04

「けほっ、けほっ」

 毛玉――ホッピーにやられた桃色髪はむせていた。

「大丈夫か?」

 仰向けのままの桃色髪に手を指し出し、助け起こす。

「大丈、夫、けほっ」

 大丈夫と言いつつまだむせているので、VR内でも効果があるか分からないが背中を擦る。まぁ、腹の上で跳ねられたらこうもなるだろう。俺も注意しておこう。こうなる事は稀な気もするが。

「……落ち着いたか?」

「は、はい」

 桃色髪は軽く土を払う動作をした後、頭を深く下げてくる。

「すみません、でした。何も、役に、立てなくて」

「気にすんな。んな事より生命力はまだ大丈夫か?」

「……七割くらい、あるので、大丈夫です」

 桃色髪が視線を少し上に向けながらそう答える。多分、自分にだけ見える生命力のゲージを確認したのだろう。それだけ残ってればまだ生命薬を呑まなくても大丈夫そうだな。

 で、俺としてはまだ確認したい事が一つ残っているのでそれを口にする。

「あと、お前にもきちんと経験値入ったよな?」

 これで入っていないとなれば何の為にパーティーを組んだのか分からない。パーティーを組んでモンスターを倒せば、パーティーメンバーに均等に経験値が割り当てられる……と書いてあったが、如何せんそれを間近で確認しないと不安になる。

 俺の一言に顔を上げて急いでメニューを開き、自身のステータスを確認する桃色髪。

「え、えっと……はい。入ってます」

「どのくらいだ?」

「……11です」

 11なら俺と同じだな。均等に分けられたので、システム的なバグは起きなかった事に胸を撫で下ろす。これでこいつもレベルを上げやすくなるだろう。

 と言うか、だ。

「お前さ」

「は、はい?」

「攻撃手段が欲しいんだったら魔法がいいと思うぞ」

「は、はぁ」

 こいつは武器や拳で直接相手に攻撃を加えていく戦闘は向いていない。あの蹴り方見ればそう思わない方が可笑しい。重心あやふや体幹ぶれぶれの子供の蹴り。小学校や中学でもサッカーくらいは体育で男女ともにやるからある程度何かを蹴ると言う動作は経験する。それを踏まえた上で、あの蹴りはないな。

 殴るのも同様に重心移動が無くへろへろのパンチになりそうだ。武器を持ったとしてもきちんと扱えるかどうか。弓くらいならと思うが、弓は弓で反動があるから目標に当たるか不明瞭。

 一応、誰でも基礎を叩き込めばそれなりの動きが出来るようになると思うが、個人個人でその基礎の動きが出来るようになるまでムラがある。その基礎を俺がこいつに教えられる程の技量が無いというのも影響するが、短期間での習得は難しい。

 こいつ自身が戦闘ではなく物作りをする為にSTOを始めたと言っていたのは、ある意味で納得するよ。

 なので、精神力は消費するが、魔法による遠距離攻撃ならば一定量のダメージを与えられる。魔力量にもよるが、こいつの場合は筋力に頼った攻撃よりもダメージは多いだろう。

 まぁ、これに関しては俺の偏見がかなり強く出ているので、決めるのは桃色髪自身だ。こいつが魔法は嫌だと言えばそれを尊重する。その後は知らないが。

 その桃色髪はと言えば、視線を落とし、口元に手を当てて何か考えるような仕草を取っている。俺の言葉の意図を理解しようとしているのか、はたまたどのような魔法を使うか考えているのか定かではないが、俺が気にかけても仕方ないな。

 軽く伸びをして、息を吐く。体力を確認すると二割程減少していた。連続踏み付けは意外と体力を消耗するようだ。一体だけ相手するなら反撃を許さない意味でもやっていいいだろうが複数相手の時は自重した方がよさそうだ。体力が無くなって動けなくなったら元も子もないし。

 まだ体力は八割残っているから、このまま動いても支障はないだろう。移動してモンスターとエンカウントするか。

「さて、またレベルを上げる為にモンスターと戦うか」

「あの、僕、は」

「お前は……卵護っててくれ。重要な事だ」

 今回は一体だけ出て来たからいいものを、今思えば複数現れた場合卵にも被害が出るだろう。そうなると卵が割れる……と言うのはゲーム的に無いかもしれないが、何かしらの影響が出るかもしれない。そう言ったイレギュラーを無くす為に、桃色髪に卵を守って貰う事にしよう。

