03
一応、俺の予想違いと言う事もあるかもしれないので、念の為この桃色髪に訊いてみる事にする。
「どんなの選んだんだ?」
「【初級裁縫】、【初級調合】、【初級木工】、【初級鍛冶】、【初級錬金】、なんです、けど……」
「そうか」
どもりながらも桃色髪は自分が選んだスキル名を言っていく。と言うかこいつ、声高いな。僕って言ってて髪も短いけどもしかして女か? と言う疑問は今はどうでもいいだろう。今はそんな事よりもこいつのスキル構成だ。
俺の予想通り、この桃色髪が選んだスキルは攻撃系統及び戦闘補助系統のが一つもなかった。別にスキルは個人の好きで選べるのだから文句はないが、これは自らを苦境に立たす構成だろう。
「僕、このゲームは、戦闘よりも物作りを、やりたくて、始めたんです。なので、スキルは、そっち方面のものばかり、選びました」
「そうか」
「スキルは、最初に選ばなかった、ものは、後々習得出来るって、書いてあったので、大丈夫かと、思ったんです」
「そうか」
確かに、STOの説明書にはスキルはレベルが上がる毎にスキルリンク――通称SLを入手し、それを一定数消費する事で新たなスキルを習得する事が出来ると書いてあったな。スキルの最大装備数は十個なので、SLを消費して新たにスキルを習得していくのも冒険を進めていく上で重要な事だ。
「ですけど、このままだと、作る為の素材を自分で、集めるのに、かなり苦労してしまう事に、気付きまして」
「だろうな」
例外は存在するが、武器はその武器に対応したスキルを習得していないと装備出来ない。例えば剣を装備したければ【初級剣術】のスキルを習得しなければ実際に手に持つ事は叶わない。このままだとこいつは素手でモンスターと戦い、素材を得なければいけなくなるだろう。しかも【初級殴術】や【初級蹴術】と言ったスキルも持ち合わせていないので素手の攻撃力は微々たるものだろうから、それで進めていくのは初心者にしてみれば苦行にしかならない。
だから、この桃色髪が一人でレベル上げをしようものなら、言っては何だがかなりの時間を要してしまうだろう。
「誰かに、頼むと言うのも、手なんですけど、知り合いが、いませんし。それに、僕みたいな始めたばっかの、生産職の頼みを、訊いてくれる、プレイヤーがいるとも、思えませんし」
桃色髪は視線を地面に向け、肩を落として息を吐く。緩慢な動作で首を動かして見上げるようにして、卵を腕と胸で挟みながら両手を胸の前で合わせ、俺の顔を覗いてくる。
「なので、差し出がましいとは、思ってますが、新しくスキルを、覚えるまで、パーティーを組んで、モンスターを倒すのを、手伝って、貰えないで、しょうか?」
「何で俺なんだ? 他にも初心者いっぱいいるだろう。と言うか、普通は初心者じゃなくて、少しでもこのゲームやってる奴に頼めば効率はいい筈だ。それこそ、ギルドとか入れば諸々解決するだろ」
先程から疑問に思っている事を口にする。
サービス開始から一週間しか経っていないからギルドが発足しているか定かじゃないが、似たような集まりはあるだろう。そういう所は人数を増やす為に勧誘をやってるだろうし、初心者に対しても何らかの手伝いだってするだろうに。何だって始めたばっかの俺に頼むんだよ。
「…………えっと、ですね。僕、知らない人に、話し掛けるの、苦手、なんです」
桃色髪は俯きながらそう答えた。所謂、人見知りと言うやつなんだろう。だからさっきっからどもりまくり、挙動も不審なんだろう。納得だ。
そんな奴がどうしてこんなオンラインゲームをするのだろうかと疑問に思わないでもないが、こいつ自身が物作りをしたいから始めたと言っていたからな。DGを使えば現実でやるのとほぼ同じように物作り出来るからな。
それでも、だ。
「だから、何で俺? 俺もお前も初対面だろう」
「…………知り合いに、顔が似てて、話し掛け、やすかったんです」
顔を上げながら、それでいてやはりと言えばいいか俺と目を合わせずに桃色髪は俺に声を掛けてきた理由を口にする。
と言うか何だその理由? もし俺が写真を流用していなければこの桃色髪は話し掛けて来なかったって事になるな。にしても、顔が似てるだけで声を掛けやすくなるものだろうか?
