21話


「エルフ……エルフの誘拐事件、ね」

これまでの経緯を掻い摘んで話し終えると、ダミアンは難しい顔をして唸った。アダーもまた、当惑した様子でこちらとダミアンを交互に見やっていた。

それぞれの前にはカップが4つ。クラウディアとアダーは紅茶を、シエラとダミアンはコーヒーを。コーヒーはともかく、こうした場所の紅茶は質が悪い。保管方法や淹れ方が非常に繊細で、そのポテンシャルを十分に発揮出来ない。クラウディアに対しては、嫌がらせのために忠告しなかったのではない。単に忘れていたのだ。案の定、クラウディアは紅茶が運ばれてきた時に、少し嫌な顔をした。アダーは慣れているのか、気にせずに飲んでいた。

「誘拐……あの、何かの間違いでは?」

 控えめに言うアダーに、クラウディアの鋭い瞳が刺さる。

だが、アダーの言い分も理解できる。こんな事は滅多に起こる事では無いし、仮に起これば一大事。連邦捜査官である自分達が知らない筈は無い、と言いたいのだろう。それにはシエラも賛成だった。それは昨日のアデナウアー大尉の反応からも言える事だ。

「何らかの理由で、エルフ側が誘拐の事実を隠している……そういう可能性があるという事か。あるいは逆だな」

 ダミアンが難しい顔のまま呟くと、アダーが首を傾げた。

「逆、ですか?」

「何らかの理由で、政府が情報を隠匿している」

「それって……不味いんじゃないんですか、先輩」

「首を突っ込めばな。まだその段階じゃねえ。一々ビビってんじゃねえよ」

青ざめるアダーだったが、ダミアンは落ち着き払った様子だった。

その時、シエラは初めてその可能性に思い至った。

詰まるところ、政府機関に所属する彼らが、その彼らにすら隠匿する政府の情報に触れる、その不都合を言っているのだった。何かに所属した事のないシエラに取って、そういった方面への忌避感は無い。彼らの立場も考えず話をしてしまった事は、迂闊としか言いようが無かった。

だが、ダミアンは鼻で笑った。

「お前さんもそんな顔すんな。別に監視されてる訳じゃあるまいしよ」

「む…………」

何故かフォローされてしまった。そのダミアンの態度に、シエラは何となく師匠を思い出していた。彼女もまた、余裕に溢れた人物だった。勿論、ダミアンと師匠では何もかも違うところだらけだが。少しだけダミアンを見直す。ただ失礼なだけの男では無いようだ。

「まあ、まだ情報が錯綜している段階なのかもしれねぇ。結論を急ぐな。……それでそのエルフ、お前さんらはそれを探していると」

「ええ、まあ……」

「当てがあるのか?」

「もちろん、それなりには」

 当てと言うには可能性に頼りすぎていたが、決して嘘を付いた訳ではない。

「その当てとやらを聞かせな」

「なっ……、先輩!?」

シエラは眉を顰めた。

「関わるつもり?」

「俺は連邦捜査官だからな。困っている市民を放っておけねぇだろ」

 その顔で凡そ似合わない事を言う。どちらかと言えば市民を恫喝するような顔をしているのに。

「いやいやいや、先輩、私たちは捜査でここに来てるんですよ? そっちはどうするんですか!」

「放っぽり出すとでも思ったか? そっちもやるんだよ。並行してな」

 ダミアンは加えていたタバコを灰皿に押し当て、新しい煙草を加えた。肺にたっぷりと煙を取り込み、アダーに対して盛大にそれを吐き出す。

「こほっ、こほっ……もう止めて下さいよ、先輩。……並行して捜査するって言っても、私達はこの都市を出るわけにはいかないでしょう。何処に攫われたか分からないエルフを探すなら、州をいくら跨いでも足りないのでは?」