「分かり、ましたっ」

 小さくガッツポーズを取ると、桃色髪は頷き了承する。

 移動する為、俺と桃色髪は卵を抱えようとするが、ここで一つ問題発生。

「おい、これどっちが俺のでどっちがお前のだ?」

「さ、さぁ?」

 困った表情を作る桃色髪。草の上に置かれた二つの卵は全く同じ紋様と大きさなので、どちらのものか判別が全くつかない。一応メニューを呼び出して見るも、卵の情報なぞ表示されない。ゲームなのだから少なくとも所持者の名前をカーソルで表示出来るようにしてもいいとは思うのだが、このゲームではそんなのがないようなので困ったものだ。

「…………ここでモンスター待つか」

 下手に自分のではない卵を持つと、生まれて来る際に変な影響を与えかねないと思ったので、動かさない方向にする。

「そう、ですね」

 桃色髪も俺と同じ見解のようで、賛同した。

「あ、オウカさん」

「何だ?」

「装備……」

 その一言で思い出した。そうだ、俺は今武器装備してなかったな。このままだとまた武器無しでモンスターと戦う事になる所だった。

「そうだな。モンスターが出ないうちに装備しとくか」

 危ない危ない。その事に気付かせてくれた桃色髪に感謝の言葉を伝える。

「ありがとな」

「い、いえ……」

 やや顔を赤らめ、俯く桃色髪。照れたのか? と言うかゲームでも紅潮したりするのか。どういった基準で肌を赤らめる事が出来るのか不明だが、それよりも武器を装備だ。

 メニューを呼び出し、アイテム欄をタップ。そして雑貨屋で購入した二種類の武器の装備項目にチェックを入れる。

 すると、ベルトとズボンの間に光が集まり、両腰に武器が収められた。抜き身のままと、抜き身ではないもの。片方は刃が付いているのでこの仕様は当然だろう。

 さて、これでモンスターを倒す時に先程も短時間で光に帰す事が出来るだろう。武器装備によって筋力も上がったしな。

「…………えっと」

 と、何やら桃色髪が物言いたげな視線をこちらに向けてくる。む? 顔はまだ赤いが視線を彷徨わせる事が無くなったな。少しは俺になれたのだろうか? それは今どうでもいいな。

「何だ?」

 桃色髪が言いやすいように、なるべく萎縮しないように気持ち柔らかめの声質で促す。何か、俺こいつに気を遣っている気がするな。会ってまだ二十分ちょいしか経ってないのだが。見ていて不安になったり心配になったりするのが影響してるのだろうか? 多分そうだろう。もし、緑髪のような奴だったら気を遣うなんて事しないだろうけど。

「オウカさん、それは」

 桃色髪は右の指で俺の両腰に提げられている武器を交互に指してくる。

「武器だ」

 なので俺は簡潔に答える。

「武器、ですか?」

「そうだ」

 だが、桃色髪は納得がいかない、と言うよりも困惑を表情に出してしまっている。まぁ、普通の奴からすればギャグかネタで装備しているようにしか見えないが、俺としては大真面目にこの武器を装備している。例え笑われても気にしないし、ゲームに慣れるまではこのままで行くさ。

「……どう見ても、包丁と、フライパンにしか、見えないん、ですけど」

 遠慮がちに言ってくる桃色髪に、俺はきっぱりと告げる。

「当たり前だろ。包丁とフライパンなんだから」

 桃色髪は何ら間違った事は言っていない。俺の腰に提げられているのは包丁にフライパンだ。包丁のみ、革製の鞘で抜き身にならないよう刃の部分が隠されている。

 包丁は所謂万能包丁と同じ形状で、片手で握れば隠れてしまう短い柄が特徴だ。一方フライパンは全身が金属で出来ており、鈍い光沢を宿している。二つとも家にあるものと形状に差異が見受けられるが、まぁ大丈夫だろう。

「何で、包丁と、フライパン、なんですか?」

 首を傾げながら問い掛けてくる桃色髪にまたもや簡潔に答える。

「扱い慣れてるからな」

「それは、料理をしているから、と言う事、ですか?」

「違う違う。武器として扱い慣れてるって意味だ」

 俺を手を横に振って否定する。対する桃色髪は一体何を言っているのだろう? と眼が点になり、俺を見詰めてくる。まぁ、そうだろうな。武器として調理器具を扱いなれてるって言われれば混乱するな。

