19話
シエラ達がオルデンブルクへ到着したのは、19時を過ぎた辺りだった。日が沈むにはまだ早いが、空気は緩やかに一日の終りへと向かっていく。
車はホテルの前で停まった。レンガ造りの三階建て、歴史は感じさせないが、新築という感じでもない。シュヴァーベンではよく目にする、当たり障りの無い普通のホテルだった。
予約はアデナウアーが都合してくれていた。
「本当は代金も都合したいのですが」
と、申し訳なさそうにしていたが、流石にそこまで世話になる訳にはいかなかった。
「私はこれで失礼します。今日は色々と助かりました」
「こちらこそ。送って頂きまして」
どちらからともなく握手を交わす。共に魔獣と戦ったため、若干の親近感を覚えていた。少なくとも、シエラの方は。
「言った通り、これからも手間を掛けさせると思いますが……」
「気にしないで下さい。お互い様です」
クラウディアの親友の件で、連絡を付ける。彼とはそのような約束を交わしていた。そう考えれば、道中で出くわした魔獣の件は、彼――引いては彼の所属する軍に恩を売る、絶好の機会だったと言える。
とはいえ、全面的に信頼しているという訳では無い。起こっているかもしれない事態の重要性を考えれば、監視くらいされてもおかしくは無いのだ。このホテルを選んだのも彼だ。
「感謝します」
車を発進させる前に、敬礼して付け加えた。
「ジークフリートの加護がありますように」
意表を付かれて絶句したが、手を振って見送った。
「どうした、シエラ。何か気になることでも?」
「……いえ、何も。ホテルに入りましょうか」
クラウディアを促し、チェックインを済ませ、部屋へと案内された。3階の中程にある部屋だ。
室内は、向かって左側がバスルーム、奥にはベッドが2つと簡素なテーブル、椅子、電気スタンド。典型的な作りだった。良くもなく悪くも無い――というのは普通の者の感想だろう。シエラにとっては、野宿でないだけ有難い。
荷物を置くと、胸をなで下ろした。文化的な部屋に落ち着きを見出す。野宿は慣れているが、やはりちゃんとした場所で寝たいという欲求は強い。
安心すると、お腹が空いてきた。時間的にも良い頃合だ。食料はシエラの異能力で格納しているため、今直ぐにでも食べる事は出来る。だが、街に居る間はちゃんとした物を食べたい。
ともあれ、このホテルにはレストラン等の施設は無かった筈だ。
クラウディアはベッドに身体を投げ出していた。車中で寝ては居たが、疲れは取れまい。このまま寝かせて上げたいし、本人もそうしたいだろうが、一応聞いてみねばならない。
「お腹が空いたから外へ食べに行こうと思うんだけれど、どうする?」
「……付き合おう」
意外だった。絶対に付いてこないだろうと思っていた。エルフは少食だし、人間の多い場所は嫌かもしれないと。それに、やはり疲れているだろうと。
そう言うと、彼女は頭を振った。
「確かに疲れては居るが、気を使わなくても良い。人間の街や店には何度も行った経験があるし、人ごみが嫌ということは無い」
「何度も行ったって……何のために?」
「旅行みたいなものだ」
エルフも旅行するらしい。俗っぽい話でエルフのイメージに合わなかったが、実際はそんなものなのかもしれない。エルフに対する人間の感覚は、きっと数百年以上前から変化していないだろう。だが、エルフと人間の関係自体は、その善し悪しはともかく、時の流れと共に変化している。現在は人間社会へ気軽に旅行へ出かける、そんな価値観が支配的なのだろう。それは喜ばしい事ではあった。
実を言うと、エルフに出会うのは、クラウディアが初めてではない。ウラルに居た頃、何度も顔を合わせた経験はある。そのエルフも女性であり、ウラルの王族に仕えていた。だが、仕事以外で接する場面が無かったため、親しくなるほど会話もしなかった。今ではそれが悔やまれる。エルフと2人きりで旅をするなど、当時は想像もしていなかったのだ。現状を持て余してはいないが、共に旅をする以上、理解は必要なものとなる。
手早く身支度するが、クラウディアがそのままの格好――つまり、武装状態のまま――で出掛けようとしているのを見咎めた。
「持って行くなら、せめてローブの下に隠しなさい」
「何故だ?」
武装の持ち歩きに関しては、法の下に様々な制限が存在する。それは国によって異なるが、大きな違いはない。シエラのような何でも屋は許可証を取得する事で、武装の携帯を許されていた。
「それがマナーだからよ。エルフと違って、人間は殆どが弱いの。武器とは無縁の人の方が多い。無闇に見せつけると、怯えさせる事になる」
エルフは人間の法に縛られない。だが、同じことだ。円滑に物事を進めるためには従う必要がある。
「成る程、理解した」
「ありがとう」
部屋を出て、フロントで近くの居酒屋を教えてもらうと、2人はそこへ向かった。
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