には移動しながら答えるよ~。ここにいたままだと野次馬が増えそうだからね」

 どうやら、何かしらの方法を使って他のプレイヤーが屋根の上に登ってこようとしているらしい。それもそうだ。俺が昇ってくるのを見ていた筈だし、そして他のプレイヤーが落とされる光景も目にしている。屋上で何が起こっているのか気にならない筈はないか。

「さてさて~」

 コート女は右の袖を軽く捲る。そしてそのまま緑髪がするように天高く右手を掲げる。右の手首には紋様が彫られた銀色の腕輪が装着されていた。

「来て! 四不象!」

 銀の腕輪が光り出す。それに呼応するかのように青天の霹靂が降り注ぐ。突然の強い光に反射的に目を手で覆う。轟音が鼓膜を打ちつける。桃色髪もびっくりしたらしく、更に強くしがみついてくる。

 音が無くなり、光も収まったのを感じ取り、手を退ける。

 先程落雷の落ちた場所に、悠然と何かが佇んでいる。

 そいつは現実の生物のパーツをより集めたような姿をしている。顔は犬のようだが鹿の角が生えており、体は蜥蜴のように鱗がある。尻尾は毛が生えていてふさふさとしており、足の先は馬のように蹄がある。大きさは実物の馬よりも一回り大きいように見える。

 コート女の銀の腕輪が光り、こいつが現れた。そして、コート女はパートナーのモンスターを連れていない。そこから予測するにこいつは。

「……召喚獣か?」

「イエス。この子は私の召喚獣の四不象。さぁさぁ、この子に乗ってここからずらかろうね~。サクラちゃん、その男の子のお腹に何時までも顔を押し付けてると他の誰かに見られるよ~」

 コート女が召喚獣――四不象にリトシーを勝手に乗せながらからかうようにサクラに告げる。

「…………ああああああああああああああああっ! すすすすすす、すみま、せんっ!」

 サクラは顔を真っ赤にして直ぐに俺から離れ、コート女に捕まって四不象の上に乗せられる。ファッピーは今尚顔を赤くしているサクラの隣にスタンバイをする。

「さて、君も乗りなさい」

 俺を片手で担いだコート女が自分の後ろに座らせるように四不象の背中に俺を乗せる。と言うか、片手で俺を担げるのか? これはゲーム内補正か? 筋力の数値が影響してるか?

「それじゃ~、行くよ~」

 前からリトシー、サクラ、コート女、俺の順に四不象に乗り、コート女が四不象の体を軽く叩くと四不象は空を駆け出した。ファッピーは四不象の横について行く。

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