02

 メニューを開いてマップを見ると、どうやらここは【シンセの街】と呼ばれる場所のようだ。形状としては円状で、東西南北にそれぞれ一つずつ門が設置されていて、そこから街の外に繰り出せる構造となっている。開始時にいた広場は街の中心広場であった。

 シンセの街を歩きながら、メニューで所持金を確認する。

「所持金は1000ネル。まぁ、初期の所持金で初心者用の武器と防具は揃うだろう」

 最初の金で武器防具を揃えられないとゲームとして少し難ありな気がするからな。個人的に。まぁ、何はともあれ武器屋を目指して前進だ。

「武器屋は…………何処だ?」

 しかし、肝心の武器屋の場所を俺は知らない。残念ながらマップは全体像は見れるが、施設の名前が表記されていない。これに関しては一度その施設に訪れるとマップに記載されていくと説明書に書いてあった。

 なので、始めたばかりの俺のマップには施設名が表示されないのだ。

「しまったな。あの暑苦しい奴に訊いておけばよかった」

 あの緑髪は絶対に知ってただろうから、訊いていれば直ぐに向かう事が出来ただだろう。今からボイスチャットで所在地を訊くのも手だが……。

「……ボイスチャットするのは、何か嫌だな。また疲れそうだ」

 ゲーム内でこういう疲れ方はあまりしたくないので、ボイスチャットはしない事にする。

「仕方ない、武器屋を捜しながらこの街を散策するか」

 軽く息を吐き、街をぐるっと歩く。まぁ、こういうのもゲームの醍醐味と言えるだろう。実際に自分の足を運んで情報を仕入れていくと言うのも、それはそれで楽しいものだ。

 街並みは日本では到底お目に掛かれないものだし、ここの住人――所謂ノンプレイヤーキャラクター(NPC)の姿も西洋の絵画や他のファンタジー系のゲームで見るような格好ばかりだ。それが等身大で動き、会話している。AIは決まった行動を予め数値でインプットされ、それに沿った行動しか出来ない筈だが、ここのNPCはまるで意思があるかのように行動している。本当、技術の進歩って凄いな。

 と、関心をしながら歩いていると、看板に武器屋と書かれた建物を発見する。危うく通り過ぎる所だった。

 扉を開き、中へと入っていく。

「いらっしゃい」

 まさに武器屋、と言った感じの様相だ。壁には何種類もの武器、防具が並べられている。奥にはカウンターがあり、スキンヘッドで口髭生やしたマッチョな親父が可愛らしいエプロンをして立っている。正直言ってシュールだ。

 親父を視界から外して、壁に並べられた武器を閲覧していく。実際にその武器に触るとウィンドウが現れて詳細が表示される。例えば銅剣ならば『銅剣:銅で作られた剣。筋力+2 耐久度30/30』と表示された。耐久度はそのままの意味で、これが0になると武器が壊れて装備する事が出来なくなってしまう。防具にも同様に存在する。

「…………ないな」

 一通りの武器を見るも、目当ての武器二種類は置いていない。なのでNPCのスキンヘッドエプロン親父に確認の為に訊いてみるも「ない」の一言で両断された。

「ここじゃ売ってないのか」

 俺が捜しているもの二つは人によっては武器と認識されないものだからな。普通の武器屋では売っていないのだろう。そうなると、一体何処に行けば手に入るのか?

「なら、雑貨屋とかか?」

 もし雑貨屋があれば、色々な物が揃っている事だろう。兎に角、スキル一覧で俺が欲しい武器は絶対にSTOで手に入る事が保障されているので、望みを掛けて雑貨屋を捜す事にしよう。まぁ、他のゲームだとあるかは分からないが。

 武器屋を後にしてまたシンセの街を歩く俺。

「雑貨屋、雑貨屋……」

 今いる場所が東門付近だとマップを見て知る。一応門を見ておこうと思い、そちらに足を向ける。街の外へと出る為の出入り口はがっちりと門扉が閉ざされており、門の前にはギンギラ鎧を着込んで槍を持った衛兵らしきNPCが二人立っている。

 プレイヤーが外に出ようとすれば、あの衛兵が開けてくれるのだろうか? と思い、その場を後にする。今確かめてもよいが、それよりもまずは武器を手に入れないといけない。武器を手に入れてから衛兵に話し掛け、そのまま街の外に行くのが時間のロスは少ないだろう。

 雑貨屋を探していると、薬屋や鍛冶屋、服屋、料理屋も目に入ってくる。御親切にそういった店舗には看板が掲げられているので非常に分かりやすい。取り敢えずマップに登録する為に一度だけ入り、直ぐに出て行く。これで必要な時に直ぐ行く事が出来るようになった。