と、桃色髪は八の字眉の間に皺をよせ、瞳を潤ませながらやや俯く。
「駄目、でしょう、か?」
「いや、別に構わないが」
俺はすんなりとパーティーを組む事を承諾する。
人見知りの奴が、顔が似ていて話し掛けやすかったとはいえ、初対面の奴に頑張ってパーティーを組もうと言ってきたんだ。無碍にする事も無いだろう。あと、互いに新規プレイヤーなので最初はパーティーを組んでモンスターと相対した方がいいと言うのもある。あと、この桃色髪の性格からして、プライドが邪魔して足の引っ張り合いを起こすなんて事も無いだろうからと言う理由もある。
それに、あの緑髪と違って俺の精神が疲れる要素がないしな。ただ言葉がどもるだけならなんら問題はない。うるさいのよりマシだ。
「あ、ありがとう、ございますっ」
ぱっと顔を上げると桃色髪は頭を深く下げる。
「そんな事いいから、早くパーティー組むぞ」
「は、はいっ」
俺がメニューを呼び出すのと同時に桃色髪もあたふたしながらもメニューを呼び出し、操作していく。どうやらこいつが俺にパーティー申請をしようとしているようだ。俺からしようと思ったが、ここはこいつに申請を送って貰う事にしよう。
代わりに、俺はこいつにフレンド申請でも送っておこう。少なくとも、フレンド登録さえしておけばボイスチャットが使えるようになるし、ゲーム内に一人くらい知り合いがいた方が何かと進めやすいだろうからな。
あと、俺としても生産職のプレイヤーがいた方が何かと都合がいいしな。
俺が桃色髪にフレンド申請を送るのと同時に、メニューウィンドウに重なるように新たにウィンドウが表示される。
『サクラからパーティー申請が届きました。
プレイヤー:サクラとパーティーを組みますか?
はい
いいえ 』
この桃色髪はサクラと言うのか。だから、髪が桃色なのか? と言うか、漢字に直したら俺と一文字違いの名前だな。本名の片仮名表記って訳じゃないだろうけど、結構な偶然だな。まぁ、桃色髪からすれば俺の名前から桜を連想させる事はないだろうし、特にこいつに言う事のものでもないので口を噤んでおく。
俺は『はい』をタップし、桃色髪とパーティーを結成する。申請ウィンドウがやや縮小して『プレイヤー:サクラとパーティーを組みました』と表示された。
「あの……」
と、桃色髪が声を上ずりながら右手を恐る恐る挙げてくる。
「何だ?」
「えと、あなた……オウカさん、から、フレンド申請が、送られてきたん、ですけど」
「した方がいいと思ったから送ったんだが、そこまではしなくてよかったのか?」
「い、いいえっ。しますっ。オウカさんと、フレンドに、なりますっ」
桃色髪は今まで見た事も無いくらいに速い動きで首をぶんぶん振り、若干ふらつきながらも俺が送ったフレンド申請を了承する。
『プレイヤー:サクラとフレンド登録をしました』
これで本日二人目のフレンド登録となった。桃色髪は恐らく俺が最初のフレンドだろうな。知り合いがSTOにいないとか言っていたし。
「じゃあ、早速外に出てレベル上げるか」
メニューを閉じて俺は門を潜る。
「は、はいっ」
何度も首を上下させ、桃色髪も俺の後について来る。
街を出て道なりに歩く。おぉ、風まで再現されてる。肌を撫でる感触とかも、そして鼻孔をくすぐる草の匂いも感じる。
俺と桃色髪の他にもプレイヤーが歩いており、草原にいる奴はモンスターと戦っている。
他のプレイヤーとパーティーを組んだり、ソロであったり。ソロでも剣を片手に切りかかる際に、鳥型のパートナーのモンスターが魔法でプレイヤーを支援している。これは心躍るな。
「凄い、ですね」
俺の後ろにいた筈の桃色髪は隣に来ており、俺と同様に心躍っている。何か目がキラキラと輝いてるし。
でも、モンスターとエンカウントしないな。確か普通にフィールドで出会うとからしいから、外を歩いてればかち合う筈だけど。道から外れて草原に足を踏み込まないとモンスターが出現しないとかか? 道は安全なエリアとして機能してるのだろうか? セーフティエリアがあるのは生命力が少ない時には有り難いな。
「あの……」
と、桃色髪が俺の袖を指先で摘まみ、くいくいと引いてくる。
「何だ?」
「オウカさんは、どんなスキルを、選んだん、ですか?」
「俺のスキル?」
そう言えば、こいつのは訊いたが、俺のスキルは教えてなかったな。パーティーを組んでるのだから、互いにスキルを知っていた方がいいだろう。
「【初級小刀術】【初級小槌術】【初級二刀流】【初級蹴術】【初級料理】だ」
俺のスキル構成は魔法に頼らない近接戦闘を主軸としたものとしている。理由としては、この構成の方が現実の動きを再現しやすいからと踏んだからだ。
まぁ、この構成はゲームに慣れるまでと言うのもある。ある程度やれるようになったら別の構成にしてみようとも思っている。スキルも最大で十個まで同時にセット出来るので、色々と挑戦して行こうと画策中だ。
「そ、そうですか」
桃色髪は軽く頷くと、それでも俺から視線を逸らさず……いや、相も変わらず彷徨わせているが俺を必ず視界に置くような変な動きをさせている。一体何だ? 他に何か訊きたい事でもあるのか?