 あるいは、国外の野卑な金持ちへ売り捌く目的かもしれない。そうなったとしたら、もうお手上げだろう。

「いや、探すなら、まずこの都市だろうよ。だから俺らは、この都市で出来る範囲で協力する」

「……どうしてこの都市だなんて思うのかしら」

 断定するような物言いに、シエラは探りを入れた。

「エルフが生息する正確な位置は知らんが、シュヴァーベン州にある魔獣の巣、その内部の何処かだった筈だ。その巣から最も近い都市はこのオルデンブルクになる。エルフと交易していた商人が居るのも、この都市で間違い無い。なんでそんな事が断定出来るかって? 俺が此処へ来るのは初めてじゃねえからな。……ともあれ、何らかの形で商人が関与しているならば、その足跡を辿るためには、必ずこの都市を調査しなければならない。そう思ったからアンタ等は此処へ来たんだろう。違うか?」

「いえ、その通りよ」

 正確に言えば違うが、些細な事だ。そして、図らずも情報を得た事になる。

見かけによらず頭の回る男だった。もっと大雑把な性格だろうと思っていた。事件に対する嗅覚が違う。新米らしいアダーと比べれば、それは明らかだった。

「……ちなみに、私たちが頼りにしていた情報はそれで全てよ。他には何も無いわ」

「……人探しの経験は?」

「職業上、一度か二度は」

 ダミアンは大げさにため息をついた。

「よくそれで探し出そうだなんて思ったな。そういう時はまず警察を頼るんだよ」

「話せば、クラウディアを放置したりしないでしょう? 警護という名目で拘束して、村へ送り返すはず」

 シエラの言葉に、クラウディアは顔を強張らせた。

「それがそんなに重要なことか?」

「ええ」

 敢えてクラウディアに確認はしていないが、シエラは重要なことだと考えている。クラウディアは取るものも取り敢えず村を飛び出している。掟を重要視するエルフにとって、それが如何に重大な違反行為か。幾ら焦っていたとしても、エルフならばそれを忘れる筈がない。いずれにせよ、彼女はそうした。重要でなければ、そこまでの行動は取らないだろう。

「……分かったよ。こっちは基本的に干渉しない。俺の責任の下で、探索、防衛目的の能力使用も許可する。それで良いか?」

 ダミアンはクラウディアの眼を見てそう言った。

「は?」

「え?」

疑問符はシエラとアダーのものだ。

「いやいやいやいやいや先輩、正気ですか!?」

「だからうるせぇって言ってんだろうが。一々喚かないと死んじまうのかテメェは」

「今回は黙りませんよ! そんな勝手なことして問題が起こったら、最悪で処刑ですよ! もう、何を考えてるんですか……」

 気功師に因る犯罪は通常のそれより罪が重いと言われている。例えば窃盗のような軽犯罪でも、単なる懲役に留まらない。もちろん国家によって異なるが、併せて専門家による更生プログラム、社会復帰後も数年は監視が付くとされる。

それはシュヴァーベンの人間では無いシエラにも当てはまる。そして、他国家の気功師が犯罪を犯した場合、その犯罪者が帰属する国家に引き渡す義務は無い。軽犯罪ならば強制送還及び、今後一切の入国禁止措置が取られるだろう。だが例えば、結果的にでも人が死ぬような事態に陥った場合、容疑が固まり次第処刑されるのが普通だ。気功師に対しての市民感情というのは実に複雑だった。

この場合、シエラが問題を起こしても、ダミアンが責任を被るという。そうなると、処刑されてもおかしくはない。

「私も聞きたいわね。私達に取ってみれば最高の条件だけれど、普通じゃない。どうしてそこまでするわけ?」

 いくらなんでも単純な善意という訳ではあるい。どう考えても裏が有るに決まっている。

 シエラ達がセルウィリアを捜索する、このことで軍や警察に問題視された場合、いくつかの譲歩案は有った。そうした交渉における最高の結果を、最初から提示されたのだ。しかも、結果に因ってはダミアンは死ぬ。これで疑わない方がどうかしている。