 街の東側から南側へと向かっていると、ようやく雑貨屋の文字が筆で書かれた幟が目に入った。外装は武器屋や他の店と同じだが、ここだけ看板じゃなくて幟であった。何故だろう? と疑問に思うが、兎にも角にも雑貨屋が存在する事を確認出来たので、いいとしよう。

「入るか」

 時間は有限なので、直ぐに入る事にした。因みに扉も引き戸となっていた。

「いらっさーい」

 戸を横に引いて店内に入ると、少々やる気の欠けた怠いと言わんばかりの声を掛けてくる。店の内装は武器屋とほぼ同様で、壁にアイテムが並べられている。奥のカウンターには頬杖してだらんと脱力している女性が一人。三角巾をしていて、ウェーブの掛かったブロンドの髪で前髪を隠していて顔がよく見えない。

 まぁ、店主の事よりも、目当ての武器があるかの確認をしないとな。

「武器も扱ってるな。種類は武器屋よりも少ないが」

 壁には数種類しかないが武器が飾られている。武器屋では防具も売っていたが、ここでは防具の類いは置いていないようだった。

 他には壁際の棚には数種類の薬が瓶に入って陳列されていたり、食材アイテムが並べられている。更に言えば、武器や防具の作成に必要な素材アイテムも売っている。流石は雑貨屋だ。何でも売っている。

 と言うか、本も売っているのだが、これって何かに必要なのか? 一応手に取って説明を見る。


『初級料理レシピ本その1:初級料理のレシピが記載されている。読むには【読解】のスキルが必要』


 と表示された。成程、レシピ本か。食材アイテムは現実のそれとは勝手が違う可能性があるからな。こう言ったもので情報を得ないといけないのだろう。他にも色々な本が置いてあるが、どれも共通しているのが【読解】のスキルを持っていないと読めないと言う事、そして購入しないと一ページもめくれない事だ。

 ページがめくれないのはいいとして、まさか【読解】のスキルが必要になって来るとは。あれはスキル一覧で見た際、死にスキルだろうと思っていたが、本を読む際に必ずないといけないとは思わなんだ。俺は【初級料理】のスキルは習得しているが【読解】のスキルは所持してない。なのでレシピ本で手順や材料を見る事が出来ない。

 まぁ、本を読まずとも料理は出来るだろうから問題はないな。料理ってのは試行錯誤していった方が個人的に面白いし。レシピ本見て無難な料理を作るってのも悪くはないが、冒険心がくすぐられないな。

 とか姉貴の前で言ったら「創作して失敗するよりマシだろ」と言われそうだが。

 っと、目的が逸れて来たな。俺は本を元の位置に戻して探索を再開させる。

「目当てのものは、と」

 順番にアイテムを見ていると、漸く見つける事が出来た。それも欲しかった武器が二種類そこに固まっていた。

「あった」

 一応手に取ってアイテム情報を確認する。

 二つともちゃんと筋力の数値があがるし、耐久度も設定されている。それに必要な条件も満たしているから武器としても使えそうだ。

 よし、二つとも買おう。二つ合わせて630ネル。所持金は1000ネルだから余裕を持って買える。

 なら、他にも何か買っておこうと思い、先程通り過ぎた薬棚へと向かい、生命力回復用の薬を手に取る。


『生命薬:飲むと生命力が30%回復する』


 一定の数値ではなく割合回復のアイテムか。これは一定数値回復と割合回復は賛否両論ありそうだが、俺としては割合回復の方がありがたいと思える。数値固定だと――例えば500回復とかならば序盤で大活躍するだろうが、それ以降は廃れていく運命にある。割合回復ならばそのような事はなく、生命力――他のゲームで言えばHPが増大している終盤でも使える。

 と、個人的な意見を胸に秘めながら、俺は生命薬を二つ手に取る。一つ180ネルだったので。

 それらを持って、俺はカウンターへと向かい、店主に話し掛ける。

「これらをくれ」

 カウンターに置いた品々を店主がぼーっと眺め、頬杖に使用していない方の手で数を数えるように指を指していく。

「全部で990ネルだよー」

 やる気の感じられない声で言われるのと同時に、目の前にウィンドウが出現。『よろしいですか?』と出たので普通に『はい』をタップ。

「毎度ありー」

 それと同時に店主の声、プラス、カウンターに置いていた商品が光の粒子となって消失。いや、消失じゃなくて、格納とでも言えばいいのか? 粒子は俺に向かって行き、胸の辺りに収まるように消えて行ったからな。