「他に訊きたい事があるなら声に出せ」
と言ったものの、こいつは人見知り。知り合って間もない俺に声を掛けるのもそれなりの労力が必要になって来るのだろう。こういう言い方は無理強いをしているようで、心苦しいな。反省せねば。
「…………あ、あの」
桃色髪は俺の一言に黙ったが、振り絞るかのように声を出す。
「そろそろ、道から、外れませんか? 僕も、出来る限り、援護、しますので」
あぁ、成程な。こいつは早くモンスターと戦いたかったのか。そうしないとレベル上がらないからな。ならそう早く言え、とは口から出さない。心の中に仕舞い込む。
「そうだな。じゃあ、お前は適当に殴ったり、そこらに落ちてる石とか投げたりしてくれ」
俺と桃色髪は道を外れて草原へと足を踏み入れる。草を踏み締める感触が足裏を伝わり、土や石畳とは違く柔らかな踏み心地
道から外れて数メートル歩くと、バッと何かが飛び出してきた。
「わっ」
「エンカウントしたか」
現れたのは一言で言えば毛玉。サッカーボール大のそれに獣の耳と尻尾の生えたモンスター。手足と口は無い。一見可愛らしいが目が逆三角形でギラギラしていて可愛さが半減している。いや、人によっては可愛いと言うのかもしれないけど。
「まぁ、何はともあれ初戦闘だな…………あ」
尻尾をバネのようにしてぴょんぴょん飛び跳ねている毛玉を睥睨しながら卵をゆっくりと地面に置き、武器を構えようとして、構えられなかった。
「ど、どうしました?」
「武器装備するの忘れてた」
「えっ?」
初歩的なミスを犯してしまった。武器は購入したが、それだけだ。装備項目にチェックし忘れた為に、俺は手ぶらの状態だ。まぁ、モンスターと戦いながらでも武器を装備出来ると説明書に書いてあったが、メニューを出している間にモンスターの攻撃を受けてしまいかねなので極力それは避けたい。
「幸い、【初級蹴術】があるから、蹴ってればなんとかなるだろ」
「僕も、一緒に戦い、ますよ」
桃色髪も俺が置いた卵の隣に自分の卵を置き、脇を締め軽くファイティングポーズのような体勢をとる。素人の構えだな。
「まぁ、俺は蹴るから、お前も適当に蹴ってくれ」
「は、はいっ」
戦闘開始。
「よっ」
先手必勝。毛玉がこちらに攻撃する前に俺が一発蹴りを叩き込む。そのまま蹴っては遠くに飛ばしかねないと思ったので、踵落としだ。
「ぶぎゅっ!」
毛玉は軽く凹み、地面に叩き付けられる。と言うか、こいつ口ないのに声を上げるのか? もしくは、口が毛で隠れてるだけかも。俺の一撃は結構効いたらしく、飛び跳ねる事無く地面に横たわっている毛玉はぴくぴくと痙攣している。
「ご、御免なさいっ」
敵モンスターに対して謝りながら桃色髪も俺と同じように毛玉を蹴る。連続で。が、小学生女子がボールを蹴るように弱々しく、これでは【初級蹴術】があったとしても碌にダメージも与えられないだろう。重心があやふやだから体幹ぶれまくりだな。
「ぶぎゅー!」
「きゃっ」
俺の一撃の影響が無くなった毛玉が案の定弱々しい蹴りを繰り出している桃色髪のどてっ腹に向かって突進攻撃をする。そのまま尻餅をつき、毛玉は桃色髪の腹の上でホッピングする。あれも一応攻撃に含まれるのだろうから、あのままだと生命力が減っていくな。
「た、助け」
「ったく」
俺は桃色髪の腹の上で跳んで、頂点に達した毛玉を俺の足に乗せ、リフティングの要領で毛玉の自由を奪う。
「ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、ぶぎゅ、ぶ」
「そらっ」
一度高く上げ、脳天をかち割るように落ちてきた毛玉にまた踵落としを繰り出す。
「ぶぎゅっ⁉」
「そらそらそら」
今度は俺が連続で攻撃を加えていく。地面に減り込ませるように力を込めて踏みつけていく。傍から見れば動物虐待をしているように見えてしまうが、こちらとしては攻撃の手を緩めれば逆にこちらがやられてしまう。なので手加減は一切しない。
「ぶぎゅ~……」
五十回くらい踏みつけると、毛玉は目をバッテンにして、光になって消えていった。
その後、間もなくウィンドウが表示される。
『ホッピーを一体倒した。
経験値を11手に入れた。』
あの毛玉はホッピーと言うのか。飛び跳ねているからホッピーか。人によってはビールのモンスターかと思うだろうな、この名前。
何はともあれ、初戦闘は無傷で(桃色髪はダメージを受けたが)終了した。
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