「事情か? そいつぁ……」

「と、とにかく、そういう事件は警察に任せて下さい。我々は手一杯ですが、応援を呼ぶ事も可能です。ね、先輩?」

アダーが割り込んで同意を求めたが、ダミアンは、

「うるせぇぞ、すっ込んでろ」

「うう、先輩のアホ…………」

素っ気なく切り返されて、アダーは肩を落として座り込んだ。

「余計なお世話かもしれないけれど、後輩には優しくした方が良いわよ。貴方の心配をしているんじゃないの?」

「これ以上優しくしたら付け上がっちまう」

ダミアンは鼻で笑った。

「まあアレだ、事情なんてもんは気にすんな。強いて言えば、市民への協力だな」

「…………」

 あまりの胡散臭さに思わず絶句してしまった。そもそもシエラは市民ではない。アダーと視線を交わしたが、彼女も全くお手上げらしい。

「……まあ良いわ」

何を企んでいるかは分からないが、仮にも警官だ。害にはならないだろう。

カップに残ったコーヒーを飲み干して、シエラは席を立った。それを見て、クラウディアも立つ。結局、彼女は紅茶に手を付けなかった。

「情報の共有は?」

「もちろん行う。泊まってるホテルを教えてくれ」

「名前……あー、名前ね…………」

困った。自分で宿を予約した訳でもないので、名前まで確認していなかった。場所は覚えているし、飯を食べに行くだけで宿の名前が必要になるなどとは思わなかったのだ。ともあれ、何とか解決した。大体の場所しか伝えられなかったが、ダミアンには分かったらしい。

ぞれから会計を済ませ、足早にホテルへ戻ろうとした。店の階段を降りようとしたところで、ダミアンが近づいてきて耳打ちした。

「どうせ知らないだろうから忠告しておくが、この都市では今、連続失踪事件が発生してる。腕に覚えがあるようだから大丈夫だろうが、一応気を付けな」

 なるほど、ダミアン等が捜査しているのはそれか。シエラは軽く腕を振ってそれに応えた。

今日は一日色々な事が有った。よく眠れそうだ。



   ※  ※



「……先輩、本気ですか?」

 2人が去った後の店内で、追加の紅茶を飲みながらアダーは言った。先ほど行われた会話が未だに信じられないのだ。あれは果たして本当に起こった事だっただろうか。

「心配すんな。何か起こってもお前にゃ責任を回さねぇよ」

「いえ、そういうんじゃなくて」

「じゃあ、何だってんだよ」

「ああ、もう良いです……」

 アダーがこの男の下に付いて数ヶ月。未だに彼を計りかねていた。他の先輩捜査官や事務方の人間からは、とても同情されたが――。

「じゃあせめて理由を教えて下さいよ。なんで彼女たちに協力するなんて言ったんですか? それも、起こっているかも分からない誘拐事件ですよ? 私達は私達で、ちゃんと仕事が有るっていうのに……」

 市民への協力、なんて誤魔化したらぶっ飛ばしてやろうかと思っていた。返り討ちに合うだろうが。

「点と線なんだよ」

「え?」

「紙にたくさん点を書くとする。その点同士を線で結べば、最終的にどうなる?」

「それは……まあ完成度はともかく、何かしらの模様にはなるんじゃないですか?」

「分かってるじゃねぇか」

 続く言葉を待ったが、一向に次の言葉が来ない。ダミアンはコーヒーを飲み干して、会計を済ませようと席を立った。

「待ってくださいよ! 結局なんなんですか!?」

 ダミアンは大げさに溜め息を付いた。そして、如何にも面倒くさげに振り返る。

「繋がってるかもしれねぇって事だよ。俺達の追ってる事件と、エルフの誘拐事件」

 首を傾げて考える。だが、いくら考えてもそれらが繋がっているようには思えない。どんな論理的思考の結果、そのような結論に至ったというのだろうか。

「あの……もしかして、それは先輩の勘ですか?」

「おうよ、俺の勘だ」

 アダーは苦虫を数匹噛み潰したような顔で虚空を睨みつけた。

「ここだけの話し、先輩の勘には気をつけろって散々言われてるんですよね……」

「そうだろうよ。まあ、十分に気を付けるこった」

結局はそういう事なのだろう。この男の下に付いた時点で、色々な厄介を抱え込んだという事に等しいのだ。これまで何度か事件を共にしたが、これがダミアンという男の本領なのだろう。

――ダミアンを出し抜いて、穏便に事件を解決するべきだろうか。土台無理な想像をしている。アダーはそう思った。ダミアンが暴走し始めた時は、自分に掛かる被害を抑えるために行動すべきだ。そのようにアドバイスをしてくれたのは、一体誰だったか。

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