 一応メニューで確認すると所持金は10ネルにまで減っており、アイテム欄にはきちんと買ったアイテムが羅列していた。

「さて、武器も手に入れたから街の外に行ってみるか」

 メニューを閉じ、店から出る。何となく振り返るも、やはり店主は気怠そうにしていた。

 何はともあれ、必要な物を購入し終えたので、次はいよいよゲームの醍醐味であるモンスターとの戦闘でもしてみようかね。

「近くの南門から出て行くか」

 来た道を少し戻り、門扉の閉じられた南門へと向かう。ここも東門と同様に鎧を着込んだ衛兵二人が立ち塞がっている。違う点を上げれば武器が槍ではなく剣になっている事くらいか。

 俺はその衛兵の片方に話し掛けて門を開けて貰うように言うが、「今は封鎖中だ」とばっさり切られた。

「どうしてだ?」

「モンスターが活性化して危険だからだ。街の外に出たいのなら北門から出なさい」

 と、マップが急に開き、東西南北の門の箇所の北以外に赤で×印が浮かび上がる。

「最初は北の門しか開いてないのか」

 後のアップデートとかで他の門も開くのだろうが、それまでは北の門からしか出て行く事が出来ないようだ。そう言えば、この門の付近にも、あと東門付近にも他のプレイヤーをあまり見なかったな。それはこれが理由だったのか。

「なら、そっちに向かうか」

 無理に抉じ開ける……なんて事は不可能だし、そもそもそこまでして強行突破する理由もないので、北へと向かって歩を進める。NPCを避けながらも直進し、開始時に突っ立っていた広場へと戻ってくる。

 そこで上から卵が降ってくる光景を目の当たりにする。あぁ、新規プレイヤーがまたSTOの世界に来たのか。傍から見れば意外とシュールな光景だな。それにしても、【テイマー】は天から卵が降ってくるが、【サモナー】はどうやって召喚具を手に入れるのだろうか?

 もう一つのスタイルである【サモナー】は召喚具を用いて、召喚獣を呼び出す。召喚具は対応する召喚獣ごとにあるらしく、【サモナー】は数々の召喚獣を使い分けていくオールラウンダーな戦闘が可能となっているらしい。

 まぁ、最初の召喚具が一つだけならばオールラウンダーな戦いはまだ出来ないがな。複数使えても一つしか持っていなければ戦術は限られてしまう。

 そんな事を心の中で思いながら中央広場を過ぎて行き、北へと向かって行く。東や南と違い、北側の方がプレイヤーを多く見る。やはりこれから外に出てモンスターと戦ったり、外から戻ってきた奴とかで溢れているんだろう。

 北門へと辿り着くと、そこは他の門とは違って門扉が開け放たれていた。衛兵も脇に避けていて通行の邪魔にならないように待機している。門の向こうには草で囲まれた地面が露出したの道が続いており、遠くに森が見える。それよりも近い場所は草原で所々に岩が点在している様が見受けられる。あの森が、今頃緑髪がレイドボスと戦っている北の森なのだろう。

 さて、外に出て冒険を楽しむ事にしよう。

「あの……」

「ん?」

 門を潜ろうとした際に、後ろから声を掛けられる。

 振り返ればそこには俺と同じようにモンスターの卵を抱えた新規のプレイヤーが立っていた。服装は俺と同じだが俺よりも頭一つ分小さく、線が細く華奢な印象のそいつは桃色の髪で額を隠している。うなじに掛からない程の長さだが、揉み上げに当たるだろう部分は少し長めで首に掛かっている。

 桃色髪は眉を八の字にし、何度か小さい口をパクパクと開閉させ、青い目をあちらこちらへと向ける。何でこいつはこんなに挙動不審なんだ?

 また変なのに絡まれたな、と軽く息を吐くと、漸く俺を呼び止めた桃色髪が口を開く。

「えっと、あなたも、始めたばっかり、ですよね?」

「そうだけど」

「すみませんが、パーティー、組んで、くれませんか?」

「何でだ?」

 いきなりだな。何だ? このゲームをする奴は何でもかんでも唐突にやっていく傾向にあるのか? と思っても口にはしない。あと声途切れ途切れだぞこいつ。

 俺の疑問に答えようとする桃色髪だが、また口を開閉させ、視線を彷徨わせる。何度かそうするも、先程とどうように声を出してくれる。今度はより遠慮がちに。

「実は、僕、スキル選びに、失敗、しまして」

 スキル選びに失敗、か。俺はその失敗を容易に想像出来てしまった。

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