「お前、兄弟いるのか?」

「い、いえ。僕は、一人っ子、です」

「そうか、なら経験ないか」

 これは兄弟がいないとしない事だろうからな。一人っ子ならやらなくても当然だろう。

「何の、ですか?」

「台所戦争」

 一瞬、沈黙が流れる。

「台所、戦争?」

「悪い、先走り過ぎた」

 これだけ言ったら分からないな。兄弟いるいない関係なくなるし。

「訂正。兄弟喧嘩だ。お前経験ないだろ?」

「はい、いません、ので」

 まだ困惑を消せてないが、それでも兄弟喧嘩の部分は理解してくれて、首肯をする桃色髪。

「兄弟がいればな、当然喧嘩なんてする。そんな時戦場になる場合があるのが台所なんだよ。まぁ、それは俺の家だけかもしれないが」

 俺と姉貴は今は然程だが昔はかなり仲が悪かった。五歳差なんてハンデもなく、互いに全力で殴りに行っていた。いや、流石に姉貴は手加減してたかもしれないが、俺は全力だった。

 その際に、台所で互いに武器を確保してやり合うまでに発展した。それが俺が七歳、姉貴が十二歳の時だな。ナイフやフライパンを振り回し、鍋とその蓋でガードを固めた本格的なものだ。流石に子供心でも包丁は危険だと理解していたので切れ味の悪いステーキナイフだ。先も丸くて突き刺さる事も無かったのである程度の安全は確保されていた。

 一応言っておけば、その台所戦争で互いに怪我の一つもした事が無い。終了が俺の体力切れが多かった。体力切れを起こした際に姉貴に手刀を首筋に喰らって意識を刈り取られ、起きたら台所は元の状態に戻っていて喧嘩をしようにも体が重くて無理、その日は大人しくするが大体であった。姉貴が大学進学の為、家を出て行く間際に聞いてみたら一人で後片付けをしていたらしい。調理器具の凹みも直した上で、だ。ステーキナイフは奇跡的に折れる事はなかった。

 そんな事が四年も続いた。四年も続いたのは怪我もしなかったし、姉貴が俺に手伝わせる事も無く証拠隠滅をしていたから。それに加えて共働きの両親がいなくなった時に限って台所戦争を勃発させていた為、止める者が誰もいなかったというのもある。

 台所戦争が全面的に終結したのは、仕事を早上がりしてきた母親に見付かったからだ。即刻俺と姉貴の頭に拳骨が振り下ろされ、それ以来禁止とされた。四年も経った時には姉貴との仲はもう悪くはなく、どちらかと言えば二年目以降は体を鍛える目的でやっていたにすぎないので両者共に素直に母親の言う事に従った。

 遠くの大学に姉貴が進学した今でも時折子供の頃を思い出して親のいない間に軽く振り回していたりするのは俺だけの秘密だが。

「そんな事があったからな、俺にとってはこの二つは扱い慣れた武器なんだよ」

「そ、そうなん、です、か」

 納得したような、納得してないような曖昧な表情で何度か頷く桃色髪。

 と、その時また俺達の前にモンスターが飛び出してきた。

「お、またこいつか」

 出てきたのは先程も倒したホッピー。それも一体だけ。

 一体だけか。なら、ゲームの中で俺がどれだけ動けるかの確認も込みで包丁とフライパンを駆使するとしよう。

「じゃあ、お前は卵よろしく。こいつは俺が片付けるから」

「は、はい」

 腰から包丁とフライパンを引き抜き、軽く構える。

 戦闘その二、開始。

 先程と同様に先手必勝。ホッピーがこちらに突進してくる前に左手に持ったフライパンを思い切り振り下ろす。

「ぶぎゅっ⁉」

 踵落としをした時と同じようにホッピーは地面に落ち、軽く痙攣する。しかし、ここで俺は追撃をしないでホッピーが起き上がるのを待つ。

「ぶ、ぎ……ぶぎゅー!」

 起き上がり、瞳に怒りの炎を燃え上がらせたホッピーは俺に向けて全力で飛び跳ねてくる。

 それを俺は避けるでもなく、奴の軌道上でフライパンを振り上げ、ホッピーのどてっ腹にヒットさせ、軌道を無理矢理逸らさせる。

「ぶぎゅっ!」

 宙に打ち上げられたホッピーに向けて、今度は追撃を開始する。追撃とは言っても、右手に持った包丁で滅多切りにするだけだが。切るだけでなく突いたりもしてダメージを与えていく。

 地面に落下しきる事無く、十五撃くらいでホッピーは光となって消えていった。


『ホッピーを一体倒した。

 経験値を11手に入れた。』


 先程と同じようにウィンドウが表示される。それを閉じて体力の減りを確認する。八割程度あったのが今では更に減って半分近くにまでなっている。成程、これだけ動いただけで体力は三割減るのか。なら、今後はもっとゆっくり攻撃する事にしよう。その方がきっと体力の減りも少ないだろう。

 と、何気なく桃色髪の方へと視線を向ければ、小さな口を開けて茫然としている姿が目に映った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る